第2話 すれ違う心
「あぁぁ~。ついに言っちゃったよぉ~~~」
セラが去った部屋の中。先程までの態度はどこへやら、涙を浮かべたアレクが床にうずくまっている。
「あなたね、やめなさいよ。見苦しい」
呆れたようにクリスティーナが言う。
「そうですよ。セラ殿をこれ以上、厳しい戦いに連れて行くわけにはいかない。彼女の身の安全を確約できませんからね。そう決めたでしょう」
トーマが言いながらアレクを抱き起こそうとするが、勇者は床に転がったまま縮こまった。
「そうだよ、そうだけどさ! さっきのセラの顔見ただろ。泣きそうだったよ!? 俺がセラにあんな顔させたと思うと、もう、心折れる……」
「仕方ないじゃない。あの子、危険だからと言い聞かせても聞かないもの。自分が傷つくのに頓着しないで、献身しようとするじゃない。だからわざと冷たくしたんでしょ。しっかりしなさい」
「そうだけどぉ……」
ダンゴムシのように丸まったアレクは、床に向かってくぐもった声を出した。
「セラはさ、頑張り屋なんだ。旅に出てから一度も泣いてないんだよ。13歳で故郷を出て、もう6年にもなるのに。辛いこと、痛いこともいっぱいあったのに。
それなのに俺が……あんなひどいこと言って、泣かせて……。あああ、俺のバカ。俺のダンゴムシ! 湿ってカビた黒パン以下の存在!!」
「文字通りよね」
クリスティーナが赤い宝石のついた杖でアレクの頭をピタピタと叩いた。なおこの杖は
「いつまでもダンゴムシをやっていないで、今日はもう休みましょう。明日の出発は早いのですから」
トーマが言った。
彼らは明朝、魔族の領域に侵入する予定である。事前に得た情報では魔王が前線に向かっているというのだ。
魔軍の全力で攻められれば、この砦も確実に落ちる。前線の要たる砦が落ちれば、人族の敗北は濃厚になる。
しかし逆にチャンスでもあった。魔族たちの絶対的な王である魔王を仕留められれば、形勢は逆転するだろう。
困難な使命だったが、彼らはやり遂げるつもりでいた。
無論、無傷で成功できるとは思っていない。犠牲者を出しても、刺し違えてでも、魔王の息の根を止める決意をしていた。
そして、それだけ厳しい戦いにセラを連れて行く余力がなかった。
彼らはセラの価値を認めている。セラはいつも仲間を気遣っていた。行き違いがあればすぐに気がついて話を聞き、不満は小さな芽のうちにきちんと解消するよう心を配っていた。だから皆はセラに信頼を寄せて、何かあれば真っ先に彼女に相談したのである。
それに『セラピー師』という謎のクラスについても、薄々真価に気づいている。
戦場で価値を発揮するタイプではない。
けれどこの後の未来、戦争が終わった先の時代で必ず力を発揮するクラスだと。
であれば、セラには生き残って欲しい。そして戦いばかりだった人生から抜け出して、やり直して欲しい。
危険な任務を前に死を覚悟した3人はそう考えて、一芝居打ったのだった。
ぼんやりと外の荒野を眺めていたセラは、これからのことを考えていた。
(私はここにいても、何の役にも立てない。けど、ただ逃げ出すのは嫌。考えるんだ、私にもできることを……)
彼女の最初のクラスは治癒術師だった。セラ本人も、傷ついた人が元気を取り戻すのを見るのが生きがいだった。困っている人がいれば寄り添って、苦悩を和らげる手助けがしたかった。
セラピー師についても色々と調べた。前例がないクラスなので手探りだったが、人の心と身体に働きかけるものらしいと知った。
治癒魔法のように一瞬で効果が得られるものではない。
日々の暮らしを健やかに過ごせるような、地味だけれど大事な役割。
(ああ、そうか――)
ふと、セラは腑に落ちた気がした。
(私、戦いが嫌いなんだ。傷ついた人を治したいけれど、本当は最初から傷ついて欲しくない。争いなんて起きて欲しくない。
こんな弱虫だから、戦いで役に立てなかった)
けれどそんな『弱虫』を、彼女は誇りに思った。
戦いが嫌いだ。
争いがなくなって欲しい。
だからこそ
セラは窓の外から目を戻して、先ほど歩いてきた廊下を見た。その先の扉、仲間たちがいる部屋に視線を向ける。
そして、歩き始めた。
今度は虚勢ではなく、ごく自然に胸を張りながら。
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