第18話 ドラゴンフライ

「夜風が気持ち良いな」



 辺りがすっかりと暗くなり街の灯りだけが夜を照らす深夜の時間帯。誰に気取られることもなく俺は一人屋敷の屋根の上に立っていた。



『眠くは無いか?』


『はい、たくさん寝ましたから』



 普段は修行に費やす筈の時間も今日だけは睡眠時間に充てている。それも全てこれから行う無茶のためだ。



『この一ヶ月間で其方は強くなった。さぁ、我らの領域へようこそ』



 心なしか楽しそうな竜神クロノス様の言葉につられて俺もテンションが上がってくる。それは生物として限られたものにのみ与えられた絶対的な長所。すなわち空を飛ぶこと。



「ドラゴンフライ」



 この一ヶ月間、俺はこの技の習得を最優先として行動していた。



 魔力で竜の爪を再現したように竜の羽も再現出来るのではないか。そんな発想から生まれたこの技の原理は至ってシンプル、背中に魔力でかたどった羽を作りだし羽から魔力を放出することで推進力を得たり進路変更をする。



『初めの頃に比べ随分と様になっているな』


『羽のイメージが固まってからは大分安定するようになりました』



 羽と一言に言ってもその種類は無限大だ。だからこそ、自分の中に明確なイメージがないと上手く魔力で羽を作ることが出来ず不安定な状態になってしまう。そのせいで何度墜落したことか。



『さて、荷物は持ったな』


『はい、一週間分は持ちました』



 そう言って俺は腰に付けている袋を手で叩く。この袋は貴重な魔道具の一種で収納袋と呼ばれている。その効果は袋の中の空間の拡張であり高位の冒険者が使う他、貴族なら出掛ける時のために所有していることが多い。



 その為、屋敷の中の物置小屋を漁ったら簡単に手に入れることが出来た。



『置き手紙も置きましたし、準備は万全です』


『では行くとしよう』


『はい!』



 身体中に流れている魔力を意識して魔力でかたどった羽に集中させていく。バサリと、周囲に魔力が吹き俺の体は屋敷の屋根から離れ宙を舞う。



「良い眺めだな」



 微かな灯りで照らされる街の様子を空から見るのは気分が良い。羽を持たない人間が魔力操作を駆使して空を飛ぶ。例え、来る日のために備えた技であっても今だけはそのことを忘れて空の旅を満喫したい。



『あまり速度を出して魔力を無駄遣いするでないぞ』


『はい、気を付けます』



 ドラゴンフライは魔力を放出して空を飛ぶ都合上少し燃費が悪い。魔力循環を完全に習得したら空の魔石に自身の魔力をストックしておいて外付けの魔力タンクにでもしようかとも思っているが、今の所それは出来ないので少しだけ飛ぶ速度を落とす。



 それから十分くらいで領内を抜けたので、下の様子を確認しながら目的地まで直進する。



『あの、竜神クロノス様』


『なんだ?』


『爪や羽が再現出来るのなら尻尾なども再現可能でしょうか?』



 飛行中、少し暇だったこともあり俺は思い付いたことを聞くことにした。腕という骨組みを元に竜の爪を再現することに成功し、イメージから竜の羽の再現に成功した。ならば、武器としての強靭な尻尾も魔力で再現することが可能なのでは無いだろうか。 



 そんな俺の問いに対する竜神クロノス様の見解は肯定だった。



『まぁ、可能だろうな。魔力とはいわば変幻自在のエネルギー、その気になれば剣でも槍でも作れよう。武器として扱うには練度が必要だが尻尾くらいなら今の其方でも出来るのでは無いか』



 その答えを聞いて俺は自分の口角が少し上がっていることに気が付く。ずっと曖昧だった自身の戦闘スタイルが見えた気がした。



『その様子だと何かを掴みかけたようだな。ダンジョンまでは時間がある故、話してみよ』


『はい、竜神クロノス様から竜魔体術を教わってからずっと自身の戦闘スタイルについて考えていました』



 ひとえに体術と言ってもそのあり方は様々で単純な殴る蹴るとは訳が違う。その上、竜魔体術とは元々竜神クロノス様が扱っていたもので要するに人間が使う想定で作られたものでは無い。



 だからずっと考えていた。竜魔体術の技術をどうやって自分でも使えるように落とし込むのか。明確な答えが決まらないままドラゴンクローやドラゴンフライを習得してようやく俺はその答えに行き着いた。



『俺は今までどうやって竜魔体術を人間の体で再現するのかを考えていましたが、きっと逆だったのです』


『ほう、逆とは?』


『魔力で竜の爪や羽を再現出来るなら人の身にこだわる必要などなかった。鱗も角も爪も牙も尻尾も羽も全て魔力で形造りこの身を小さな竜をすれば良い。そう結論づけました』



 空すら飛べたこの身ならきっと不可能では無い。



『ならば、これから向かうダンジョンでそれを試してみると良い。もし出来たのなら次の技を教えよう』


『はい!』



 確かな気付きと成長の予感を前に俺は少しだけ飛行速度を上げ、目的地であるダンジョンへと向かうのだった。

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