第27話 変質した体

「よく寝た」


『目が覚めたか?まだ、四時間しか経ってないぞ』



 モンスター部屋攻略から四時間後、俺は目を覚ました。体感では八時間くらい眠った筈なのに竜神クロノス様の言葉が真実なら俺は四時間しか寝ていないらしい。その割に体の疲れはあまり感じないし倦怠感や痛みもあまり感じない。



「凄いですね、この体」



 原因は分かっている。モンスター部屋攻略以前よりも明らかに増している魔力総量に新たに手に入れた数秒先の未来を見る瞳。死に掛けたことによって俺の体は確実に変質を遂げていた。



『前にも言ったが其方の体は既に人間のそれではない。死の淵を彷徨い其方の中に眠む我の力に触れたことでそれはより顕著になった。傷の治りが早いのも睡眠を大して必要としなかったのもその影響なのだろう』



 言われてみれば、力を回復する為に神様が眠りに着くという話は聞いたことがあるが日頃から睡眠を必要としているなんて話は聞いたことがない。



「その内、眠る必要もなくなったりするのですか?」


『我の力に完全に順応すれば睡眠はおろか、食事も排泄も必要なくなるであろうな。これから先、其方が神物を取り込む度に人という枠組みから外れて行く筈だ』


「まぁ、戦うことだけを考えればその方が便利ですね」



 人が神に至るということはそういう事だ。分かっていたことだし今更後悔する訳がない。世界を救う為ならば俺は喜んで人間を捨てられる。



「新しい力を試したいので、ダンジョン攻略に戻りましょう」



 今なら、前よりもずっと上手く戦える気がする。一度死に掛けたというのに気分が良い。この感じならダンジョン攻略も想定していた以上に早く終わらせることが出来そうだ。



 それからリビングアーマーの居た場所に展開されていた魔法陣へと足を踏み入れた俺は気が付くと転移させられる前のレイスと戦った場所まで戻っていた。



『場所的にここはまだ6階層の様だな』


「はい、ここからは少し急ぎます。ドラゴンクロー」



 竜神クロノス様の魔力と神力に触れたことで俺がこの死霊のダンジョンへとやって来た目的は既に達成されている。モンスター部屋での死闘を経て当初欲していた力は手に入れることが出来た。なら次はこの力を扱えるようにする番だ。



『一つだけ忠告しておくが、未来視の魔眼は便利ではあるが使用する度に魔力を消費する。闇雲に使わず的確にタイミングを見極めて発動するようにしろ』


「はい、それも含めて慣らしていきます」


『ならば良い』



 それから俺は竜神クロノス様のアドバイスを参考にダンジョン攻略を再開したのだった。




◇◆◇◆




 ダンジョン攻略を再開してから6時間が経過した現在、俺は10階層のボス部屋の前へとやって来ていた。



 道中で様々な魔物と戦闘したがやはりというべきか10階層以下に生息している魔物では今の俺の相手は務まらない。魔力総量が上がったことも当然喜ぶべきことだがそれ以上に魔力操作の練度が増したことが大きいだろう。



 竜神クロノス様から教わった竜魔体術は基礎から応用、奥義に至るまでその全てが魔力操作によって成立している。その為、俺にとっては魔力操作の練度が上がることはすなわち全体的な戦闘能力の向上に直結する。



 加えて、体術面における動きの未熟さや実戦戦闘における読みの浅さを補ってくれる未来視の魔眼まで手に入ったのだ。並大抵の敵に負ける訳がない。



 とはいえ、それで油断や慢心を抱くほど俺は素人ではない。強い奴が不意打ちを受けてあっさりと殺されることも、奇襲を受けて殺されることも、集団で囲まれて殺されることも戦場では良くあった。



 それに、認めたくない事実ではあるが勇者であるユリウス兄さんの弟として魔王軍に捕虜にされた俺は誰よりも近くで魔王エイミー・ロゼットの強さを見て来たのだ。



 あの魔王は魔神ゼブラの権能を用いて魔人を魔族に変質させたり、魔獣を操り国や都市を壊滅させるなど集団戦において圧倒的な強さを誇っていたが魔王の強さの本質はそこではない。



 魔王エイミー・ロゼットは俺に恐怖を与える方法として街が魔物たちに蹂躙される光景をよく見せて来たがそれでも気分次第で自ら戦場に赴き強者を相手取ることがあった。



 はっきり言って当時の俺に魔王の強さを感じ取れるほどの観察眼はなかったがそれでも他国にすら名を轟かしていた英傑たちを前に加減を間違えたと宣い城一つを塵に変えた光景は今でも思い出せる。



 生物の枠組みから外れ個として隔絶した存在。それこそが神に至るということなのだ。神の前では剣を握ったばかりの少年も、人生の全てを剣に捧げ生きて来た英雄も、皆等しく矮小な存在でしかない。魔神とはそういう存在なのだ。



『10階層のボスはどんな魔物なのだ?』


「モンスター部屋にいたリビングアーマーです」


『そうか、なら今の其方の敵ではないな』



 竜神クロノス様の言う通り10階層のボスであるリビングアーマーは今の俺にとって敵ではない。攻撃力と防御力の高さは厄介だが動きが遅い分、近接戦でも負けないし遠距離からのドラゴンブレスなら一撃で決着が付く。



 でも、それだと勿体無い。だから俺は竜神クロノス様に一つ提案をしてみることにした。



「竜神クロノス様、一つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」


『何だ?言ってみると良い』


「はい、リビングアーマー相手に体術の特訓がしたいので指導をお願いできませんか?」



 俺のした提案はシンプルで要はリビングアーマーを利用して体術のレベルを上げたいというものだ。自分が強くなる為なら何でも使う、例えそれがボス部屋の魔物であっても。そうすることに今の俺は一切の躊躇いがない。



『それくらいなら構わんぞ。好きなだけやると良い』


「ありがとうございます」



 無事に竜神クロノス様の許可も頂けたので俺は扉を開けボス部屋へと入った。前の世界では苦戦を強いられた強敵も今はただ狩られるのを待つ獲物でしかない。

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