第13話 任命式当日

「緊張してるのかい、アレン」


「うん、ユリウス兄さんの晴れ舞台だからね。逆にユリウス兄さんが平常心過ぎるんだよ」


「そんなことはないんだけどな」



 現在、俺はユリウス兄さん、父さん、母さんと共に馬車の中で談笑していた。そう、何を隠そう今日は我がツール公爵家にとって念願でもあるユリウス兄さんの勇者任命式当日であり、俺にとっては一方的な顔見知りと会う再会の場でもあるのだ。



 俺とユリウス兄さんの会話を聞いて父さんも母さんも二人で談笑しているが正直なところ俺はユリウス兄さんが勇者になることに対しては未だに快く思っていない。ある意味勇者になる今のユリウス兄さんよりも勇者の大変さを知っている俺からしたら勇者なんて称号は枷でしかないのだ。



 それからしばらく話していると勇者任命式が行われる王城に着いた。



「アレンとリアスは先に会場に入っていてくれ。私は遅れてユリウスと入る」


「分かりました。行きましょうアレン」


「うん、母さん。また後でねユリウス兄さん」



 当然のことながら本日の主役であるユリウス兄さんの登場は最後であり付き添いでもない俺と母さんは先に会場へと入る。



「会場に入ったら私は他の方々に挨拶をするけどアレンはどうするの?」


「俺は壁の花にでもなってるよ。母さんは気にせずに挨拶して来て」



 仮にも公爵家として母さんは社交的な挨拶をして回らないといけない。勇者任命式には自国の貴族だけでなく他国からの客人も来るので尚更だろう。その点、俺はまだ八歳であり変な問題を起こさない限りはある程度行動の自由が与えられている。



『どうだ、懐かしい顔ぶれは居るのか?』



 竜神クロノス様に話を振られて周囲を見渡すとそこには俺が一方的に知っている人物が何人も居た。



『はい、魔王との戦争で勇者一行と呼ばれることになる人達も数名居ます』


『ほう、例えばどんな人間が居るのだ?』


『そうですね。以前話した聖法国ミラーレスの聖女アリアに我がカルライナ王国からは魔法師団団長の娘マリン・カーマンに騎士団団長の息子ソード・バランス、後この場に居る人物だと竜王国タレクターの王女リリー・フレイムなんかも見受けられますね』



 実の所、当時勇者一行のメンバーには強さ以外にも知名度が求められていた。魔王の脅威度を理解していなかった当時、魔王による宣戦布告は各国にとって絶対的な勝ち戦であり約束された功績として捉えるものが多かった。その為か勇者一行のメンバーには圧倒的に地位の高い人が多い。



『そうか、それでさっきから聞こえて来る不愉快なヒソヒソ話はなんなのだ?』



 不愉快なヒソヒソ話、そう言う竜神クロノス様の声に耳を傾け周囲の音を拾うとそこには俺への陰口が広がっていた。



『側から見れば俺は魔法の使えない出来損ないです。陰口の一つや二つ仕方ないでしょう』


『随分と慣れているのだな』


『勇者の弟で魔法が使えない無能。俺はそんな立場から騎士を目指し戦果を上げて来ました。それに今は強くなっている自覚もあるので気になりませんよ』



 言いたい奴には言わせておけば良い。どの道、大罪人になることが決まっているのだから今更と言えば今更だ。



 と、そんなことを思っていると一人の少女がゆっくりと俺の元へと近づいて来る。周囲を見ればその少女の行動に皆注目の視線を向けている。



 正直なところ彼女とは会いたくなかった。それでも、立場上向こうから近寄られては逃げることなんて許されない。



「すみません、少しお話しませんか?」



 こちらを警戒させない優しい笑顔、俺同様に主役のことを考えた控えめな白いドレス、まだ八歳とは思えない程の落ち着きと所作。もう二度と会うことは叶わないと思っていたその人はやはり綺麗だった。



「はい、俺なんかでよければ喜んで」


『この娘が聖女アリアか』


『はい、優しく思いやりに溢れ当時の戦争では魔族にすら同情を向けていた俺の初恋の人です』


『ほぅ、』



 聖女アリア、思えば彼女と初めて出会った時の状況も今と変わらなかった。いや、違う。無意識のうちにもう一度話し掛けてもらいたくて俺は隅っこの席に一人で座っていたのだ。優しい彼女ならきっとまた話し掛けてくれるだろうと信じて。



「自己紹介がまだでしたね。私の名前はアリア、聖法国ミラーレスで聖女の地位に就かせてもらっています」


「俺はアレン・ツールと言います。この度勇者に任命されるユリウス・ツールの双子の弟ですが魔法の才はありません」



 魔法の才がないと言った俺の言葉に少しの反応を見せるも何事もなかったかのように振る舞う聖女アリアを見て再び懐かしい気持ちが込み上げて来る。



「アレン様は不思議な方ですね」


「えっ?」



 不思議な方と言われて一瞬ポカンとなったがすぐにその理由に思い至る。そうだ、今の俺は前の世界の俺と何もかもが違う。だから、他人に与える第一印象が前と違っていてもおかしくない。



「私もよく年齢の割に大人びていると言われますがアレン様はそんな私から見ても年不相応に落ち着いて見えます。それに私を見る視線もなんだかお母さんみたいです」


『まぁ、其方は並みの大人より遥かに濃い人生を経験しているからな、流石に八歳には見えぬだろう』



 聖女アリアと竜神クロノス様の二人から年不相応だと言われるが自分でも自覚はあるので反論はしない。でも、お母さんみたいか。確かにいくら初恋の相手とは言っても今は守らないとという想いの方が遥かに強い。



「アリア様こそとても八歳とは思えませんよ」


「あら?よく私の年齢が分かりましたね」


「えっと、国外でもアリア様の噂はよく耳にしますので」


「そうなのですか」



 危なかった。咄嗟に言い訳が思い付いたから良かったけど今の発言は少し迂闊だったな。もう少し言葉を選んで話した方が良い。



「随分と仲良く話してるではないか。聖女アリアに勇者の弟アレン・ツール、私も混ぜてくれないか?」



 はぁ、どうしてこうも知人とのエンカウント率が高いのか。文句を言いたくなる気持ちをグッと堪えて俺は彼女へと挨拶をする。



「お初にお目に掛かります、竜王国タレクターの王女リリー・フレイム様。どうぞこちらの席にお座りください、俺はそろそろ失礼しますので」



 リリー・フレイム、竜王国タレクターの王女にして勇者一行のメンバーの一人でもある彼女が来た以上ただの公爵子息に過ぎない俺は用済みだろう。そう思い席を譲ろうとしたがリリーの目が俺から離れる事はない。



「まぁ待て、確かに聖女と話すのも一興だが今は其方の方が興味をそそられる。どうだ?この会場を抜け出し私とダンスでもしないか?」


『これが竜王国の王女か。確かに少し踊ってみるのも良いかもしれんぞ』



 竜神クロノス様にそう言われては断る訳にはいかない。元より他国の王女の誘いを断れるほど俺は良い身分をしていない。



「一曲だけですよ。お嬢さん」



 この際だ、現時点で俺とリリーどちらが強いのか確かめてみるとしよう。

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