第59話 トレント

「アレン様!」


「アレン!」



 二人の悲鳴にも似た呼び掛けを聞きながら俺は自分の行動を深く反省する。受けた衝撃は子供の体重を軽々と吹き飛ばせるものだったが俺のドラゴンアーマーを貫通出来るほどではなかった。



 実質無傷な訳だがハイウルフの群れを倒したことによって出来た隙を突かれたことは体以上に心に響く。



「問題ありません、俺は無傷です」



 そう言いながら二人を簡易拠点で多い俺は改めて敵へと向き直る。さっきまでドラゴンレーダーに魔力反応は無かったが今ならその魔物の魔力を感じ取れる。



『トレントか、油断したな』


『はい、未熟でした』



 トレント、主に森に生息している魔物で擬態と言えば真っ先に思い付くくらいには擬態が上手い。完全に木に擬態出来ることもそうだが何より厄介なのは一切の魔力反応を感知させないことだ。



「ドラゴンレーダーに頼り過ぎてたな」



 目の前で少し大きめの木に目と口が生え、触手のように無数の枝を動かしている光景を見つめながら俺は気持ちを切り替え戦略を練る。



 トレントの特徴は擬態以外に再生能力が挙げられる。基本武器である枝に関してはどれだけ破壊しても大したダメージにもならずに瞬時に回復するだろう。木の本体に攻撃しても浅ければすぐに再生させる。



 トレントに一番有効的な攻撃は火魔法と言われているけどそもそも森の中で火魔法を放つことは難しい。それ故、トレントと接敵した時の対処法としては木の本体にそれなりに深いダメージを何回も与え続ける消耗戦か、上下に両断するレベルの一撃必殺のどちらかとなる。



「時間は掛けられないな。かと言って魔力の消費は最小限に、いや極力ゼロで抑えたいな」


「ギァァァァァァ」



 俺が何もしないことに痺れを切らしたのか甲高い咆哮と共にトレントの枝が俺目掛けて襲い掛かってくる。時に鞭の様にしなり、時に槍のように真っ直ぐに飛んで来る枝に対処しながら現状の最適解を模索する。



 ドラゴンレーダーのお陰で攻撃の軌道は全て読めるから俺の方は余裕を持って対処出来ている。手数があるのを良いことに二人の方にも攻撃が行っているが枝の攻撃だけでは簡易拠点の防御は絶対に抜けないのでそちらも問題ではない。



「ドラゴンシールド」



 トレントの口から針状の枝が発射されたことでドラゴンアーマーだけでは不味いと思い咄嗟に前方に高密度の魔力障壁を張って防御する。



「噛み殺すか」



 俺の扱える竜魔体術の技の中にはトレントを一撃で倒せる技が幾つかある。だが、状況を考えても魔力消費の激しい技は使えない。その中でも使える技は確かに存在する。



 再び襲い掛かってくる枝を時に避け、時に引き裂きながら俺は真っ直ぐトレントの元へと駆け出しその距離をどんどん縮めていく。



『地面からも来るぞ』


『はい、ありがとうございます』



 トレントとの距離がかなり縮まった段階で竜神クロノス様から忠告が入る。ドラゴンレーダーは空気中に魔力を広げる関係上地面にまでは効力が及ばない。やはり、まだドラゴンレーダーに頼り過ぎている面が否めない。



「ギァァァ」



 少しだけ盛り上がった地面に魔力障壁を展開してトレントの奇襲を防いでから俺はドラゴンクローに使用するのとは比較にならないレベルの魔力を纏い、その魔力に呼応するようにトレントが焦り出す。



「終わりだ、ドラゴンファング」



 魔力を圧縮し左手で竜の下顎、右手で竜の上顎を形成した俺はそのままトレントの胴体を盛大に噛みちぎる。流石に素の筋力だけでは噛みちぎれないのでドラゴンブーストを使用したがこの程度の魔力消費なら問題ない。



「ギァァァァァァ!」



 木の本体を噛み砕かれ死に際の咆哮を上げ、やがて力無く倒れたトレントを視界の隅に留めながら俺はゆっくりとアリアとルーナ王女の元へと近寄る。



「敵は倒し終わりました。行きましょう」


「はい。アレン様は、お怪我はありませんか?」


「さっき吹き飛ばされてたけど頭とか打ってないの」


「はい、問題ありません」



 なるべく二人を安心させるように笑顔を作りながら俺は脳内で想定していた移動速度に少し修正を加える。魔物との遭遇率が思ったよりも多くこのままでは体力よりも先に二人の精神の方が保たなくなるだろう。



 なんとなく理解出来てしまう。魔物と実際に戦うよりも俺一人にその負担を背負わせる方が彼女たちの心には負荷が掛かる。そういう人種なのだ。



 それから再び移動を開始したのだが移動開始から五分もする頃には次の魔物に遭遇し、その後も通常ではあり得ないくらいの頻度で俺は魔物との戦闘をし続けた。一時間の移動で三十二体の魔物を倒したと言えばその異常性がよく分かるだろう。



『このままでは先に王女の方が潰れるな』


『はい、アリアが居てくれたのが唯一の救いです』



 竜神クロノス様に言われルーナ王女の方を見ると元気がないことが一目見て分かる。常に隣にアリアが付き添い手まで繋いでいるのが現状の厳しさを物語っている。



 その感情を一言で表すのなら罪悪感だろう。そもそも、ルーナ王女からしてみれば俺とアリアが今冥府の森にいる状況自体が自分のせいになる。その上、魔物を大量に誘き寄せるとあっては何も感じないという方が無理だろう。



 もっと子供っぽく我儘なら良かったが半端に大人になり掛けているからこそただでさえ不安定な心により負荷を掛けている。



「御二人とも止まってください。魔物です」



 だが、そんな俺たちの都合など魔物は待ってくれない。

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