第9話 ドラゴンアーマー

「はぁ、はぁ、はぁ」


『大分魔力を纏えるようになったな』


『はい、この状態にも随分と慣れてきました』



 時戻しの権能により巻き戻ってから一ヶ月、日々の修行の成果もあって俺はかなり魔力を纏えるようになって来た。竜神クロノス様の教え通り、食事の時も、風呂の時も、寝る時だって魔力を纏い続けて来たのだから上達しない筈がない。



「随分と頑張ってるみたいだね、アレン」


「ッ!ユリウス兄さん、どうしてここに?」



 声のした方に振り向くとそこには軽く汗を流しているユリウス兄さんの姿があった。



 ユリウス兄さんは普段から俺同様に修行をしているが同じ場所で修行することはあまりない。それは俺に対する配慮でもあり、ユリウス兄さんなりの気遣いでもある。



 この時期から既に勇者としての頭角を表しつつあったユリウス兄さんは勇者の称号を賜ることを考えて五歳の頃から修行をしていた。



 魔法に関してはこの国の魔法師団団長であるフェルト・カーマンさんに見てもらい、剣術に関しては騎士団団長アーデル・バランスさんに師事を受けている。その為、ユリウス兄さんが修行する時は基本的に屋敷の外で行うことになっている。



「カリスからアレンが頑張ってることを聞いてね。たまには兄弟水入らずで訓練でもどうかなって、迷惑だったかな」


「全然、寧ろ嬉しいよ。ユリウス兄さんとの修行なんていつぶりだろうね」



 本当にいつぶりだろう。流石に十年にはなってないだろうが魔王との戦争のせいで会える時間さえ少なかったから一緒に修行なんてする暇もなかった。



『ほぅ、この者確かに強いな。この才能なら魔王相手に戦わされたのも頷ける』


『竜神クロノス様から見てもそう思うのですか?』


『あぁ、人間の基準で見ればかなりの逸材であろうな』



 流石はユリウス兄さん、竜神クロノス様にも認められるなんて弟として鼻が高い。昔からそうだ、才能があってもそれに胡座をかくこともなく努力を怠らない。嫉妬する気すら起きないその人柄こそがユリウス兄さんが勇者たる理由の一つだ。



 でも、その役目はもう必要ない。



「おいでアレン、久しぶりに稽古をつけてあげよう」



 そう言って渡された木剣を受け取り今後のことについて思考する。ユリウス兄さんは確かに強いが魔王との戦争を経験したことで剣の腕では俺の方が上な筈だ。



 だが、ここで勇者であるユリウス兄さんに勝って仕舞えば俺に対する注目度はいやでも上がることになる。流石に魔王に目をつけられるまではいかないだろうが正式に国を出る四年後まではあまり目立ちたくないのもまた事実だ。



『そんなに心配せんでも良い。そもそも剣を使う必要はないであろう』


『竜神クロノス様?』


『其方には我の戦闘スタイルを教える。そしてそれは剣術ではなく体術だ。素人の体術で勝てるほどこの者は弱くないであろう』



 そうだ。俺は長年剣を武器にして来たがその果てに何かを成したことはない。これから竜神クロノス様に竜魔体術を教えてもらう都合上ここで剣を使う必要だってありはしない。



「どうしたんだ、アレン。剣を置いて」


「ユリウス兄さん。俺に剣は必要ないよ。俺の新しい武器はこれだから」



 一度受け取った剣を地面に捨て俺は自らの拳をユリウス兄さんに突き出す。



『ちょうど良い機会だ。其方に我の技を二つ伝授する。使いこなすことは無理でも今の其方なら使うだけなら出来るであろう』


『それは、是非ともお願いします』



 これまで魔力操作の訓練ばかりして来たがようやく竜魔体術の技を教えてもらうことが出来るのか。今の俺が使ってユリウス兄さん相手に通用するのかは少し心配だけどやるだけやってやるさ。



「じゃあ、開始の合図をお願い出来るかな?カリス」


「畏まりました」



 ユリウス兄さんは剣を正眼に構え近くで待機していたカリスに試合開始の合図をお願いする。それと同時に竜神クロノス様からの技の伝授が始まった。



『もう直ぐ始まるから手短に済ませるぞ。其方に伝授する技の一つは竜魔体術の基礎中の基礎にして防御、攻撃、魔力回復とあらゆる要素を兼ね備えたその名もドラゴンアーマーだ』


『ドラゴンアーマー』


『そうだ、原理は単純にして明快。其方が今も纏っている薄皮一枚分の魔力を圧縮し魔力障壁にする。極限まで薄く極限まで高密度な魔力は真剣を弾き鋼の拳を作る。魔力循環を習得すれば魔力タンクとしても機能する。さぁ、まず手始めに幼い勇者の木剣を弾いてみせよ』



 原理は分かった。そして、これまでの修行がこの技を習得するためのものだったことも知った。本来、魔力障壁とは魔法を防ぐ分厚い壁のことだ。



 でも竜神クロノス様の言いたいことが少し分かる気がした。竜神クロノス様から見れば魔力障壁は雑なのだ。密度を濃くできないから体積を厚くしただけの壁。魔力を高密度に圧縮することが出来るのなら厚みなど薄皮一枚分で十分だ。

 


「それでは、試合始め」


「行くぞ、アレン」


「うん、ユリウス兄さん。ドラゴンアーマー!」



 体全身に薄く濃い魔力障壁を纏う。勿論、本来の魔力障壁と比べれば防御力は格段に落ちドラゴンアーマーを維持するだけでかなり意識を持っていかれる。



 それでも、



「ッ!、硬い」


「それは良かった」


「危な、」



 手加減はされていた。それでも俺の纏ったドラゴンアーマーはひびを入れられながらもユリウス兄さんの剣を受け止め確かな隙を作ることに成功した。



 流石にその隙をついて繰り出したパンチは避けられたが悪くない手応えだ。



『ほぅ、一撃防いで割れると思ったが保ったか。なら次の技だ。ドラゴンアーマーを維持しつつ両手に鉤爪状の魔力を纏え。竜魔体術の基礎技の一つドラゴンクロー、鍛えれば鋼を切り裂き魔法を弾く最強の籠手となる。この二つの技を駆使し未来の勇者に引導を渡してやれ。其方一人で世界を救うには十分だとな』



 そうだ、もうこの世界に英雄としての勇者はいらない。兄さんは本来の役職通り国を守る守護者として君臨していれば良い。魔王を倒し世界を救う役割は俺が引き継ぐ。



「やるなアレン。なら、少し本気で行こうか」


「少しどころか全力で良いよ。ユリウス兄さん。ドラゴンクロー」



 生憎とまだ体術の修行には入れていない。回避とパンチ主体の戦闘スタイルではなく、ドラゴンクローによる受けと引き裂きの戦闘スタイルも全然ものに出来てない。



 だけど、



「僕の剣筋が読まれてる?」


「ユリウス兄さんの剣は性格と同じで真っ直ぐだからね」



 魔王との戦争の経験のお陰か剣筋は読めるし、ユリウス兄さんの使う手札はよく知っている。



「光魔法も使って来なよ」


「良いんだな、アレン」


「勿論だよ、ユリウス兄さん」



 俺の世界を救う為の最初の戦いが幕を開けた。

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