第36話 母の思い

「しょ、勝者……アレン様」



 動揺を隠せない声でフェルンさんが俺の勝利を宣言したことで俺とカイザーさんの勝負は幕を下ろした。そのことで安堵したせいか魔力がほぼ空になっていたこともあり俺はカイザーさんと同じようにその場に膝を着き座り込んでしまった。



「大丈夫かアレン」


「大丈夫ですか、アレン様」


「はい、魔力がないのと緊張の糸が切れただけなので大丈夫ですよユリウス兄さん。カリスも心配掛けてごめんね」



 まだ固まっている両親の代わりにユリウス兄さんとカリスが俺に駆け寄って来てくれる。戦場なら良い獲物として狩られていた所だがやはり家族は安心感が違う。



「フェルン殿、リリー王女も含め皆さんお疲れのようですのでこの場はお開きとしませんか?」



 そんなことを考えていると復帰した父さんがフェルンさんに話しかけに行っていた。というか、俺個人としてはリリーと試合をしただけで他の人間は観客というより野次馬だと考えていたのでお開きという言葉もしっくり来ていないがそんなことはどうだって良い。



 重要なのはこれでリリーが王族から追放される可能性がかなり低くなったということだ。それに、竜王国タレクターの護衛騎士に勝てたという収穫が大きい。



『これから散々言われるだろうが我からもよくやったと褒めてやろう。これからも精進するのだぞ』


『はい!もっと頑張って強くなります』



 着実に強くなっているという実感に嬉しく思う反面、今のままでは決して届くことのない敵に対しての焦燥感も自覚できる。そんなことを考えていると護衛騎士としての意地なのか辛そうに立ち上がったカイザーさんが声を掛けて来た。



「アレン殿。負けてしまったとはいえとても良い経験が出来ました。改めて我らの提案を呑んでくれたこと感謝します」



 そう言って頭を下げてくれたカイザーさんに対してこちらだけ座ったままでは失礼だろと思い立ち上がった俺はカイザーさんに習い本心を口にした。



「こちらこそ、とても良い経験になりました。俺と戦ってくれたこと感謝します」



 もし可能ならば今度はお互いに制限なしの状態で戦いたいものだ。けど、その時には恐らく敵同士として対面することになる。そうなれば切磋琢磨は望めない。本当にままならないものだ。



「それで、我々は一週間程度こちらに滞在する予定なのですが良ければ共に鍛錬でもしませんか?」



 内心で勝手に別れを想像していた俺だったがライザーさんがいきなりそんなことを口にしたせいで、思わずユリウス兄さんの方へと顔を向けてしまう。



「本当ですか、ユリウス兄さん?」


「本当だよ、アレン。リリー王女との勝敗に関わらず彼らが一週間程度滞在することは既に決まってたんだ。黙っててごめんな」


「いえ、サプライズなら仕方がないです」



 何が仕方ないのか自分でも良く分からないがリリー達がこの屋敷に泊まることは理解した。一国の王女が公爵家を訪ねて決闘して泊まるという少しキャパオーバーな現状だが今更どうすることも出来ないので流れに身を任せる他にない。



 だが、悪いことばかりではない。



「カイザーさん。その話お受けします。寧ろ、俺の方から頼みたいくらいでした」


「そうですか。では、お互い調子が戻り時間が取れたのなら共に鍛錬をしましょう」


「はい、よろしくお願いします」



 そうして、カイザーさんとの鍛錬を約束した俺は良い組み手相手が見つかったことに内心喜びながら割と疲労が蓄積していたので後の話し合いを全て父さんに任せてユリウス兄さんやカリスと共に屋敷の中へと戻ったのだった。

 



◇◆◇◆




「アレン、こっちにいらっしゃい」



 俺、アレン・ツールは現在自分が置かれている状況に少しばかり戸惑っていた。場所は母さんの寝室でそこに当然の如くベットに座っている母さんが自分の横を叩き俺を誘ってくれている。



 時刻は既に夜となりリリー達の歓迎会も終わりお風呂にも入ったので後は寝るだけという状態だ。でも、本当に腑に落ちない。俺は母さんのことは普通に好きだし家族仲が特別悪いとも思っていない。



 それでも、前の世界も含めて五歳になり俺に魔法の才能がないことが判明してから母さんが一緒に寝ようと誘ってくれたことはなかった。というか、それはユリウス兄さんも同じなのでどちらかと言えばこうして誘われている今の状況がおかしい。



「どうしたのアレン?」


「えっと、いきなりどうしたのかなって思っちゃって。母さんと一緒に寝たのなんて五歳の時以来だったから」


「そうね」



 俺の言葉に優しい声で返してくれた母さんだがその顔に少し陰りが見えたことを俺は見逃さなかった。



「ねぇ、アレン。私ね、貴方と少しだけ距離を作ってたの」


「俺はそう感じなかったけど?」


「それでも、私は心の中で貴方との距離を作ってたの。どう接したら良かったのか分からなかったから」



 俺が知る限り母さんが俺に対して距離のある言動をした覚えはない。普通に接して普通に扱ってくれた筈だ。けど、母さんが距離を置いた理由は何となく察しが付く。



「俺に魔法の才能が無かったから?」


「いいえ、違うわ。私が貴方を強く産んであげられなかったから」



 俺の嫌いな言葉。その言葉を皮切りに母さんはこれまで溜め込んでいた気持ちを語ってくれた。



「双子なのにユリウスは魔法の才能も、剣の才能も、色々なものを持っている。それなのに、アレンは魔力量が人より多いことを除けば全てがユリウスよりも劣ってしまう。私からすれば二人とも大切な子供で変わらないけれど世間の目は違うの」



 知ってるよ。散々比べられて来たから。ダメな方、出涸らし、出来損ない、前の世界でもユリウス兄さんと比べ俺をそう呼ぶ声はあった。



「毎日懸命に剣を振るっているのに上達の遅い貴方を見て申し訳なさで胸がいっぱいになった。ユリウスのことを心の底から尊敬して自慢する貴方を見て心の中で泣きたくなった。だからいつからか、貴方の頑張る姿すら見れなくなった。本当に母親失格よね」



 そう語っている母さんの目には滅多に見せることのない涙が流れていた。そして、運命とは酷いものだと改めて思う。母さんが泣く時はいつも俺たちのことばかりだ。



 前の世界で最後に母さんが泣いているのを見たのはユリウス兄さんが死んだ後のことだった。魔王に挑み死んだユリウス兄さんに少なくない非難の声が上がりそれを聞いた母さんは俺が屋敷に戻ってからも塞ぎ込むように涙を流していた。



 その時の言葉は今でも鮮明に覚えている。「強く産んじゃってごめんなさい」俺の為に泣いてくれたのとは真逆の理由で母さんは再び泣いた。けど、この世界ではそんな涙は流させない。



「俺は、母さんに産んでもらえて嬉しかったよ」


「アレン?」


「魔法の才能なんて無くても、産んでくれただけで感謝してるよ」


「ふふっ、なんだかアレンが遠くに行っちゃったみたい」



 そう言って微笑む母さんを見て罪悪感が込み上げてくる。この笑みもいつかは裏切ることになる。本当に遠くへ行ってしまうことになる。



「アレン、こっちに来て」



 母さんに促されるままに近づくと暖かい体温が俺のことを包み込んで来る。



「本当に、強くなったのね」



 母さんに抱きしめられて何故だか無性に泣きたくなってしまう。けど、泣くことはない。それをしてしまえば俺はきっと耐えられないから。



「久しぶりに一緒に寝ましょ」


「うん、」



 その日、疲れていたせいもあってか俺はこれまでの人生で一番よく寝れた気がした。

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