第14話 リリー・フレイム
どうしてこうなった。そんな純粋な疑問を浮かべながら俺はアリアと共にリリーの後ろに着いて行く。本来、竜王国の来賓として呼ばれている彼女がパーティーを抜け出すことはあまり好ましくはない。まだ八歳とはいえリリーはそんなことすら分からないほど稚拙でない。
だが、それと同時にリリーは一度決めたことを覆さないことでも有名だった。つまり、今のリリーにとって俺という存在は勇者任命式や竜王国の王女という立場よりも優先すべき対象になっているという訳だ。
『意図せず歴史が変わってしまう予感がします』
『まぁ、そう卑下することでもないであろう。寧ろ、万が一に備え今の時期から此奴らの戦力増強を試みるのもありかもしれんぞ』
『俺は出来るだけ彼女らには戦ってほしくはありません』
『それで、其方が国を離れている間に実力不足で死ねば元も子もないであろう』
竜神クロノス様の言葉に俺は両手に力を入れる。そうだ、俺がいつでも側に居てやることなんて出来ない。俺が世界を旅する間にも戦争は激化の一途を辿るだろう。
事実、俺が戦場に出ている間に死んだ知人など腐るほど居た。
「アレン様、大丈夫ですか?」
「アリア様」
気が付けば固く握られていた俺の手をアリアが包み込むように優しく握ってくれていた。それでも、俺にこの温もりに浸る権利などない。だってこれは本来ユリウス兄さんが受けるべきものなのだから。
「大丈夫ですよ。少し思い出に浸っていただけですから」
「それなら良いのですが」
心配そうにこちらを見つめてくるアリアを見て俺は竜神クロノス様の案を再検討する。決して彼女たちに戦って欲しいわけではない。それでも、俺が望む望まないに関わらず彼女たちの立場がそれを許さない。
ならば、
『今の段階から、強くなってもらうのもありですね』
『他人に教えることで見えてくるものもある。どうせ将来孤独になるにしても思い出くらいは作っておけ』
『お心遣い感謝します』
どうせ全て失うことは確定している。それでもこれからの長い戦いに備えて少しだけ彼女たちから思い出をもらおう。
「着いたぞアレン。ここならば伸び伸びとダンスが出来る筈だ」
会場を出てしばらく歩いてからそれなりの広さのある庭でリリーは立ち止まる。確かにここなら戦闘をするのには最適だろう。
「アリア様は下がっていてください」
「そうだな、其方には審判になってもらおう」
「分かりました。ですがあまり無茶はなさらないようにしてくださいね」
一度アリアを下がらせた後、俺とリリーは一定の距離まで離れてから互いに見つめ合う。烈火のような赤い髪と瞳、竜人特有の両手足の鱗にまだ幼く小さい角と翼、過去何度も話したことはあるが敵として対峙したのはこれが初めてだ。
「良い魔力の流れをしている。故に不可解だ。お前はどんな人生を送って来たのだ?」
「優秀な兄の役に立とうと幼い頃から修行はしていました」
「そうか」
嘘は言っていない。リリーは良くも悪くも人を見る目に長けている。俺如きの嘘など簡単に見抜かれる上に妙に確信を突いてくる。
「まぁ、戦ってみれば分かる。少しドレスは邪魔だが良いハンデだ。ファイヤーボール」
開幕、リリーから放たれたのは人の顔くらいはある火球だった。流石にまだ威力自体は弱いが様子見にしては良い技だ。
「魔力障壁」
「流石に防がれるか。だがその魔力障壁はいつまで持つかな。ファイヤーランス」
今度は衝撃が分散するファイヤーボールじゃなくて一点突破のファイヤーランスで魔力障壁を割に来たか。同じ魔法を連発しないあたりこの頃から強者としての片鱗がよく窺える。
『良い機会だし、あれを試してみてはどうだ』
『そうですね、まだ即座には出来ませんが時間を掛ければ少しは可能です』
「なかなかに硬いな。ファイヤーランス」
獰猛な笑みを浮かべ魔力障壁を壊しに掛かるリリーをよそに俺は魔力障壁の魔力を少しずつ分解しその魔力を体内へと還元する。
竜魔体術の基礎中の基礎にして根幹でもある魔力循環。まだまだ実戦で使うには速度も精度も足りないが足を止めて集中すれば少しずつではあるが回収は可能になった。
「次で終わらす。ファイヤーランス」
「回収出来たのは十分の一以下か」
俺が端から魔力を吸い取りリリーが連続で攻撃を加えたことで当然魔力障壁は砕かれ空気中に霧散する。それと同時に俺は左手に魔力を集め作られた魔力弾をリリーへと向ける。
「今度は俺の番です。ドラゴンショット」
「受けて立つ、魔力障壁」
先程とは反対で今度は俺の放ったドラゴンショットをリリーが魔力障壁を展開することで防ごうとするが、分が悪いと判断したのかリリーはすぐさまドラゴンショットの軌道上から退避した。
その判断は正しく俺の放ったドラゴンショットはリリーの展開した魔力障壁をあっさりと壊しそのままリリーの元居た場所を通過する。
「明確な形での敗北など生まれて初めてだ。覚悟は出来ているなアレン」
「もちろんです。心ゆくまで踊ってください。俺の掌の上で」
魔力操作の練度という明確なスキルで負けたのがよほど悔しいのかリリーは俺を睨んでくるが八歳の子供に睨まれたところで怖くもなんともない。それに、魔法を教えられているリリーと魔力操作を鍛えている俺ではこの結果は必然と言えた。
「行くぞ、アレン!」
ダンッと地面を蹴り付け迫って来るリリーに俺は最近覚えた体を半身にし左手を前に右手を顎の横に持って来る構えを取り応戦する。
竜人族が得意としている両手足の鱗を武器として戦う戦闘スタイルは奇しくも俺の使う竜魔体術と同じスタイルだ。
「鱗もないのに硬い魔力だ」
「これでも鍛えてますので」
リリーの放ったパンチを受け止めるがドラゴンアーマーのお陰か俺にダメージはない。逆に俺が放ったパンチも両手足の鱗で受け止められては大したダメージは入らない。
それからしばらくの攻防の後、徐々に形勢が傾いて来る。元々剣を使い最近体術の修行を始めたばかりの俺と幼い頃から体術を習ってたであろうリリーではその練度に差が出るのは当然の流れだった。それでも、顔を歪めているのはリリーの方だ。
「くっ、厄介な」
「褒め言葉として受け取っておきます」
俺とリリーの最も大きな差、それは有効打の有無にある。俺との距離が近すぎて魔法が使えないリリーは体術のみで俺にダメージを与えなければならない。だが、練度の増したドラゴンアーマーはもはや素手だけで砕けることはない。
一方の俺は両手足の鱗さえ避ければ確実にリリーにダメージを与えられる上に竜魔体術の技も戦闘の中で使用可能だ。
「ドラゴンナックル」
「うっ、」
このまま勝負を続けても泥試合になるだけだと判断した俺は練った魔力を右手に集め渾身のボディーブローをリリーの鳩尾に叩き込む。
「それまでです。勝者はアレン様ですね」
ドレス姿のまま地面に膝を着いたリリーを見てアリアが勝敗を下す。その日、リリー・フレイムは人生で初めて敗北を経験したのだった。
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