第29話 帰るべき家

「やっぱり外の空気は気持ち良いですね」


『ここ一週間はずっとダンジョンの中だったからな。そう感じるのも仕方あるまい』



 帰還の魔法陣に乗り一瞬で死霊のダンジョンの入り口へと転移した俺は現在外の空気を満喫していた。死霊のダンジョン自体が森の中にあることもあってか空気が一段と美味しく感じる。



「後は帰るだけですけど、やっぱり説教は免れませんよね」


『手紙を置いて来たとはいえ無断で一週間の外出をした上にやったことと言えばダンジョンを単独で攻略、まず確実に説教を喰らうだろうな』


「そうですよね。でも、後悔はありません。それに説教をされた程度で止まれる訳がない」



 正直な話、家族に心配を掛けるのは心苦しいし、なんだかんだでみんなが俺のことを大切に思ってくれているのは理解しているつもりだ。だからこそ、俺は我儘な子供と見られてでも無茶をしなければならない。



「取り敢えず、帰りましょう。そろそろ日も上がりますし門番に声を掛ければ普通に通してくれる筈です」


『それが良かろう、もし領内をくまなく散策されていては言い訳が難しくなるからな』



 そう、実は現在の一番の問題は言い訳なのだ。俺の実力はある程度開示しても問題はないが来るべき日に備えてドラゴンフライだけは秘匿しておかなければならない。



 今から四年後に行われる大会で俺は聖女アリアからロザリオを奪わなければならない。その時の逃走手段としてドラゴンフライを使うつもりだがもし予め誰かにドラゴンフライを見せたことによって対策を講じられてはたまったものではない。


 

 俺が計画を失敗すればそれが世界の終わりに直結する。その為、可能な限り不安要素は取り除いておく必要がある。



「まぁ、言い訳はしっかりと考えておきます。それでは帰りましょう」


『あぁ、そうだな』



 今は深夜という訳ではないのでドラゴンフライは使わずに走って帰ることにする。そうして走り出してみると明らかに進む速度が上がっている事に気がつく。ダンジョン内でも身体能力の向上は実感していたけど戦闘や回避行動なしで純粋に走ってみると改めて実感出来る。



「この分なら早めに帰れそうですね」


『そうだな、体も頑丈になった上に睡眠時間も四時間で済むのだ。これからの修行はよりハードなものにするぞ』


「望むところです。寧ろ、これで今まで通りの修行なんてあり得ません」


『良くぞ言った!其方にはまだまだ教えなければならないことが多過ぎるからな。後四年で詰め込める限りのものを詰め込んでやろう』



 あぁ、本当に楽しみだ。世界を救う為という理由もあるがそれを差し引いても俺は自分が強くなっていく現状が好きだ。例え、この強さが将来悪名としてしか機能しなくとも無力な自分で居るよりは何千倍も嬉しい。



「竜神クロノス様、俺は最強になります」


『我の弟子なのだ。そうなってもらわねば困る』


「そうですね」



 竜神クロノス様の弟子として今の俺には足りないものが多過ぎる。正直、四年間という時間があっても付け焼き刃にしかならない気さえしてくる。それでもやらなければならない。その為なら、俺はどんなものだって捨てられる。



 それから走り続けること数時間、特に息を切らせることもなく領へと辿り着いた俺は門の前で立っている見覚えのある人物に思わず足を止めてしまう。だが、そんな俺とは対照的にその人物、カリスは普段の彼女からは考えられないような全力疾走で俺の下へと駆け出して来る。



「アレン様!ご無事だったのですね」



 俺が何かを口に出そうとする前にカリスに抱きしめられてしまう。



「本当に、本当に、無事で良かったです。アレン様」



 カリスは泣いていた。そこに専属メイドとしての関わりはなく、まるで本当の家族を心配する姉のように俺のために泣いてくれる。それはすごく嬉しいことで同時に途轍もなく罪悪感が湧いてくる。



「勝手に居なくなってごめんね、カリス。でも、必要なことだったんだ」


「本当に、私たちがどれだけ心配したと思っているのですか」



 悲しませてしまったことは素直に謝ろう。それでも、自分の選んだ選択に決して後悔はしていない。けど、罪悪感と共に湧き上がってくるこの安心感はすごく心地が良い。精神年齢はもうとっくに大人だと言うのに今になって悪さをして大人に構ってもらおうとする子供の気持ちが分かってしまう。



「服もボロボロじゃないですか。それに傷もありますし、血だってこんなに付着させて」


「返す言葉もないよ。本当に心配かけてごめんね」


「まったくです。帰ったら旦那様と奥様にお説教をしてもらわないといけません」



 あぁ、そうだ。今の俺には叱ってくれる家族がいる。その事実がどれだけありがたいことなのか今の俺なら良く分かる。



「じゃあ帰ろうか、俺たちの家に」


「はい、手を繋いで帰りましょう。それとこちらを上から羽織ってください。流石にその格好では目立ち過ぎます」


「それもそうだね。ありがとう」



 ボロボロの服を隠すためにカリスから受け取った服を上から羽織り家族の待つ家へと向かう。父さんと母さんはもちろんのことユリウス兄さんや使用人の皆も俺のことを心配してくれているのだろう。



「帰ったらまずはお風呂に入りたいな」


「すぐにご用意いたします。食事もすぐにお召し上がりになりますか?」


「そうだね、出来ることなら肉が良い」


「分かりました。そのように手配いたします」



 さて、この様子なら勝手に外に抜け出すと言うのは難しそうなのでしばらくは家の中で自己鍛錬に励むことにする。そうして、ほとぼりが覚めた頃にまた何処かに遠出しよう。



 俺が犯罪者になるまで後四年。長いようで短いその時間でどうすればより強くなるのか。自然と俺の思考回路は今後の計画の為に行使される。



「さぁ、アレン様。屋敷に着きました。どうぞ中へ」


「うん、ただいま」


「はい、お帰りなさいませ。アレン様」



 それでも、今この瞬間だけは家族の温もりに安心するのだった。

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