追放セラピー師のやり直し旅
灰猫さんきち
第1話 偽りの追放
「セラ、お前をパーティから追放する」
青い月明かりが差し込む砦の一室で、勇者アレクは告げた。
『セラピー師』セラは、彼の言葉をただ黙って受け止める。
この地は魔族の国に接する激戦区。この砦を失えば、人族はまた一歩、領土を削り取られる事態になる。
追い込まれつつある人間たちは、切り札の戦力として勇者アレクとパーティを投入。
そして連日連戦を戦い抜き、今日やっと辛くも勝利をおさめたのだ。
部屋の中には他の仲間たちもいる。
王国の第三王女にして大賢者、全属性の魔法を使いこなす天才、クリスティーナ。
頑強な肉体と防護・回復に秀でた魔法で、仲間たちの盾となる聖戦士トーマ。
彼らは感情の見えない目で、アレクとセラを眺めていた。
「つい、ほう……」
少しの間をおいて、セラが絞り出すように言った。
「ああ、そうだ。理由は自分でも分かるだろう?」
「……私が足手まといだから」
「その通り。分かってるじゃないか。ずっと長いこと基礎クラスの治癒術師のままでいて、やっと上級クラスに目覚めたと思ったら、『セラピー師』などという意味不明な役立たず。
ろくな回復スキルはなく、攻撃もできない。まさにお荷物だ。俺たちの我慢は限界なんだよ」
俺たち。その言葉に反応して、セラはクリスティーナとトーマを見る。
けれど彼らは、セラのすがるような目に嘲笑を返した。
「残念だけど、真実ね。あなたは能無しの役立たず。今回の戦闘で、あなたが何か功績を上げたかしら? 功績どころか皆の足を引っ張っていたわね。あなたを庇うためにいらぬ苦労をさせられて、よくもまあ、仲間面していられるものだわ」
「クリス様、お言葉が過ぎますよ。セラは彼女なりに努力しているのです。ただ、無駄な努力というだけで」
クリスティーナに続いて、トーマも辛辣なセリフを吐く。
セラは拳を握りしめた。役立たずの自覚はあった、でも、信頼していた仲間たちがこんな風に思っていたなんて。
彼女は確かに戦闘では役に立てなかった。使えるスキルは治癒術師時代の初歩的な回復魔法だけ。攻撃魔法の才はなく、ましてや武器を持っての戦いなど全くできない。セラピー師のスキルは微妙なものばかりで、使い道が分からない。
自分の無力が悔しくて悲しくて、涙が出そうになる。
けれど泣くわけにはいかない。そんな無様は晒せない。
セラはうつむいていた視線を上げて、まっすぐに勇者アレクを見た。同い年の幼馴染、誰よりも信じていたはずの青年を。
「分かった。私、パーティを抜ける」
「ああ。それが賢明だ」
冷たい眼差しが信じられない。人々の未来のために力を尽くそうと、真っ直ぐな気持ちで誓い合った相手だったのに。
「さようなら、セラ。せいぜい元気でね」
仲間の――否、仲間だった人たちの侮蔑に満ちた声を背に受けながら、セラは部屋を出た。
どうしてこんなことになったのだろう。
激戦の影響が色濃く残る砦の廊下を歩きながら、セラは思った。
せめて回復スキルで負傷兵たちの治療を、と思ったが、この砦は精鋭揃い。中級や上級の回復魔法を使いこなす者が多くて、初級しか使えないセラの出番はどこにもなかった。
アレクとは同郷の幼馴染だった。早くから剣の才能を発揮していた彼は、13歳の年に冒険者として故郷を旅立った。
同い年のセラも、彼の背中を追いかけるようにして旅に出た。
アレクは才能こそ豊かだったが、小さい頃は泣き虫で、セラの方がお姉さん役だった。だから放っておけなくて、セラはついていったのだ。
最初の頃は順調で、剣士のアレクと治癒術師のセラはいいコンビ。めきめきと実力を伸ばすアレクに引っ張られながら、セラも必死で研鑽を続けていた。
そんな少年たちの旅は、ある事件をきっかけに変化してゆく。
たまたま請け負った魔物退治のクエストで、魔族の将軍と遭遇したのだ。
同行していた年上の冒険者が皆逃げ出す中で、アレクは退かなかった。無謀で勝ち目のない戦いは、だが、アレクが戦闘のさなかに勇者のクラスに目覚めたことで逆転した。
彼は将軍を討ち取り、魔軍の作戦を潰して大勢の人々を救った。その功績と希少な勇者クラスの存在で、アレクは引き立てられる。
魔法の天才である第三王女クリスティーナと、その護衛騎士で国でも屈指の武芸者のトーマを加え、勇者アレクと仲間たちは人族の希望のシンボルになった……。
「分不相応、だったのかな――」
口に出して言えば、事実が重くのしかかった。
セラがお荷物であるという話は、ずいぶん前から周囲に囁かれていた。その度に陰口を笑い飛ばし励ましてくれたのは、他でもない彼らだったのに。
セラは立ち止まった。砦の小さな窓から外を見る。
昼間、あんなにも激しい殺し合いが繰り広げられていた荒野は今は静か。魔族と人族の亡骸が、青白い月光に照らされている。
その冷たい光にアレクの目を思い出して、セラは歯を食いしばった。
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