第26話 死の淵

 浅い呼吸をしながら俺は懐かしい気持ちに包まれていた。それは世界の終わりを見届けた日に味わったものと同じ死の感覚。過去の自分を追体験するかのようにゆっくりと死の手順が繰り返されて行く。



 初めに流れたのは走馬灯だった。目の前の魔物たちの動きがスローに見えるほどに体感時間が増し普段思い出さないような記憶たちが脳裏をよぎっていく。嬉しかったこと、悲しかったこと、悔しかったこと、日常の中で何気なく放たれた一言さえも今になって鮮明に思い出せるから不思議だ。



 次に来るのは痛みの消失。右肩から左腰に掛けてバッサリと切られた筈なのに痛みをあまり感じない。寧ろ、流れる血を見ても何処か他人事のように冷静になっている自分が居る。



 痛みが消えれば次になくなるのは体温だ。血の気が引くというのだろうか、出血によるものとはまた別の要因で体が徐々に冷えて行く。まずは両手足の末端から冷えて行き次第に体中から体温が消してしまう。



 次に襲って来るのは眠気だ。幼少の頃に体験した抗いようのない睡魔が死の眠りへと誘惑して来る。重い瞼は自力ではあげることが出来ずに霞んでいた視界が上の方から黒く侵食されて行く。



 そして、最後に残ったのは聴覚と意識だった。魔物の足音のようなものが聞こえ自分は死ぬんだと実感する。けど、体の一切を動かす事は出来ず今の俺は訪れるであろう死をただ待つだけの存在になっている。



 聴覚さえも失い外部との繋がりが一切消えれば最後に待つのは無の世界だ。何も感じず、何もなく、何も見えず、何も聞こえず、何も言えない。これまでの全てが意味をなくす無の世界、そんな世界にある筈のない何かがあった。



 それは今の自身の物差しでは測ることのできない程に膨大で洗練され過ぎている魔力と感じる事は出来ても一切干渉の許されない不思議な力。



(これが竜神クロノス様の魔力と神力なのか?)



 懐かしい、規格外な二つの力を前にして俺が初めに抱いた印象はそれだった。そう、俺が一度死んだ日もこの力を感じ取ることが出来た。宝珠を取り込み自害したあの日俺は確かにこの力に干渉され二度目の人生を得ることになった。



 そうだ、俺は一度体験した筈だ。なら二度目を自力で出来ない道理はない。俺は無の世界から帰還する為にその力に触れる。到底扱えるとは思えない制御不能で理解不能なエネルギー。それでも、竜神クロノス様と混じった俺の体には確かな変化が起ころうとしていた。



「あぁ、帰って来たのか」



 気が付くと俺は無の世界から自身が倒れていたモンスター部屋へと意識が戻っていた。



『ようやく戻って来たか。だが呑気にしている暇はないぞ』



 竜神クロノス様にそう言われて辺りを見回すと俺はさっきまで戦っていた魔物たちに囲まれていた。体が切り刻まれてないところを見るに現実での時間はそこまで経ってないようだ。



「そうですね。何も状況は変わってないのに不思議と気分が良いんです」


『だろうな、魔力の流れを見れば分かる。死の淵で我の魔力に触れその右目から察するに神力にも触れたようだな」


「右目ですか?」


『まだ自覚はないようだな。神力に触れ我の権能に影響を受けたのか其方の右目は未来視の魔眼へと変貌を遂げた。試しに魔力を流してみると良い、少し先の未来が見える筈だ』



 言われて右目に魔力を流してみる。するとコマ送りのようにヘルバードが頭上から攻撃する景色が映し出される。咄嗟に未来視の魔眼で見た軌道上に魔力障壁を展開すると全く同じ軌道でヘルバードが攻撃を仕掛けて来た。



「これは良いですね。でもこの傷じゃあ動き回る事は出来ません」


『ならどうするつもりだ?』


「一撃で終わらせます」



 魔力を操る感覚も向上して未来視の魔眼を手に入れて気分は絶好調だけどこの傷じゃあ動き回る事は出来ない。俺が今出来る事は残りの魔力を使って敵を一網打尽にすることだけだ。



 壁に背を預けたままゆっくりと立ち上がり今一度敵の状況を確認する。俺を囲むようにして陣取っているデスナイトを初めとした魔物たちと上空に居るヘルバード。俺の直線上には沈黙を貫いているリビングアーマー。少し面倒ではあるけどやってやれない事はない。



「魔力障壁」



 デスナイトから飛んで来た斬撃を魔力障壁で防ぎながら未来視の魔眼を使い敵全体の動きを先読みする。同時に残してあった魔力を体内で練り上げ胸の辺りに圧縮する。



「魔力障壁、ドラゴンフライ、ドラゴンストーム」



 上空にいるヘルバードの動きを読んで魔力障壁を展開する事で衝突を起こさせちょうど良い位置に落とし、ドラゴンストームで周囲に居た魔物に横から魔力をぶつけギリギリ一直線上に来るように誘導する。



『今だ!』


「はい!ドラゴンブレス!」



 新たに得た魔力操作の感覚をフルに使いこれまでとは比較にならないほどの圧縮された魔力の光線を口から放つ。すると地面には抉れたような跡だけが残りリビングアーマーを含めた残りの魔物全てが消し飛んでいた。



「流石に、限界ですね」



 敵を倒せたは良いものの温存していた魔力の大半を使い体の傷もあってか俺の意識も限界を迎えようとしていた。



『傷の手当てだけして今日はこの場で寝ると良い。何かあったら叩き起こしてやる』


「はい、そうさせてもらいます」



 それから傷の手当てだけした俺は謎の達成感に包まれながら眠りについたのだった。

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