第57話 夜の見張り

「思っていたよりも魔物が来ませんね」



 お風呂に入った後、アリアとルーナ王女が寝たことを確認して本格的に夜の見張り作業へとついた俺は襲撃してくる魔物の少なさに疑問を感じていた。基本的に森の魔物は夜行性の種類の方が多くルーナ王女が持っている魔物を引き寄せる首飾りの効果も加われば一時間に五体は来ると予想していた。



 だが、結果だけ見れば夜の見張りを開始してから一時間で未だにレッドベアー一体しか姿を表していない。



『恐らく、其方の作った拠点の影響だろう』


「俺の作った拠点ですか?」


『あぁ、あの娘の持っていた魔物を誘き寄せる首飾りは魔物の好む特殊な魔力を周囲に発散する効果を持つ。だが、其方が拠点を作り外部への魔力の流出が抑えられたことで首飾りの効力も弱まった』


「なるほど、そういう原理だったんですね」


『付け加えるなら其方の魔力は微力ながら神の気配が混ざりつつある。人間にはまず感知されないが魔力に敏感な魔物なら嫌な気配を感じることもある』



 首飾りから魔物を誘き寄せる特殊な魔力が出ていると聞いて自分の未熟さを実感するが同時に自分の魔力の変化にも驚く。一度、死霊のダンジョンで死に掛けてからこの体がより神様のものに近づいたことは知っていたし実感もしている。だが、魔物を避ける効果まで加わっているとは思わなかった。



「便利ですが魔物との戦闘の回数が減るのは少し惜しいです」


『森に転移してから初めに遭遇したレッドベアーが其方を見て少し止まっていただろう』


「はい、俺とルーナ王女のことを交互に見ていました」



 竜神クロノス様に言われて俺は森に来てから初めに戦ったレッドベアーのことを思い出す。明らかにルーナ王女の持つ首飾りに誘われてやってきたレッドベアーだったが思い返してみれば子供三人に対してかなり警戒していたように感じる。



『あれがまさに其方の魔力による影響だ。人間なら薄く伸ばされた其方の魔力を探知することは出来ないが魔力に敏感な魔物はドラゴンレーダーを縄張りとして認識する。要は今の其方は自身の縄張りの中に極上の獲物を確保している状態になる』


「ドラゴンレーダーにそんな効果があったんですね」



 つくづく便利な技術だ。相手の居場所を探れる上に魔物避けの役割まで出来るなんてありがたい限りだ。



『だが油断はするなよ、本当に大変なのは明日の移動からになる』


「ッ、そうですね。今拠点の中には魔物を誘き寄せる魔力が充満している。それを一気に解放すれば間違いなく魔物が押し寄せてくる」



 しっかりと考えれば当然のことだった。今拠点の中はルーナ王女の首飾りから出ている魔力が蓄積されている。恐らく、夜の見張りを開始してから唯一襲撃に来たレッドベアーも俺が外に出た時に漏れた首飾りの魔力に反応したのだろう。



『その通りだ、仮に急いでここから移動しても首飾りの魔力に釣られてこの場所に集まった魔物たちは首飾りの魔力を追って其方たちを追い掛けて来る』


「下手をすれば街に魔物が押し寄せることになりますね」


『その可能性も十分に考えられる。明日からが本当の戦いになるだろうな』



 幸いなことに魔力循環のお陰で拠点の作成に使っている魔力は全て回収出来る。戦い方を工夫すれば魔力は持たせることが出来るだろう。問題は二人の安全をどれだけ確保出来るのかになる。



「明日からは常に二人に魔力障壁を使える状態にした方が良いですね」


『今の其方ならドラゴンレーダーを応用すれば可能だろう。良い修行になるな』


「はい、その通りです」



 世界という大き過ぎるものよりも身近な誰かを守る為に力を振るう方が強くなって良かったと実感出来る。



「もう少ししたら上空から森の地形を把握します」


『そうか、拠点が解除されないように魔力制御範囲だけは見誤るなよ』


「はい、心得ています」



 竜神クロノス様の言っている通り、あまり上空に行き過ぎると拠点の維持に使用している魔力が制御しきれずに霧散してしまう。首飾りの魔力の話を聞いた後だと、今拠点が解除されれば大惨事になることは容易に想像出来てしまう。



「そういえば、あの転移魔法陣はどうやって冥府の森に俺たちを転移させたのですか?」



 それから俺は雑談代わりに気になっていたことを竜神クロノス様に質問してみることにした。

それは転移魔法陣の仕組みについてだ。転移系の魔法として代表的なのはゲートなどの特定の場所と場所を繋げることの出来る魔法だがもし今回の転移魔法陣も同じ原理が使われているのなら一度俺たちが転移した場所へと仕掛けを施す必要が生まれる。



 もしこの仮説が正解なら俺たちの居る場所は森の中でも比較的浅い場所ということになる。



『転移魔法には座標を指定する方法と予め転移したい場所にマーキングをしておく方法の二種類がある。ランダムに飛ばすものもあるが今回は座標指定がされているな』


「ということは森の奥深くに居る可能性も十分あるということですね」


『まぁ、今回の件はバレればタダでは済まないだろうからな。恐らく森の中央あたりだろう』


「そうですか」



 流石にそんな上手い話はないか。体力的なことを考えても二人を急がせることは出来ないし、魔物の奇襲を考えて一人なら兎も角、二人を背負って移動することは出来ない。かと言ってゆったりと休息を取りながら歩いていれば首飾りの魔力に誘き寄せられた魔物たちに囲まれてしまう。



「意外と八方塞がりかもしれませんね」



 それからドラゴンフライで森の地形を確認した所、竜神クロノス様の予想通り俺たちの現在地は森の中央付近だった。



 幸いなことに王都の方角は分かったが俺の予想では森を抜けるまでに一週間は掛かりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る