第30話 突然の来訪者

「アレン様、準備は整いましたか?」


「大丈夫。それにしても本当に誰が来るのか教えてくれないの?」


「はい、旦那様から秘密にするようにと仰せつかっておりますので」


「そう、なら仕方ないね」



 死霊のダンジョン攻略から三ヶ月が経った現在、カリスの監視の目も厳しくなり一日の大半を修行に当てる毎日を送っていた俺だったが今日は何故か修行をせずに正装で居るようにと父さんから言われているのでそれに従っている。



 理由をカリスに聞いてみた所、身分の高い方が客人として来るとのことだったが父さんからの命令のせいかその人物についてはついぞ教えてもらえなかった。



『前の世界で同じようなことは無かったのか?』


『いえ、俺の覚えている限りはありませんでした』


『そうなると、其方の行動で既に歴史が変わりつつあるということなのだろうな』



 竜神クロノス様の言葉に納得しつつ、俺はこれから来る客人について考える。一番可能性として考えられるのは俺が死霊のダンジョンをクリアしたことを聞き付けた誰かからの接触か、俺に感化されてより強くなっているユリウス兄さんに対する接触だろう。まぁ、深く考えずともそのうち分かる。



「分かっているとは思いますが、くれぐれも失礼のないようにお願い致します」


「ねぇ、カリス。その客人ってそんなに偉いの?」


「身分だけで申しますと公爵家よりも遥かに上です」


「それって少なくとも王族が国賓クラスでしょ」



 カリスの言葉に俺の長年の経験で培われた嗅覚が面倒ごとの匂いを嗅ぎつける。ユリウス兄さんに用事があるのならそれで構わないが客人の目的が俺だった場合はどうしようか。



 そこまで考えて俺は自分の自惚れに気が付く。確かに俺は前の世界よりも強くはなっているがそれでも勇者に選ばれているユリウス兄さんの弟という価値しかない。それに、よくよく考えてみればそんなに身分の高い客人が俺たちのような子供に用があるとも思えない。



 きっと、父さんと何かしらの会談を行い、そのついでにちょっとした悪戯心で俺たちを驚かせようと考えているに違いない。



「アレン様、先程から何を頷かれているのですか?」


「いや、何でもないよ。それより、その来客はいつ来るのかな?早く練習着に着替えて修行したいんだけど」


「はぁ、熱心なのは良いことですが少しはご自身を労ってください。アレン様にもしものことがあれば悲しむのは私たちですからね」



 そう言って俺のことを心配そうに見つめて来るカリス。いつも俺に尽くしてくれているカリスからのこの視線は少し堪えるものがあるが、だからと言って修行を怠る訳にもいかない。



「これで教養などがなっていなければそれを理由に辞めさせられるのですが」


「教える人が良いお陰かその辺は苦労してないね」



 そう、これでも俺は公爵家の次男であり貴族として求められる教養は一通り叩き込まれる立場にある。その為、普通なら日々を修行に費やしている暇などないのだがそこは前の世界で培って来た経験でどうにかしている。



 それに、後四年もすればどうせ使わなくなるのだから今更身に付ける気になれないというのが正直な所だ。



「そろそろお時間です。応接室の方へと向かいましょう」


「了解、誰が来てもきっちり対応するよ」


「はい、期待しております」



 カリスの期待には答えないといけない。そう思い意識を切り替えてから俺はカリスの後に続き屋敷の応接室へとやって来た。だが、身分の高い客人を待たせている訳もなく俺が部屋に入った時に居たのはユリウス兄さんだけだった。



「来たかアレン、これから来る人を見たらきっと驚くと思うぞ」


「その口ぶりだとユリウス兄さんは誰が来るのか知らされてるんだね」


「あぁ、流石に俺が驚く訳にも行かないからな」


「それもそうだね」



 なんだろう、ユリウス兄さんの俺を見る目が何か微笑ましいものでも見るような目になっている気がする。それに、知らされていないのが俺だけなんてますます怪しい。



「ねぇ、ユリウス兄さん。実際の所誰が来るの?」


「ごめんな、アレン。こればっかりはボクの口からも言えないんだ。けど、害はないと思うから安心してくれ」



 害はないか。ユリウス兄さんがそう判断したのならきっとそうなのだろう。



「そうだ、話は変わるけどアレンもそろそろ僕達のやってる訓練に参加してみないか?実力的にも問題ないし、皆も良い刺激になると思うんだ」



 突然のユリウス兄さんからの勧誘に俺は少し戸惑う。実は前々からユリウス兄さんに自分たちのやっている訓練に参加してくれないかと打診はされてはいたのだ。参加しているメンバーが騎士団長の息子ソード・バランスや魔法師団長の娘マリン・カーマンというのもあって参加したい気持ちはあったが今までは断って来た。



 理由としては下手に前の世界の流れを変えたくないというのもあるが、それ以上にもっと俺自身の基礎を固めたいという思いもある。



「そうだね、考えておくよ」


「あぁ、良い返事を期待してる」



 それからしばらくユリウス兄さんと雑談をしていると外から足音が近づいて来た為、二人してそっと席を立つ。すると、正面の扉が開かれ俺の見覚えのある人物が姿を現す。



「さぁ、どうぞこちらへお掛けください」


「あぁ、失礼させてもらう」



 幼いながらも凛とした声、大人を相手しているというのに一切の気後れを感じさせない毅然とした態度。その人物を見て俺は確信する。絶対に面倒なことになると。



「さて、こうして会うのは勇者任命式以来だな、アレンにユリウス」


「お久しぶりです。リリー・フレイム王女」


「この度はわざわざご足労いただきありがとうございます」



 竜王国タレクターの王女リリー・フレイムが何故か俺たちの前に座っている。その状況だけでも意味が分からないのにリリーはさらに意味の分からないことを俺たちに告げた。



「今は公式の場ではないからな、敬語は必要ない。それとツール公爵殿、手筈通りにアレン以外の皆には席を外してもらいたい」


「はい、心得ております。ではアレン、私たちは用事があるから後はしっかりと頼んだぞ」



 それだけを言って部屋を退室する父さんに続き母さんとユリウス兄さんも部屋を出ていってしまう。結局、部屋に残されたのは俺とリリー、そしてリリーの御付きのメイドだけになってしまった。

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