アイス屋Culaは深夜のみ営業しております
吉岡梅
真夜中のシャリシャリシャーベット
皆さん、こう暑い日が続くとアイスのひとつやふたつ食べたくもなりませんか。たとえそれが夜中でも。いえ、夜中なればこそ。こそ。
あの冷たい恵み。しっとりと口に広がる清涼感に甘み。いや、濃厚なクリーム感の後にフワっと鼻に抜けるお抹茶フレーバーも捨てがたい。待てよ……シャリっとガリっとした歯ごたえを堪能しているうちに襲い来る柑橘系のフレッシュ感と頭の奥にキーンと来るキツさも欲しい。ああ、私にはアイスが必要だ。いつ必要? 今。ナウ。ナウにすぐにジャストに。
羽菜はむくりと起き上がり、髪を雑に縛ると財布を掴んだ。アパートの冷蔵庫にストックはない。ならば
---
――と、勢い任せに出てきたものの、歩いている途中でちょっと冷静になった。曲がりなりにも社会人が、短パンTシャツ一丁にサンダルをつっかけてコンビニに行くのはどうなんだろう。そして買うものはアイス。「あ、コイツそんなにアイス食べたいのか。クーラーとかないのかな」とか思われそう。食べたいし壊れてるんだが?
どうしよう、やっぱり帰ろうか。立ち止まって考えていると、道路脇にある屋台が目に入った。こんな所に屋台?
屋台にはのれんに赤ちょうちんが吊るされている。ラーメン屋さんかおでん屋さんだろうか。それとも渋くお蕎麦屋さんとか? それだとちょっと怪談めいてもくる。羽菜は何げなくチラっと屋台を覗いてみたが、思わず二度見してしまった。
――紳士だ。
まごうことなき若き紳士が屋台に立っている。漆黒のスーツ、白磁の碧さのウィングカラーシャツ。ゆるく巻いた黒髪から覗く額は、輝くように白い。キラキラ。額の下には、赤みがかった切れ長の双眸にすっと通った鼻筋。なぜここに紳士が。まるで屋台にそぐわない。屋台というか、現実にそぐわないような、そう、綺麗な人が。
紳士はやや俯き、気落ちした様子で顔を横に向けている。視線の先には……犬? 紳士とお揃いの黒毛の黒芝が、調理台からぴょこんと顔を覗かせている。紳士は肩を落とし、何やら犬に話しかけているようだ。
「誰も買ってくれない……。ファーリー、僕はもう挫けそうだよ」
「クリス様。お気を落とさずに。夜ですし仕方ないですよ」
「こんな気持ちは自信満々で即売会に100部印刷して行った時以来だ」
「あの時ですか。まあ似たような勢い任せの……」
――は? 犬が喋って?
羽菜が当惑していると、黒柴はピクンと耳を立て、無邪気にワンワン! と吠え始めた。紳士は当惑しているようだ。
「急にどうしたファーリー。そんな犬みたいに。ちゃんと僕の話を……痛っ!」
黒柴は紳士の手に噛みつき、軽くこっちに向けて顎をしゃくった。……犬が顎をしゃくった? 羽菜が黒柴をガン見すると、プイと目を逸らす。
「は?」
思わず声が出た羽菜と紳士の目が合った。2人はしばらく無言で見つめ合ったが、やがて紳士が軽く咳払いをすると、100点満点で言うと300点の微笑みを作って口を開いた。
「いらっしゃいませ。アイスはいかが」
「いかがじゃないですから」
紳士の額には冷や汗が噴き出した。が、微笑みは崩さない。黒柴がそ~っと逃げようとしたが、紳士は微笑んだままその首根っこをガシっと掴んだ。
「本日のアイスはシャーベットなんだ。お値段、50円だよ」
「この状況で良く平然と。てか安っ! 安くないですか!」
「え……、ということは買って……買ってくれるのかい!?」
「や、待って。いろいろ状況を整理したいんですけど……って何してんの!」
紳士は嬉しそうに足元のクーラーボックスから何やら取り出した。あれは……ジップロック? 中には薄い板状の赤い物体が入っている。紳士の表情は先ほどの微笑みとは違い、ニッコニコだ。
「シャーベットの口あたりはどうするんだい? シャリシャリ? ガリガリ?」
「え? じゃあシャリシャリで?」
「オーケー」
紳士はすりこぎのような棒を取り出すと、ジップロックをゴンゴン叩き始めた。何してんのこわい。羽菜があっけにとられていると、黒柴が足付きのショート・グラスをスッと調理台に置いてペコリとお辞儀した。犬が2本足で立ってグラスを持つって何。
「よし、もういいかな」
紳士はジップロックを開け、スプーンで中のモノをグラスに盛り付け始めた。赤くキラキラしたそれは、シャーベットのようだ。グラスの上にひんやりと輝く赤い小山が出来上がった。その小山の上に、黒柴が器用に箸でミントの葉をちょこん、と載せた。
「お待たせしました。
紳士はコルクのコースターの上にグラスを乗せ、スプーンを添えて羽菜の前にスッと差し出す。なんかお洒落で美味しそう。……って言ってる場合じゃない。何これ。
「えーと。どういうことですか。きゅ、きゅーら?」
「ああ、Culaはお店の名前なんだ。かっこいいでしょ? 君、知ってるかい? アイスって手作りできるんだ。そのシャーベットはね、僕の好きなジュースを凍らせただけなんだよ。ジップロックに入れて出来るだけ平らになるようにして凍らせてね、それを揉み解したり叩いて砕いたりするだけで出来上がるんだ。凄くない? それ僕が作ったんだよ」
「めっちゃ早口」
紳士は嬉しそうにまくし立て、期待に満ちた目で羽菜を見つめている。笑顔がまぶしい。何これ。食べなきゃダメなの? 確かに体はアイスを欲しているけど。
というか、この赤いシャーベット、何味なのだろう。いちご? スイカ? とりあえずスプーンを手に取ったものの、食べて良い物なのだろうか。
紳士は悪戯っぽくニコッと笑った。その口元からは輝く牙が。……牙? 羽菜はハッとした。黒ずくめのスーツ、白い肌に紅い目、口元には牙。まさかこの店主は、夜の主、
……だとしたら、だとしたらこの赤いシャーベットは。吸血鬼が好きな赤いものと言えば。
「あの、このシャーベットって、何味……なんですか」
「え、トマト」
「トマト……。何だ良かったー。けどトマト!?」
「トマトジュースを凍らせたんだよ。美味しいよ。あ、甘い方が好きなら練乳を用意してあるよ。使って」
と、黒柴が無言でスッとミルクポットを出してきた。至れり尽くせりか。いや違う。何この店。
「その練乳はファーリーの手作りなんだよ」
「……ワン」
黒柴はフン、と澄まし顔で低く鳴いて横を向いた。が、チラチラとこちらを期待に満ちた目で見ている。なにこのコンビ。何がワンだ。こっちはさっき喋ってたの見てるのに。ああ、もう! 食べますよ! 食べればいいんでしょ。
「いただきます」
羽菜は半ばヤケ気味に練乳をシャーベットにかけ、スプーンを挿し入れる。さく、と小気味のいい感触。口に入れると、まず感じるのは冷たさ。冷たい! 冷たいのが心地いい。そして練乳の甘さが口に広がり、そのあとにフワっと来る味。これは……これは確かにトマト。意外と言ったら怒られるが、ちゃんとデザートになっている。
ひんやりしたトマトの風味が口の中で溶けだしたシャーベットと共に口中を満たしていく。その風味ごとこくりと飲み込むと喉から額の方向に向け、キュッと締め付けられるような冷たさが突き抜ける。キーン。これこれ。この感触がたまらない。思わず目を閉じてしまう冷たい恵み。
「んんんんー。美味しい。これ凄くシンプルですけどおいいしいですよ」
「本当かい! やったあ」
「クリス様、良かったですね」
紳士と黒柴はハイタッチをして喜んでいる。ほんとなんなのこのコンビは。
――まあ、でも嬉しいよね。
羽菜は目の前ではしゃぐ紳士と黒柴を眺めながら、シャーベットを口に運んだ。自分が作った物を人に褒められるって、いいものだ。例えそれがすごく簡単なものでも、びっくりするほど嬉しい。
「ご馳走様でした」
「全部食べてくれたのかい。おかわりもあるよ」
「や、いいですいいです。あまり冷たい物食べるとお腹が……。はい、50円です」
「50円?」
「え、お代ですけど」
「あ、そうかそうか。一応売ってたんだったね。じゃあ、確かに」
紳士は微笑みを湛え、羽菜から50円を受け取った。
「ありがとうございました。あの……」
「え、はい」
「またのご利用お待ちしております」
「あ、はい。ていうか、いつもここでやってるんですか? お店」
「あー、そっか。ここじゃないかもだけど、やってるのはこの時間辺りなんです。ウチ、夜しか営業できないんだ」
よくわからないけど、とりあえず美味しかったしアイス欲も満たされた。まあいっか。羽菜は紳士と黒柴にペコリと頭を下げ、アパートへと帰る事にした。
それにしても、変な2人だった。いや、一人と一匹か。また今度、探してみようかしらん。そう言えば、夜しか営業できないって言っていたけど、やっぱりそれって――。
羽菜はふふ、と笑って首を振った。まあ、いろいろあるんでしょう。屋台で手作りアイスを売ろうなんて考えつく紳士には。
サンダルを鳴らして見上げた夜空には、満月が浮かんでいた。
---
今回の氷菓:ジップロックシャーベット
材料
・お好みのジュース
・練乳(お好み)
作り方
1:ジュースをジップロックに空け、できるだけ空気を抜く
2:ジップロックを平らになるように冷凍庫に入れる
3:1時間ほど冷やし、板状に固まったジュースを揉み解したら出来上がり
シャーベットの固さは冷凍時間と揉み解し具合でお好みに調整してみて下さい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます