第42話 ユリウスの訓練

「訓練の為にわざわざ寮の外に出るなんてユリウス兄さんも大変だね」


「その大変な訓練にこれからアレンも付き合うことになるんだぞ」



 リリーと別れてから少し経った現在、俺はユリウス兄さんと共に王都にある騎士団の訓練場に向かっていた。ユリウス兄さんは光の属性に目覚めてから将来勇者になることを見込まれていた為、いつも王都にある騎士の訓練場で訓練をしていた。



 理由は勇者という役職が騎士の最上位という立場にある為幼い頃から騎士団との仲を良好なものにしておくということの他に、未来で勇者一行として選出されるソード・バランスとマリン・カーマンに対する顔繋ぎがあった。



 剣の天才ソード・バランスと魔法の天才マリン・カーマン、そして光の属性を持つ勇者ユリウス・ツール。その他、神聖魔法を使う聖女アリアに金色の炎を使う王女リリー・フレイム、精霊魔法の使い手にしてエルフの王女であるソフィア、獣人国の王子であるガウス。



 それぞれに類稀な才覚を持った者たちが皆同じ年に生まれ同じ目的を持って共に戦うのだからまるで物語のようだ。唯一違うのは敵の強大さか。



「そういえば、アレンはソードとマリンに一度合ってるんだよな」


「はい、と言っても本当に顔を合わせた程度ですけどね」


「アレンの強さを知ったらきっと二人は驚くぞ。何せ、勇者である僕よりも強いんだからな」



 心の底から否定したいけど俺が今のユリウス兄さんよりも強いのは事実なので否定は出来ない。いや、今のではなくこの先もきっと強い筈だ。そうでなければ俺が困る。



「アレンが勇者になってくれたのなら僕はゆっくり出来るんだけどな」


「やっぱり、勇者であることは重荷になるんですか?」


「それはもちろん。こんな子供に国の未来を背負えなんて荷が重いよ」



 俺は世界を背負ってますよとは言えない。でもそうか、ユリウス兄さんも心の底から勇者になりたいなんて思ってないのか。



 ならばいっそ辞めてしまえば良いと思ってしまうが結局この世界に逃げ道はなかった。勇者になったら早死にして、ならなかったら世界の終わりと共に後を追う。それだけのことだ。



「ユリウス兄さんなら出来ますよ。応援してます」


「そうか、アレンがそう言うなら期待に応えないとな」



 そう言って曇り一つない笑顔を俺に向けてくるユリウス兄さんは本当に勇者に相応しいと思う。だから、ユリウス兄さんが普通の役職としての勇者で居られるように俺はもっと強くなる。そして、未来の犠牲者を減らす為にソード・バランスとマリン・カーマンを鍛える。



「そろそろ着く頃だな。初めは不快な視線があるかもしれないが我慢してくれ」


「問題ありませんよ。数日後には消えてます」



 前の世界でも俺がユリウス兄さんの、勇者の弟だと知って嗤ってくる者は居た。負ければ勇者の弟なのにと言われ、勝っても勇者の弟ならもっと出来ないのかと言われる日々。不細工な剣で戦場を駆けただの有象無象の一人として戦う。



 あの日々に比べれば俺に向けられる侮りの視線など今更どうとも思わない。



「着いたぞアレン。ここが王都の騎士の訓練場だ」



 そう言って馬車から降りるユリウス兄さんの背を追って続くように馬車を降りた俺は懐かしの訓練場を視界に入れる。そう言えば、初めて騎士団に入団した時もあの視線を向けられてたな。



「中に入ろう、二人も待ってるだろうからな」


「はい、ユリウス兄さんはいつも騎士団の皆さんと訓練をしているんですか?」


「いや、一緒に訓練というよりは場所を借りてると言った方が適切だな。もちろん、指導はしてもらっているけどソードやマリンと模擬戦紛いのことをしているだけだ。アレンほど死に物狂いではないよ」



 まぁ、よく考えてみれば将来国を守る勇者に無理をさせて体でも壊させたら本末転倒だし、今はまだ強さを求めるような時期じゃない。そう考えると普段から死に物狂いで修行をしてる俺は相当変な奴だと思われるのではなかろうか。



 そんなことを考えつつもユリウス兄さんに連れられて屋内にある訓練用の施設へとやって来た俺は四人の人間を視界に入れる。



「お待ちしていました。ユリウス様」


「そっちの子が例の弟くんね」



 そう言って俺に観察してくるような視線を向けて来たのは前の世界で俺も顔と名前を覚えているほどのビッグネーム。騎士団副団長のイーブンさんと魔法師団副団長のライラさんだ。



「あれがユリウスの弟か?」


「ふ〜ん?」



 そして、二人の後ろで俺に興味無さげな視線を向けてくる二人こそが後の勇者一行になるソード・バランスとマリン・カーマンだった。



「紹介するよアレン。そこの二人は騎士団副団長のイーブンさんと魔法師団副団長のライラさんだ。それで奥に居る二人が馬車の中でも話したソードとマリンだ」


「アレン・ツールと申します。本日はよろしくお願いします」



 そう言って頭を下げた俺に大人組二人は丁寧によろしくと返してくれる。だが、後ろで俺を見ている二人は違った。



「俺はあまりお前を歓迎していない。訓練の邪魔だけはしないでくれ」


「貴方には興味ない」


「ふふっ、そうですか」



 二人の辛辣な言葉に俺は思わず笑ってしまう。別に自分より弱い人間に下に見られたからとかそういうのではなく純粋に俺に対してこういう対応をしてくれる者がこっちの世界に来てから少なくて新鮮だったからだ。



 それに、俺が五歳の頃に魔法の適性を持っていないことが広まってから落ちこぼれの烙印を押されていることは知っている。今更気に留めることでもない。



 とはいえ、俺がここへ来た目的は三人の訓練風景を眺める為じゃない。天才特有の慢心を捨てさせ二人を成長させる為だ。



「ですが、言われっぱなしでは友人に笑われてしまいますので一度僕と戦ってもらえませんか?もちろん、二対一で構いません」


「はっ?」


「む?」


「あぁ、安心して下さい。ちゃんと手加減はしますので」



 そうして俺は普段なら絶対にしないであろう渾身の煽りをソードとマリンの二人に放ったのだった。

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