さっぱり口どけヨーグルトのジェラート

「出店予定場所のリストを持ってきたのだが」

「持ってきたのだがじゃないです。どちら様ですか?」


休日の朝、羽菜のアパートの前に、やたらとがっしりとした男性が1枚のチラシを手に立っていた。ドアチェーンの隙間から見える長身は190cmはあるのでは。そんな大男が気だるそうにこちらを見ている。


褐色の肌にプリンカラーの耳にかかるほどの軽さを感じる癖毛。頑丈そうな額の下は彫りの深いラテン系の顔立ち。がっしりした体躯を、白シャツにベスト、ストレートのパンツで包んでいる。


フォーマルな装いであるのに、どこかしらワイルドな感があるのは、逆三角形の筋肉質そうな体型からだろうか、それとも、どこか気だるげな目じりの下がった真っ黒な瞳のせいだろうか。


「どちら様、とはご挨拶だな。昨日の夜に会っただろうが。……そうか、クリス様に見とれていて俺の事は覚えていないか。無理もない。なら仕方ないな」

「昨日……? あ、もしかしてアイス屋さん!?」

「ああ、Culaの者だ。お前がだらしない恰好と顔でシャーベット食べてた店だ」

「言い過ぎでは?」


昨夜、羽菜は急にアイスが食べたくなってコンビニへと出かけた。その途中、屋台でアイスを売っている謎の紳士と遭遇し、紳士は嬉しそうにトマトジュースのシャーベットを振舞ってくれたのだが、はて。


昨晩会ったのは、黒髪の若き紳士と、傍らに控える黒い柴犬だけだ。こんなゴツくて口の悪い男性はいなかったはずだ。しかし、男性は羽菜の昨晩の恰好を知っている様子。紳士が帰宅後にこの男性に話したのだろうか。


とりあえず挨拶だけはしておくか。羽菜はチェーンを外してドアを開けた。すると、タイミングよく一人の少年がやってきた。


「羽菜殿! ご飯を食べに来たのじゃ! む? ファーリー殿ではないか」

「これはタマモ様。どうしてこんなむさ苦しい部屋に?」

「だから言い過ぎでは? ……って、タマモ、この人と知り合いなの?」

「知り合いなのじゃ」

「ああ」

「それにファーリー……? まさかあなた、昨日の!?」

「だからそう言っているだろう」


---


「はい、麦茶」

「ありがとうなのじゃ」

「ありがたく頂くぞ」


羽菜の部屋のローテーブルに、少年と男性が並んで座っている。パッと見、親子のように見えなくもない。きつねいろの髪の毛の少年の名前は玉藻タマモ。こう見えて、500歳(自称)になるお稲荷様の化身だ。なんやかんやのご縁があり、ちょこちょこと羽菜の家にご飯を作りに来る不思議な少年。そして男性は、そのタマモの知り合いだという。


「ねぇ、ファーリーさん」

「ファーリーでいい。『さん』はいらない」

「じゃあ、ファーリー。あなたもタマモと一緒の神様なの?」

「いや、俺はタマモ様とは違う。ただの犬人間ライカンスロープだ」

「全然『ただの』じゃないんだけど。じゃあ、昨日の黒柴って……」

「ああ、俺だ。昨日の晩は満月だったからな。犬の姿だった」

「ファーリー殿は柴犬のライカンスロープなのじゃ。とても礼儀正しくてきっちりしたお人なのじゃ。羽菜殿とは大違いじゃな」

「タマモ様、恐れ入ります」

「ちょっとタマモ、ついでにディスらないで?」


ファーリーは大きな体を折り曲げ、ぺこりとタマモに頭を下げる。なんだその態度は。私に対しての時と違いすぎませんか? まあいい。主人筋には律儀なタイプなのだろう。犬だけに。


「それで、なんでまたウチにチラシを? 皆に配ってるの?」

「いや、お前のを辿って来た」

「なるほど、それで場所が……ってちょっとイヤ。でもなんで私を?」

「クリス様がお前を気に入ったようでな。是非また来て欲しいそうだ」

「えっ……」


あの紳士が私を? そんな……。嬉しくないと言えばウソになるけど、でも、あの紳士は多分、夜の主ヴァンパイア。ああ、そんな……駄目……だけど少し……。


「お前が嬉しそうにシャーベットを食ってるアホ面が嬉しかったようでな」

「言い過ぎでは?」

「うむ。羽菜殿はそれは嬉しそうに顔で食べ物を食べるのじゃ」

「タマモ?」


そんなはしたない顔をしていただろうか。でもまあ、おいしい物はおいしい。仕方ないではないか。


「と、言うわけでクリス様の使いとして来たわけだが、女。いや、羽菜。俺からもお願いしたい。ぜひ、また来てくれ」

「えっ……? それってどういう?」


ファーリーは苦し気な表情を浮かべ、何かを言いかけ、躊躇って首を振った。だが、意を決したように羽菜の手を取った。ちょっとちょっと! 近いんですが!?


「クリス様は引きこもりなんだ……」

「は?」

「メチャクチャだらしなくて外に出ようとしないんだ。昼はともかく、夜まで。どうにか引っ張り出そうとしても家でスマホばかり見ている始末」

「はあ」

「だが、そんなダメ紳士のクリス様がいつもの気まぐれでアイス作りを始め、ハマったんだ。今、クリス様はアイスを誰かに売りたい、いや、食べてもらってあわよくば褒められたいというよこしまな動機から外に出る気になっているんだ」

「主人なのに言い過ぎでは?」

「こんなチャンスは5年ぶりだ。頼む。来てくれ。なんならアイス代は俺が出す」

「いやいや、それは大丈夫だけど」

「来てくれるか!」

「まあ、はい。夏場なら喜んで」

「ありがとう」


ファーリーはぎゅっと羽菜の手を握った。強いつよい。その巨体のお尻に、ぶんぶんと振られる尻尾が見えるかのような喜びようだ。嬉しそうでなにより。


「あとはクリス様ができるだけ飽きない事を祈るだけだが……」


ファーリーは溜息をひとつ吐いた。すると、タマモがポン、と手を打った。


「ふむ。クリス殿はアイス作りにハマりかけておるのか。では、新しいレシピを教えればさらにハマるのではないかな」

「タマモ様、それはいい考えです。アイスのレシピか……勉強するか」

「うむうむ。そうじゃ! 丁度いい。ファーリー殿、羽菜殿の冷蔵庫には常に買いっぱなしで余った食材が溢れておるのじゃ」

「そうなんですか。だらしねー女」

「くっ……」

「まあまあ。つい買ってしまうだけで、自炊しようとしてるだけ凄い事なのじゃ。ともあれ、ある物を使って1品簡単な物を作ってみるのじゃ。では早速……」


タマモは頭の上に葉っぱを載せ、何やらむにゃむにゃと口の中でつぶやくと、くるんと宙返りした。すると、ぽん! という音と共に、コックスーツにキャスケット姿に変化した。


「ジェラテリア、アル・モンデの開店じゃ」

「こうなったらヤケクソよ。おー!」


タマモは冷蔵庫を開け、嬉しそうにきょろきょろと見回す。


「クリス殿はアイスを作り始めたばかりということは、簡単な方が良いじゃろな。ふむふむ。おっ! ヨーグルトが余っているのじゃ」

「大きいパックの方がお得と思ってつい……」

「うむ、残りがちなのじゃ。じゃあこれと、あとは……む? ホイップ?」

「あ、それカルボ作ろうと思って残ったやつだ。そう言えば使ってなかった……」

「じゃあ使ってしまうのだ! これだけでOKじゃ」

「ヨーグルトとホイップだけでいんですか」


驚くファーリーにタマモは力強く頷く。


「うむ。いいのじゃ。このヨーグルトはプレーンだから、あとは砂糖じゃな」


タマモはボウルにホイップを空け、そこに砂糖を加えてぐるぐる混ぜ始めた。


「タマモ様、そういう作業は俺がやります」

「おお、助かるのじゃ。ややフワっとするまで立てて欲しいのじゃ」

かしこまりました」


ファーリーはボウルを手に取り、泡だて器を回し始めた。軽い。軽く動かしているようなのに速い。メチャクチャ速い。


「手慣れておるのう」

「恐れ入ります。いつもクリス様に手伝わされておりますので」


ホイップはあっという間にツノが立つほどになった。そこにタマモがヨーグルトを加える。


「これをまたかき混ぜて欲しいのじゃ」

「畏まりました」

「さて、入れ物じゃな。羽菜殿、バットはあったかの? あのアルミの奴」

「うん、あるよ。確かここに……あったあった」

「うむうむ。ではファーリー殿、そのボウルの中身をこのバットに」


ファーリーがバットの中にヨーグルト&ホイップを流し込むと、タマモはそれが平らになるようにスプーンで整えてラップをかけた。


「よし、これでOKじゃ。あとは冷凍庫に入れれば完成じゃ」

「え、これだけいいの?」

「うむ。2~3時間放置じゃな。軽さを出したいなら30分ごとくらいに取り出してかき混ぜるのもお勧めじゃ」

「それだけでいいんですか。簡単ですね」

「なのじゃ。ホイップが必要なのが少々ハードル高いのじゃが、一番簡単なアイスの作り方なのじゃ」


3人はヨーグルトが固まるまで待つことにした。


「ところでタマモ様、『ジェラテリア、アル・モンデ』とは何でしょう。『ジェラテリア』はジェラート屋ですけど、『アル・モンデ』とは」

「ああ、『アル・モンデ』は、冷蔵庫の中に『あるもんで』作るから『アル・モンデ』なのじゃ。羽菜殿が付けてくれたわしのお店用の名前なのじゃ」

「ある物で……。なるほど。素晴らしい。クリス様にも見習ってほしい考えですね」

「何かすみません……」

「いや、羽菜。お前がだらしねーおかげで、タマモ様にひとつレシピを教えていただけた。ありがとう」

「うむ。羽菜殿が食材を余らせてくれているおかげでいつも助かっているのじゃ」

「くっ……、タマモのために余らせているわけじゃないのが心苦しいけど、どういたしまして」


3人は雑談を続け、そして時々ヨーグルトをかき混ぜながら3時間が過ぎた。


「そろそろ頃合いなのじゃ。羽菜殿、お皿を3つ頼めるかの」

「はーい」


冷凍庫から出したバットの中のヨーグルトは、真っ白く、さっくりと固まっていた。きめ細かな氷の粒が見えるかのような白い塊。見ているだけで、涼しげだ。タマモはすっきり固まったヨーグルト&ホイップを、スプーンを使って器用に丸く固めて小皿に盛り付けた。


「できたのじゃ! アル・モンデ謹製、お手軽ヨーグルトのジェラートなのじゃ」

「やったー」


拍手をする羽菜の隣では、ファーリーも真面目腐った顔でパチパチと拍手をしている。


「「「いただきます」」」


パチンと手を合わせてスプーンを突き入れる。シャリ……。昨夜のシャーベットよりもなんというか、細かい。繊細で、氷の粒が小さい。さっくりとスプーンが入っていく。


その固まりを口へと運ぶと、……冷たい酸味! ヨーグルトの甘酸っぱさがしゅっと下の上に広がり、さっと去っていく。軽い。口の中に入れるとあっというまにほどけ、溶け、すぐにスッキリと消えていく。冷たくて、あとくされなくて、おいしい。


「すごい軽い! どんどんいけちゃうねこれ」

「うむ。普通、アイスは乳製品や卵を使って濃厚さを出すんじゃが、ヨーグルトとホイップだけだとキレのいい氷菓になるのじゃ。だからこれは、アイスというより、ジェラートなのじゃ」

「確かに。舌触りも濃厚というよりさっぱりしていますね。シャーベットもさっぱりしていますけど、それより氷感が無くて、スッキリ去っていくというか」

「うむうむ。手軽にサクッと作って食べられるのが魅力なのじゃ。これはシンプルじゃが、コンビニの冷凍フルーツを添えると、簡単に見た目も味もリッチにできるのじゃ」

「ああ、そういうの、クリス様が好きそうです」

「うむ、いろいろと試してみるのじゃ」


バット一杯のジェラートは、あっという間に消えていった。褐色の忠犬は、丁寧にお辞儀をして帰っていった。タマモは何か軽食を作ろうと冷蔵庫を覗いている。


あやかしの少年と男性と共に、部屋でアイスを作る休日。それってどうなんだろうか。まあでも、少なくとも暑さを凌げたし、それに、楽しかったし。よしとしましょう。


ふふ、と笑って床に置いた羽菜の手に、ぺたりと何かが張り付いた。それは、紳士のアイスクリーム屋のチラシだった。


「また行かなくちゃね」


暑い夏の昼下がり、羽菜はチラシを剥がしながらまた、ふふ、と笑った。



---

今回の氷菓:ヨーグルトのジェラート


材料

・ヨーグルト(プレーン)

・ホイップ(生クリームでも可。というかリッチに)


作り方

1:ホイップに砂糖を混ぜ、8分立てする

2:1にヨーグルトを混ぜる

3:2をバットに平らに流し入れ、冷凍庫に入れて3時間。30分ごとにかき混ぜてできあがり


ホイップ:砂糖:ヨーグルトは、1:0.5:2くらいの割合で


砂糖の分量はお好み減らすのもアリですが、あまり少ないと出来上がりの滑らかさが出にくくなるので手間と食感とカロリーとご相談を。

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