第56話 神様の知恵
「タオルの代用品ですか」
「はい、お風呂は何とか作れそうなのですが、体を拭くものがないのでどうしようかとルーナ王女と話していまして」
「アリア様の浄化の魔法でも体に残ってる水までは消せないの。アレンなら何か良い案を持ってると思って」
外で見張りをしていた所を呼ばれた俺は現在食事を終えた二人からそんな相談を受けていた。考えてみれば、濡れた状態で服を着る訳にもいかないし二人の懸念は至極真っ当なものだ。
もっとも、ここが森の中でなければの話だが。正直な話アリア様の浄化の魔法がある限り衛生面でのリスクはかなり下げられるので俺としてはお風呂に入る必要はないのではないかと思ってしまう。
理知的な二人のことだからきちんと説明すればそれで済むだろうが出来ることなら二人の望みは叶えてあげたい。
「タオルなどは流石に魔力では代用出来ないので方法があるとすれば風ですかね」
「そうですか、私は風魔法は習得していません」
「私も水魔法だけです」
俺は当然魔法が使えないので風魔法の代用は無理になる。俺の知る限りの知恵を絞ってもあまり思い付くことはない。なので、少し失礼ではあるが一番この状況をどうにかしてくれそうな方に聞くことにする。
『竜神クロノス様、何か良い案はありませんか?』
『風を起こしたいのなら火を使えば良い。空気は熱を加えることで膨張する性質がある。その性質を利用して筒状の魔力の塊の中に火を入れ風の出口となる先端を狭めれば熱風を産むことが出来る』
『なるほど、ありがとうございます。試しに作ってみます』
『あぁ、これでも世界を創った神の一柱だからな。何かあれば聞くと良い』
竜神クロノス様にお礼を言ってから俺は早速手元で熱風を起こす為の道具を作ってみる。火を入れる所は少し広めにして先端に行くにつれて細長い形状に変化させる。後は手で持ちやすいように持ち手を付ければ完成だ。
「アレン様、それは何ですか?」
「熱風を起こす為の道具です。上手く行けばお風呂問題が解決するかもしれません」
「まぁ、本当ですか?」
「私にはただの魔力の塊にしか見えないけど」
お風呂問題が解決すると言った瞬間に喜び出したアリアと俺の手の中にある道具を見て疑問を抱くルーナ王女との反応で俺に対する信頼度の差が良く分かる。
「この中に火を入れると空気が膨張して熱風を生み出せる筈です。実際に試してみましょう」
そう言って俺はウルフの肉を焼いた時に使ってそのままにしてあった焚き火に手を入れ燃えている手頃な枝を手に取る。
「アレン様!熱くはないのですか?」
「火傷とかしてないの?」
俺がいきなり火に手を突っ込んだことで慌て出した二人だったが俺が熱がる素振りすら見せないことで困惑している。
「俺は常に薄い魔力障壁を身に纏っているので火程度なら直接触れても問題ありません。それよりも見てみてください。この道具、本当に熱風が出ますよ」
俺の反応に何か言いたそうな顔をした二人だったがそんなことよりも今は手元になる道具を見せる方が優先だ。火を手に取った瞬間に熱風を起こす道具の中に入れたのだが本当に狭めた先端から熱風が出ている。
「これは凄いですね!まるで魔法みたいです」
「アレン、この風もっと強くすることは出来るの?」
「形状を変えれば可能だと思います。こんな感じで」
俺の手元の道具から本当に熱風が出ていることを確認した二人はさっきまでの慌てっぷりが嘘のようにハイテンションで熱風に手を
人間という矮小な存在が文明を発展させ進化を続けてきた理由。それは神様が知恵を授け見守っていたからに他ならない。現に、竜神クロノス様は何度も滅びたはずの世界を救っている。
何だか、二人との距離感を悩んでいたのがおかしく思えて来てしまう。俺はただ、この笑顔を守りたいだけなんだ。何も難しいことではない。時が来るまでは見守り、時が来たら世界を救い消えれば良い。それだけのことだ。
「アレン様!ありがとうございます」
「ありがとうアレン。本当に何でも出来るのね」
「どういたしまして。それとルーナ王女、俺は何でもは出来ません。ただ、出来ることをしているだけです」
真に万能なのは俺ではなく竜魔体術の方だ。流石に竜神クロノス様が作っただけあって汎用性が桁違いに高い。
「では、危ないのでお風呂の火を起こすのと、熱風を起こす道具に火を入れるのは俺がやります。入浴中は外に出てるので安心してください。心配なら一人を見張りに置いてください」
「ふふっ、私はアレン様を信用しているので大丈夫ですよ」
「私も大丈夫」
「そうですか」
まぁ、体は子供でも中身は大人だからな。今の二人に欲情することなんてあり得ない。それから魔力の形を工夫しお風呂を沸かして、熱風を起こす道具に火を入れてから俺は再び外へと向かったのだった。
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