第55話 距離感

「アレンって、何で貴族なのに料理出来るの?」



 先程捕まえたウルフという魔物の肉を魔力で作った包丁で捌いている最中、突然ルーナ王女からそんな疑問が飛んできた。



「確かに凄く手際が良いですね。皮を剥ぐのも綺麗でした」



 ルーナ王女に便乗する形でアリアまで俺の料理スキルを褒めてくれる。俺の料理スキルや野外でのスキルは基本的に前の世界の騎士時代に覚えたものになる。その為、本当のことを話すことは出来ない。



「前にダンジョンを攻略した時に必要だったのでそれで身に付けました。普段は役に立たないかもしれませんがこういう時には心強いでしょう」


「はい、とても心強いです」


「私たちも何か手伝えたら良いのだけど」


「その気持ちはありがたいですが、それで怪我をされては困ります。御二人はゆっくり休んでください」



 ルーナ王女もアリアも地位が高いだけあって料理経験がなくこの手の仕事は任せられない。恐らく、軽い切り傷程度ならアリアの魔法で治せるとは思うがこの先どれだけの魔物と戦うことになるのか分からない以上、魔法は出来るだけ温存してもらう必要がある。



「肉尽くしだな」



 ルーナ王女がきのこや薬草を見つけてくれたので何とか見栄えは保てているもののどうしても魔物の肉がメインになってしまう。それに、一番の問題は味付けだ。



 俺は魔王に囚われていた頃の生活でまともに食べられるのなら何でも大丈夫だけど、これまで美味しいものしか食べてこなかった二人にとって味付けのされていない食事は辛いものがあるだろう。



 そう言うと贅沢に思われるかもしれないが料理にとって味付けとは非常に大切な意味を持つ。何の味付けもされていない肉を食べ続ければ徐々に食欲がなくなり体力の低下に繋がる。それに加えて美味しい食事がストレスを緩和させてくれるように味のない食事もまたストレスになったりする。



「取り敢えずこんなものか」



 ルーナ王女とアリアがこちらを見ながら雑談している声を聞き流しながら俺は夕食のウルフ肉の串焼きを完成させる。串は魔力で作れないこともなかったけど折角なので枝を削って作ることにした。



「夕食が出来ましたよ」


「本当ですか!」


「美味しそう」


「量はありますからゆっくり食べてください」 



 それなりの量は作ったので足りなくなるということはないだろう。二人に魔力で作った皿に盛り付けた串焼きを渡してから外へと歩き出そうとした俺にアリアから待ったが掛かる。



「アレン様は食べないのですか?」


「俺は夜に食べます。食事の時に魔物に奇襲されたら対応が遅れてしまいますから」


「そうですか」



 俺の言葉に悲しそうな顔になったアリアに若干の罪悪感を抱きつつも俺は気にせず魔力で出来た拠点の外へと向かう。今使っている拠点は全て俺の魔力で出来ている為、ある程度の形状の変更なら壊さずとも行える。



 その性質を利用して拠点の一番上に行く為の足場を即興で設置して俺は一番周囲を見渡すことの出来る見張りスポットを作成する。



『楽しいのは嫌いか?』


『いいえ、寧ろ好きです』



 ドラゴンレーダーを張り巡らせながら周囲を警戒していると突然竜神クロノス様が話し掛けて来た。



『ならば何故、二人とともに食事を取らないのだ?今の其方なら外に出ずともドラゴンレーダーを広げられる上に、食事を摂りながらでも警戒くらいは出来るだろう?』



 全てを見透かされているのではないか。一瞬、そんなことを考えてしまったがよく考えれば竜神クロノス様に隠し事が出来る方がおかしいとすぐに納得する。



 確かに魔物を警戒するだけなら拠点の中でも出来たし、食事を摂りながらでも可能だ。それに、言ってしまえば例え感知できなくても拠点がすぐに壊されることはない。最悪の場合は拠点を攻撃された後でも間に合うだろう。



『恐らく、俺は未だに彼女たちとの距離感を図りかねているのだと思います』


『距離感か』


『はい、裏切ることが確定しているのにこれ以上仲を深めても良いものかと悩んでいるんです。決別するまでの時間でせめて良い思い出を作りたいと思いつつも、結局それは俺の都合でしかなく、彼女たちにとっては別れが辛くなるだけなのではないかと考えたら踏み込めないんです』



 我ながら情けない話だ。世界を救う為に全てを裏切り敵に回す覚悟なら既に決まっている。だからこそ、壊れることが確定している人間関係の構築に乗り気にはなれない。



 思い出は欲しい。けれど、誰かを大切な人たちを傷付けてまで思い出に縋りたいとは思えない。もう二度と会えない筈の人達に会えただけで満足するべきだ。



「アレン様、少しよろしいでしょうか?」


「はい、何でしょうか。アリア様」



 それでも、嘗て好きだったこの人に名前を呼ばれただけで幸せな気持ちになってしまうのはまだ俺が今に未練を残している証なのだろう。

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