第48話 王女様の誕生日

「アレン、昨日は良く眠れたのか?」


「うん、久しぶりにぐっすり眠れたよ」



 第一王女様の誕生会当日まで、俺は両親とユリウス兄さんと共に誕生会の会場である王都の王城へと向かっていた。魔王軍と戦争していた頃は基本歩きだったので馬車の有り難みをより実感出来る。



「その様子だと、また新しい技でも開発しているのか?」


「まぁ、そんな所だよ。でもこれがまた難しくてさ」



 竜神クロノス様にドラゴンレーダーを教えてもらってから約一週間で魔力を広げられる範囲は十五メートルまで伸びた。竜神クロノス様曰く、この成長速度は才能があるというよりも竜魔体術の基礎がしっかりと身に付いているお陰だそうだ。



 そのことを聞いた際には何となく調子に乗るなと釘を刺された気分になったが、自分が凡人だということなんて分かりきっているので今は基礎がしっかりと身に付いていることを喜ぶことにした。



「アレンなら直ぐに習得出来るだろうな。それと、今日のパーティーにはリリー・フレイム様も出席するらしいぞ」


「そうなんだ。それは楽しみでもあるけど少し怖いかな」



 ユリウス兄さんからリリーが今日のパーティーに来ると聞き俺の頭の中には楽しみな気持ちと怖い気持ちの異なる感情が湧いて来る。



 リリーと別れる前に俺はリリーにドラゴンアーマーを教えていたのでそれをしっかりと身につけているのかを確認したいと言う気持ちはある。その点で言えば楽しみなのだが反面、これ以上親しい関係になることに対する恐怖というのは常に付き纏っている。



 裏切る覚悟も恨まれる覚悟も決まっているつもりではいる。それでも、好き好んでそんな状況を作りたい訳じゃない。俺の頭の中では未だに四年後までに疎遠になればリリーの受けるショックも少なくて済むのではないかという思考が存在している。



「思うのは良いけど、本人の前では絶対に言うなよ」


「分かってるよ」



 それでも、今こうして談笑をしているユリウス兄さんのことを考えると既に手遅れである感じは否めない。



「ユリウス、アレン、そろそろ王城に着くぞ」



 そんな俺たちの会話を今まで黙って聞いていた父さんは馬車が王城の近くまで来た所でそう話し掛けて来た。俺の知ってる前の世界の父さんならこういう場面でも何も言わずに王城に着いてから「降りるぞ」と言っていた。俺が変わったことで細かい所にも差異は出始めている。



 俺が世界を救う選択を変えずに強さを欲し続ける以上、俺に出来ることは前の世界との差異を少しでも良い方向に持って行くことだけだ。それに、今はそれよりも優先すべき事がある。



『竜神クロノス様、第一王女様が強制転移させられた方法は儀式型の魔法陣ですか?』


『我の予想が正しければそうなるな。魔道具の類は基本的に転移対象と一緒に転移する故に使われる可能性は低い。また、転移魔法の使い手が転移させたのなら宝石くらいは回収するだろうしそもそも、ここから馬車を使っても日を跨ぐ距離を転移させられるレベルの魔法使いを勧誘で来たのかも怪しい』


『そうですね』



 竜神クロノス様の言う通り、ここから冥府の森までを自力の魔法のみで転移出来るものなど魔法師団団長のディオラ・カーマンくらいしか思い付かない。それも、単身でそんなことをすれば魔力だってほぼからになってしまう。



「どうしたアレン?行くぞ」


「はい」



 ユリウス兄さんの呼びかけに返事を返してから俺は誰にも気付かれないように薄っすら魔力の周囲に拡散して行く。



『恐らく、何処かの部屋に転移魔法陣が用意されている筈だ。それを見つける事が出来れば対処はかなり容易になる』


『はい』



 やってることは完全に不審者のそれだがいざ見つかったとしても修行の為と言い張れば問題ない。その言い訳で納得させられるようなキャラを今まで作って来たのだから。



 それから王城の中にあるパーティー会場へと入った俺は挨拶回りのある両親と離れてからユリウス兄さんに断りを入れてから部屋の隅へと向かった。



 俺と実際に戦ったことのある者やそれを見ていた者は俺のことを落ちこぼれとは呼ばないが、それでも大々的な活躍をしていない以上、俺に対する周囲の評価は未だに落ちこぼれのままだ。なので、こういった場所はあまり居心地が良くない。



「全員が会場に入ったら抜け出して魔法陣のある部屋を見つける。そこからは第一王女様の様子を見ながら臨機応変に対応だな」



 前の世界では第一王女様が行方不明になったことに対してそこまで騒がれることはなかった。それは混乱を避ける為であり各国との諍いを起こさない為の措置でもあった。



 誕生会を開いておきながら主役が行方不明になり、挙句に他国の者を疑うなど醜態以外の何ものでもない。それに加えて、第一王女の兄である王子ならともかく王女となれば最悪の場合は変えが効く。



 そんな嫌な予想ばかりを立てていると俺の展開しているドラゴンレーダーに触れた者がいた。それも通り過ぎたのではなく真っ直ぐこちらに向かってくる。



「しっかりと形になってるのは流石だな」



 ドラゴンレーダーから感じ取れる羽や尻尾からその人物が竜人族であると分かった時点で俺はそれが誰なのか直ぐに分かった。何よりもその人物の正体を決定づけているのは体全身を覆うようにして纏われている魔力だった。



「お久しぶりです、リリー・フレイム様」


「あぁ、前に会ったのは勇者任命式の時だったな。また会えて嬉しく思っているぞ、アレン」


「光栄です」



 向こうが話し掛けてくる前に席を立ち上がり、恭しく頭を下げた俺にリリーも言葉を返してくれる。一応、リリーがツール公爵家に来たことは非公式になっているので俺も話に乗っかっておく。



「積もる話もあるからな、座るぞ」



 そう言って俺の言葉を待たずに椅子へと腰掛けたリリーの姿に安心感を覚えながらも少し困った状況に頭を抱える。リリーがずっと近くに居ると会場を抜け出すことが出来ない。



「あの?良ければ私もお話に加えて頂けないでしょうか」



 そんな状況にさらなる参加者が加わってくる。



「聖女アリア様、お久しぶりです。どうぞこちらの席へ」


「またこの三人か。これも何かの縁かもしれんな」



 俺たちに話し掛けて来た人物の正体は聖法国ミラーレスの聖女アリアだった。これでますます会場から抜け出すのが難しくなったという俺の内心を気にすることなく三人の談笑会が始まったのだった。

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