第19話 死霊のダンジョン
「到着しました」
『ほう、ここが死霊のダンジョンか』
少しだけ整備された森の中にある遺跡のような建物の前に俺はゆっくりと着地する。この建物こそが死霊のダンジョンと呼ばれているダンジョンでありツール公爵家の領地から一番近場にあるダンジョンでもある。
『攻略経験はあるのか?』
『はい、前の世界で一度だけあります。ですが、その時は人数が多かったのでソロでの攻略は初めてです』
死霊のダンジョンにはゴーストやスケルトンなど死霊系と呼ばれている魔物が多く存在している。彼らは他の魔物と違い疲れという概念がないため持久戦に持ち込まれると非常に厄介だ。
その上、死霊のダンジョンは全15階層あり5階層ごとに設置されているボス部屋も一人で攻略するとなるとかなり手強いだろう。だからこそ意味がある。
「では、行きましょう」
『あぁ、まずはお手並み拝見だな』
幾度となく戦場に立ってもやはり死ぬかもしれない場所に自ら赴くのは緊張する。例え死を超える絶望を味わったとしても、一度鮮明な死をこの身に刻まれようと、震える手は止められない。
それでも、俺はこの感覚を大切にしている。俺は平然と戦場に向かえる一握りの騎士ではない。守るべき者、失いたくない者、大切な者、様々な理由で自分を誤魔化さないと一歩を踏み込む勇気すら得られない。そんな人間だ。
「ユリウス兄さん」
手の震えが止まる。早鐘を打っていた心臓が徐々に落ち着きを取り戻す。ふと、前の世界で同僚に言われたことを思い出す。「俺は自分の為には戦えない、だから家族の為に戦うんだ」そう言って家族のことを話してくれた同僚はその戦場で命を散らした。
死を前にして手が震えるのは死にたくないからだ。だから、死ぬことを想像できない強者は笑って戦場へと向かう。そうでない俺たちは戦う理由を思い出し心を燃やすしかない。
『魔力に
『はい、死にたくありませんから』
「来たか」
しっかりとした足取りでダンジョン内を歩いていると目の前から二体のスケルトンが歩いてくる。スケルトンは普通の骨と違いそれなりの強度を持っている。その為、本来なら素手での戦闘は避けるべきだが俺はあえてそれをやる。
俺のことを敵として認識したのか走って近づいて来るスケルトンを見つめながらさっきの空を飛ぶ感覚を思い出す。練った魔力を体外に放出することによって推進力を得る。
「実験台になってくれ、ドラゴンブースト」
ドラゴンフライの要領で肘から魔力を放出し拳の威力を底上げする。すると、ドラゴンクローすら使っていないただの拳がスケルトンの骨を砕き後方まで吹き飛ばす。続け様にもう一体にも拳を放ち地に沈める。
『良い一撃だ。だが、腕だけの一撃で腰が入っていないな』
『はい、次からは気を付けます』
自分でも今のは良い一撃だったと思う。だが、それはあくまで腕だけで放たれた技術も何もないただの拳。それでは意味がない。5回層に行くまでに何とか今の一撃をものにしておきたい。
「ドラゴンクロー、5階層目までは今日中に辿り着きます」
ドラゴンクローを両手に纏い俺は疾走を開始する。出来ることなら一週間で帰りたい。というか食糧的にもそこが限度だろう。とはいえ、後先考えずに魔力を使えば魔力切れで倒れてしまう。
時間制限、魔力の節約、体調管理、その全てが死に直結するこの環境下で無事に生還することが出来たのなら俺は確実に成長するだろう。
「矢か」
それから、特に苦戦することなく1階層を降りた俺は続く2階層目で飛んで来た矢をドラゴンアーマーで防ぎつつ両足にもドラゴンクローを纏わせる。
2階層目にいるのは1階層目同様スケルトンだけだが武器を持ち出してくることによってその厄介さは一気に跳ね上がる。まだ基本装備は剣一本だが、たまに盾や弓、槍などを装備している個体がいるので油断は出来ない。
「やっぱり胴体のガードが薄いな」
今まではドラゴンアーマーだけで良いと考えていたが実際に殺意を持った敵と対峙するとガードの薄さが顕著になってくる。5階層目までは何とかなるかもしれないがボス部屋の魔物を相手するならドラゴンアーマーだけでは不十分だ。
「ドラゴンフライ、ドラゴンテール」
両手両足のドラゴンクローに加えて、俺は走りながらドラゴンフライを発動し同時にここに来る道中竜神クロノス様と話していた竜の尻尾も不格好ながら再現する。
「ドラゴンブースト」
スケルトンによる上段からの剣の振り下ろしを腕のドラゴンクローで受け止めつつ、顎にハイキックを叩き込み頭部を粉砕する。
課題だった攻撃の威力はドラゴンブーストで確保することが出来た。まだドラゴンブーストのスピードに他の部位の反応が少し遅れてしまうが五階層に着く頃には少しはマシになっているだろう。
となると現状の課題はやはり防御の薄さ。ドラゴンアーマーは全身を薄く圧縮した魔力の膜で覆うイメージで行っている。なら、次にするべきイメージは全身を覆う竜の鱗。
「感覚的には縮小した魔力障壁を体に貼っていく感じだな」
『ほう、鱗の再現か』
この際だ、ドラゴンクローの形も作り出した鱗に合わせてスマートに作り変える。当然、思いつきの技が綺麗に決まる訳もなく、作られる鱗の形は不格好でしっかり形や向きを考えないと関節の動きを阻害してしまう。
それでも、日頃の魔力操作の訓練の賜物なのかしっかりと形にはなっている。そうなれば後は実践の場で磨くのみだ。
「うぅ〜ぁ」
「グールか」
死霊のダンジョンの3階層目に辿り着くとそこにはこれまでのスケルトンとは違い腐敗した肉体を持ったグールが出現するようになった。
グールの面倒臭いところは首を切り落とさない限り動き続けることだ。だからこそ、この場では良い練習になる。
「ドラゴンクローの切れ味向上に協力してもらうぞ」
俺が現在使っているドラゴンクローは防御力こそそれなりにあるが肝心の切れ味はそこまで良くない。だが、目の前には腐敗してるとはいえしっかりと肉をぶら下げたグールがいる。こいつを切ることでドラゴンクローの形を更に最適化し文字通り爪を研ぐ。
その後も俺は次々と新しいことを試していき、無事5階層まで辿り着いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます