第11話 救う対象

「あぁ〜、眠い」



 いつも通りの朝、目を覚ました俺は早朝から二度寝したくなるような眠気に襲われていた。しかし、この眠気も慣れたものでユリウス兄さんに勝ち修行が本格的になった当初よりは大分マシになった。



 なぜ俺が毎日寝不足に悩まされてるかというとその原因はドラゴンアーマーにある。竜神クロノス様との相談の下ドラゴンアーマーの練度を上げる為に常時ドラゴンアーマーを使用し続けることを決めたのが運の尽きだった。



 自身の体を薄く圧縮した魔力障壁で覆うというドラゴンアーマーはその性質状維持するのにかなりの集中力を必要とする。目に見えてる場所だけならまだなんとかなるが普段意識しない膝裏や後頭部など視界に入らない場所は魔力を圧縮するだけで意識の大半を持っていかれる。



 後から竜神クロノス様に聞いた話だとユリウス兄さんとの戦闘中も実は攻撃を受けやすい部分だけに魔力の圧縮が集中していて他の箇所はかなり脆かったのだという。まぁ、そのお陰で攻撃を受ける箇所の魔力障壁の密度が高くなりユリウス兄さんの攻撃を三回までなら耐えられると言われたのは嬉しい誤算だった。



 つまり、何が言いたいかというと体全身に満面なく濃い密度の魔力障壁を張るというかなり精神を削る行為を睡眠中も維持しているわけで要するに寝れないのだ。感覚としては目を瞑って魔力制御の修行をしていて気が付いたら朝を迎えてたという感じだ。



 そのお陰で上達速度がかなり速くなってるのは喜ぶべきことだが、カリスの心配そうな顔がセットでついて来るのが少し申し訳なくもある。そんなことを考えているといつも通りカリスが部屋に入って来た。



「おはようございます、アレン様。またよく眠れなかったのですか?」


「まぁね」



 そう、この顔だ。裏表のない心底俺のことを心配してくれているのが伝わって来るこの顔だけはどうしても慣れない。



「それでは、本日の買い物も別の日に変更なさいますか?」


「いや、買い物は今日行く。少し眠いだけだし問題はないよ」



 カリスの言う買物とはユリウス兄さんの勇者任命式に着て行く俺の服のことだ。本当なら元々持ってるもので済ませる予定だったのだけど竜神クロノス様から折角なのだから新調したらどうだと提案され街を案内する意図も込めて俺はその提案を受けることにした。



「では、アレン様の朝の修練が終わったら出掛けましょう」


「うん、ありがとうね」



 そういえば、魔王との戦争が始まってからは服への執着なんて全然なかったな。魔王に捕えられてた間はボロ布だけだったし少し新鮮だな。



 それから、朝の修行を終えた俺は軽く汗を流しカリスと共に街へと出掛けた。思えば、巻き戻ってからは修行三昧で碌に街へと出てなかったせいか何処か懐かしい気分になる。



 元気に走る子供の声、世間話に花を咲かせている主婦の声、客を集めようとしている店主の声、当たり前のようで決して当たり前ではない平穏。本当にこの街は



「平和だな」


「どうされたのですか?アレン様」


「何でもない」



 油断してると涙が出そうになる。一度壊されたそれが完璧な形で治ってくれた事実は未だに夢のようで、自然と俺の拳は強く握られていた。



『そうか、この街も壊されたのだな』



 そんなカリスでも気付かない俺の感情を竜神クロノス様は察してくれた。まぁ、あの世界を知っている竜神クロノス様なら気付いて当然か。



『魔王はユリウス兄さんとの戦闘で傷を負いました。本人曰く擦り傷だったそうですが身内に報復する理由はそれだけで十分だったようです』


『勇者に対する恨みで其方を拘束し世界の終わりを見せたのなら、勇者の生まれ故郷が無事で済む筈がない、か』



 そう、手を鎖で縛られ面白いものを見せてやると言われ魔王が俺を連れ出して見せた光景は生まれ故郷であるこの街に大量の魔物を送り込みこの地に屍を築いた光景だった。



 女子供も関係なく魔物の餌となり死んで行く光景、そんな悲鳴や怒号に混じるこの街の人たちの罵倒の声も未だに俺の耳に残っている。勇者さえ無事ならばと、なんで魔王を倒せなかったんだと、全てを勇者の責任にした彼らの叫びもしっかりと覚えている。



「なぁ、カリス」


「はい、何でしょうかアレン様」


「カリスはこの街が好きか?」


「もちろんです。アレン様もそうでしょう?」


「どうだろうな」



 時々思うことがある。人間とはなんて醜い生き物なのだろうと。あの戦争で俺は人間の醜さを目の当たりにした。戦場で生き残る為に仲間を身代わりにする者、戦場から帰って来た騎士に石を投げる者、保身しか考えず最前線で戦っている騎士に無茶な命令をする上層部、でもそれだけじゃなかった。



 腹が減ってた俺に食料を分けてくれた上司、ありがとうと声を掛けてくれた少女、魔族を殺した罪悪感を軽くする為に自分の話をしてくれた同僚、戦争は良くも悪くも人の本性が表れる。



 俺はこの世界を救う、これは決して揺らがない。それでも、昔のようにこの街が好きかと問われれば答えられない。



「泥棒!誰か捕まえて」


「ッ!アレン様下がってください」



 それでも、



「ドラゴンクロー」


『ふっ、それで良い』



 俺は自然と右手にドラゴンクローを展開し俺を庇うように前に立ったカリスの横をすり抜け泥棒と呼ばれた男の元へと走っていた。



「アレン様!」


「なんだこの餓鬼」


「悪いな泥棒、俺は他人の不幸が嫌いなんだ」


「うっ」



 走って来る泥棒の慣性を利用して鳩尾に拳を放つ。その場で膝をつき疼くまる男を見て俺は思う。



 こういう人間を自分が命を懸けてまで守りたいとは思えない。それでも、理不尽に殺されてほしいとも思えないんだ。俺が救う筈の命はきっと誰かを傷つける。けど、それは誰かを救わない理由にはならない。



「安心しろ泥棒、お前も守ってやる。その罪も背負ってやる。だから、更生して平和な世界で真っ当に生きろ」

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