第4話 殺人鬼

『何かヤバイ気配がする』


 なんだそりゃ? と思って俺は無視しようかと思った。


 しかし、そのコメントをした人物の名前が気になった。


 コメントには、名前が表示される。 もちろん、本名ではない。自由に設定できる名前ではあるが……


(ん~ コメントしたのは、『指示厨』さんか。この人、いつもは的確なアドバイスしてくれるだよなぁ。こんなに抽象的なコメントなんて今までなかったのになぁ)


 そんな気持ちが視聴者にも伝わったのかもしれない。


『気にしないで良い』


『私も嫌な予感がする』


 コメントの意見が割れる。 今までこんな事は一度もなかった。


「えっと、みんな何を心配している? ここは低層で、危険な魔物も出現しない。ボスモンスターだって、動きが鈍くて逃げるだけなら初心者でも――――」


 俺は途中で言葉を止めた。 視線の隅、何か人影を捉えたからだ。


「今、誰かいた? 他のダンジョン配信者かな?」


 しかし、コメント欄が止まった。 


 俺も自分で言いながら、本当は気づいている。 さっきのアレ……人間ではなかった。


 遅れて、止まっていたコメントが動き始めた。


『あれ、殺人鬼マーダーじゃないのか?』


 殺人鬼マーダー


 それは希少魔物どころではない。 


 人を殺すことに特化した奇妙な魔物。神出鬼没な怪物であり、階層など無関係に出現する――――討伐成功例は、限りなく低い。 


 俺が知る限り、討伐成功者は3人くらいか? 


『逃げろ』


『逃げろ』


『逃げろ』


 3つの文字にコメント欄が染まっていく。そして――――


 ソイツは姿を現した。 


「間違いない……殺人鬼だ」と俺は断言した。


 殺人鬼は一目でソレをわかる。


 ダンジョンに出現する魔物モンスターでありながら、なぜかファンタジーの怪物のような姿形をしていない。


 どちらかといえば、都市伝説に出没する怪物に近い姿をしている。


 俺の前にいる殺人鬼は――――口裂き女に酷似していた。


 つまり――――


 長い髪に、口を隠したマスク。ロングコートの女性……そのロングコートには、赤い血で染まっていた。 


 さらに、人間の物とは思えない鋭利な爪。 人間の体なんぞ容易に切り裂ける刀剣のような鋭さが感じられた。


 ダンジョンでコスプレをするイカれた配信者の可能性は……ない。


 なぜなら、殺人鬼は俺を見ている。その瞳は獲物を前にした猫のように獰猛であった。

 

 体か硬直して動けない。 圧倒的恐怖を前に逃げられない。


 しかし――――


『逃げろ! 生きたければ走れ!』 


 そのコメントに突き動かされたように俺の体は、動き出す。


(逃げる! 走る! 俺の体————もっと動け!)


 俺の意思に従って、駆け出す体。 逃げる――――でも、逃げる方向は殺人鬼に向かってだ! 


(逃げてるのさ! この恐怖心から! その方法は1つだけだろ? じゃ────コイツを倒す!)


 全力疾走。十分に加速した俺の体を武器にして、飛び膝蹴りと殺人鬼————口裂け女に叩き込んだ。


 所謂、真空飛び膝蹴り


 直撃した口裂け女は吹き飛んだ。 倒れたソイツに俺はのしかかる。


 馬乗り状態マウントポジションだ。 そのまま、手に持ったナイフを逆手にして――――


「叩き込む!」


 ナイフで口裂け女の顔面を叩き込むように切り裂いていく。


 しかし、奇妙な事にダメージが少ない。 どういう理屈だろうか? ナイフの切傷が異常に細い。


 そうしている間、口裂け女も止まってはいない。


 下から、暴れ狂っている。 


 まるで、暴れ馬。あるいは、ロデオの牛か……いや、どちらも乗ったことないけど。


 やがて鋭利な爪が俺を襲う。 


「――――くっ!」と斬られた熱さ……遅れて痛みがやってくる。


 幸い、俺の服はダンジョン配信者専用だ。 多少の対刀効果もある。


 致命傷にはならない……はず。 けど、このままダメージの削り合いで勝負を続けるなら、負けるのは俺の方に――――


『ソイツは斬撃に耐久効果がある! だったら、打撃で仕留めろ!』


 そのコメントに従う。 ナイフで斬ったり、突いたりするのは止めた。


 ナイフの柄。それをハンマーの代わりにして、打撃を叩きつける。


 口裂き女の抵抗が激しさを増す。 それはダメージが効いている証拠だ。


 コメントは俺への応援で埋め尽くされた。 


(全く……10人しかいないのに、どれだけ連投しているんだよ。お前等……ありがとうな!)


『手を止めるな。攻撃! 攻撃!』


『がんばれ! がんばれ!』


『行ける。このまま勝てるぞ!』


 スポーツ選手がよく言うファンからの応援、声援から力を貰える。


 あれを嘘くさいと思っていた。 しかし、どうやら俺の方が間違っていたらしい。


 今、俺は間違いなく、視聴者リスナーの応援に力を貰っている!


 こんなにも…… こんなにも…… 応援ってのは、力を湧き出て来るものなんだ。


「これで終わりだぁ!」と渾身の力を込めた一撃。 手ごたえは十分のはず。


「やったか?」と様子をうかがう俺だったが――――


 次の瞬間、俺はわけもわからず吹き飛ばされた。    

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