第58話 不意打ち

「おはようございます。アレン様」


「おはようアレン」


「はい、おはようございます。アリア様、ルーナ王女」



 寝起きの二人に笑顔で挨拶を返す俺は昨夜一睡もしてないにも関わらず眠気を感じないことに自分の体が本格的に変化を起こしていることを自覚する。



 死霊のダンジョンで死に掛けてから俺の体は人間のものから神様のそれへと変質しつつあった。その変化は魔力に混じるほんの微かな神の気配や、再生というレベルには達しないまでの明らかに普通ではない傷の回復速度、年齢には合わない身体能力の高さと絶妙なレベルで現れつつあるが一番顕著に実感出来るのは睡眠の質だ。



 前の世界で俺が熟睡した時や調子が絶好調になったのは八時間の睡眠を取った時だった。それが今では四時間あれば疲労は全快し、二時間でも少し寝不足程度で済んでいる。騎士時代の経験と合わせれば一週間の不眠すら問題ない。とはいえ、それはあくまで日常での話であって魔物との連戦が想定される今の状況では少し怪しい。



「あの、アレン様」


「何でしょうか?アリア様」


「昨晩は魔物の襲撃はなかったのですか?」



 拠点の外を眺めながらそんなことを聞いてくるアリアに俺は昨夜に竜神クロノス様から教えられたことを伝えるべきか思案する。今拠点の中にはルーナ王女の持つ首飾りの魔力が充満している。



 移動する為に拠点を消せばこの場に多くの魔物が集まり魔力の痕跡を辿り移動中の俺たちの元へと辿り着くことになるだろう。お世辞にも良い知らせとは言えない、混乱を避ける為にこのことを伝えないという選択肢もある。



 だが、そうするべきではないと俺の勘が告げている。この感はきっと騎士時代に培って来た経験から来るものなのだろう。聡明なアリアやルーナ王女なら魔物との遭遇頻度や規則性から数日あればこの事実に気付くだろう。例え俺がこの事実を隠していたとしてもしっかりとした理由があれば責められることはない。



 どれだけ聡明な人間でも経験がなければ想定外の事態でミスをする。対して戦力のない二人がこの場で最も生存確率を上げる方法は俺の戦闘の邪魔をしないことだ。特に、変に援護をして標的にされたら俺の行動も制限されてしまう。



 では、どうすればそうならずに済むのか。答えはシンプルで非常事態を想定していれば良い。予め想定外の事態が起きた場合のことを話し行動のマニュアルを作る。そうすれば想定外は想定内へと変化する。



「昨日は殆んど魔物の襲撃はありませんでした。ですが、今日からはより酷くなると思います」


「それは何故ですか?」


「ルーナ王女の持つ首飾りの原理は魔物を誘き寄せる魔力を周囲に発散し続けるというものです。しかし、それは俺の作った拠点によって外部に漏れることはありませんでした」


「じゃあ、今この拠点の中には魔物を誘き寄せる魔力が充満してるっていうこと」


「その通りです」



 俺の説明を少し聞きすぐに答えへと辿り着いたルーナ王女は目に見えるほどに顔色を悪くしている。



「ねぇ、アレン。やっぱり私をここに置いて」


「それは出来ません。ご安心くださいルーナ王女。例えこの森の魔物全てを相手にしたとしても俺は必ず御二人を守り抜きます」



 しっかりとルーナ王女の瞳を見つめ地面に片膝を突き俺は改めて宣言をする。取捨選択のやり方は既に決めている。この中で初めに犠牲になるのならそれは俺でなくてはならない。世界を救う使命はある、けれどその世界の中に彼女たちが含まれている以上切り捨てることは出来ない。



「拠点を解除したらすぐに移動をするので準備をしてください。今日はそれなりの数の魔物との戦闘がありますので心の準備もお願いします。援護は無しで御二人は出来るだけ魔物に狙われないように立ち回ってください」


「分かりました」


「分かったわ」



 二人の体力からして魔物から逃げ切るのは不可能だ。ならやるべきは最も戦いやすい場所で待ち構えること。場所の候補は絞れてないが騎士時代に森の移動はそれなりに経験しているから問題はないだろう。



「では、準備が出来次第移動を始めましょう」



 それから荷物が少なかったこともありすぐに準備を済ませ拠点を消し移動を始めた俺たちだったが移動開始から魔物に遭遇するまでの時間は僅か十五分だった。



「囲まれましたね。ハイウルフの率いるウルフの群れです。数は全部で七匹、すぐに片付けるので御二人は俺が作る簡易拠点の中へ避難を」


「はい、気をつけてください。アレン様」


「怪我しないでね」


「はい、問題ありません。ドラゴンクロー」



 二人を余裕で覆えるくらいのドーム状の魔力障壁を展開して二人の安全を確保してから俺は改めてドラゴンレーダーでハイウルフの群れを観察する。



 ドラゴンレーダーの範囲内に他の魔物の気配はない。遭遇の速さから考えて恐らく昨夜から俺たちを獲物としてマークしていたのだろう。



「来い、八つ裂きにしてやる」



 連戦を考慮して魔力の回収が難しいドラゴンブーストなどの放出系の技は極力使いたくない。以前なら火力不足だったが身体能力が向上している今の俺なら体術のみでも十分に魔物を相手取れる。それを証明するように五分程度で俺はハイウルフの率いる群れを全滅させてみせた。



「二人とも、移動を再開しましょう」


「はい。その前に返り血を」


「いえ、不要です。これから続く襲撃を考えると魔力の消費がバカになりません。少し不快かもしれませんが血を拭うのは昼の時にしましょう」


「分かりました」



 実は俺の返り血は全てドラゴンアーマーに付いているので俺自身はそこまで不快感を感じてはいない。まぁ、見栄えは相当に悪いだろうがこの非常事態にそんな文句を言うほど二人が子供でなくて助かった。



「では、移動を」


「アレン様!」


「アレン!」



 移動を再開しましょう。そう口に出そうとした瞬間、俺の体は突然の横からの衝撃で近くの木へと吹き飛ばされてしまった。

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