第8話 基礎トレーニング
「はぁ、はぁ、はぁ」
『魔力が乱れておる。姿勢も意識して走らぬか』
「はい!」
竜神クロノス様から竜魔体術を教わってから一週間、俺は未だに薄皮一枚分の魔力を全身に纏うことに苦戦していた。
初めの頃に比べれば大分纏えるようにはなって来たけど、ランニングをしながら、それも疲労でフォームが崩れてくるとその難易度は跳ね上がる。
『良いか、戦闘中は基本疲れているし連戦で傷を負い集中力が途切れることだって当然ある。そんな状態でも無意識に呼吸をするように使える技こそが真の技術だ。その点を考慮して走れ』
「はい!」
体力が減っていけばいくほど嫌でも実感できる。俺だって戦闘経験がない訳じゃない。寧ろ、魔王との戦争で幾度となく前線に出て戦った。
だからこそ自分の未熟さも理解出来てしまう。体力だけじゃない、きっと今の俺では戦闘中に予想外のことが起きただけで簡単に纏っている魔力を乱してしまうだろう。
心技体、騎士になった時に教わったその基礎を俺は未だに身に付けられない。
『足の踏み込みが雑になっておるぞ。自身の体の動き一つ一つに意識を向けよ』
おっと、考え事をし過ぎたか。走ることに集中しつつ魔力操作にも意識を向ける。難しいがここで躓いてるようじゃ世界を救うなんて夢のまた夢だ。
『後一周で一度休憩にする。水分補給は良いが魔力は解くでないぞ』
「はい!」
後一周気合いを入れて走らないとな。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「アレン様、お水とタオルです」
「ありがとう、カリス」
俺が走り終わるとずっと待機していたカリスが水とタオルを渡してくれる。一週間が経っても未だにカリスの存在には慣れない。カリスだけじゃない、父さんに母さん、兄さんだって話して触れられるのに夢でも見ている気分になる。
いや、今後の俺の行動次第でこの現実は本当に夢になる。壊されることの確定したこの幸せな日々を現実のものにする為には強くなる以外に方法はない。言葉も意志も覚悟も圧倒的力の前では無意味なのだから。
『トレーニングを再開しましょう』
水分を摂り汗を拭った俺は直ぐにトレーニングを再開したい旨を竜神クロノス様に告げる。
『もう少し休んでも良いが、再開したいのならばそうしよう。次はダッシュと方向転換を連続で行う。足が痛み出したら言うのだぞ』
『はい、勿論です』
今の俺はまだ八歳で体もそこまで出来上がってはいない。前線で戦ってたあの頃と比べれば怪我もしやすくオーバーワークなんてもってのほかだ。だから、壊れないギリギリを見極める必要がある。
息が上がってくるのも、吐きそうになるのも無視して良い。怪我にさえ気をつければ後のことは気にしなくて良い。
「アレン様、もう再開するのですか」
「あぁ、少しでも強くなりたいからな」
俺が過度な修行をすることにカリスを始めとした皆は賛成はしないが止めることもない。それは前の世界でも同じだった。きっと、今の俺は皆から優秀な兄に劣等感を抱いている弟として見られている筈だ。
皆、俺が頑張ることを応援してくれるし、無駄な努力だと嘲笑うこともない。まぁ、例え笑われても辞める気なんて毛頭ないけどな。
『話が終わったのなら始めるぞ。我の指示通りに動け』
『はい!』
『まずは全力ダッシュだ』
言われるがままに全力で走るが実の所今の俺は全力で走るだけでも苦戦していた。何せ、現役時代と今の体では出せる最高速度が違い過ぎてイメージと体の反応が一致してくれない。
『急停止からのサイドステップで右回避』
「おわっと!」
「アレン様!」
痛てて、竜神クロノス様の指示通りに急停止をするも急激に掛かった慣性に耐えきれず俺は顔面から地面に飛び込むように転倒してしまう。カリスには格好悪いところを見せてしま
『次、右に転がりながら回避しバックステップで交代しながら体制を立て直せ』
「ッ!」
竜神クロノス様の言葉に対応するように俺はすぐさま地面を転がりバックステップで交代しつつ魔力の緩みを引き締める。同時にこの訓練の意図を理解する。
一つ目はどんな状況でも魔力を常に薄皮一枚分纏えるようにはすること。二つ目は戦闘に必須な体力を付けること。最後に、実戦を想定した動きを身に付けること。
『全力ダッシュ』
ただ走るな、敵を想定して動け。全力ダッシュの指示に対して俺は姿勢を出来るだけ低くし敵との距離を詰めるイメージで地を馳ける。
『ほぅ、分かってきたようだな。では、急停止からのサイドステップで右回避』
さっきと同じ指示だが今度は慣性に負け転倒することもなく竜神クロノス様の指示通りに右へのサイドステップを成功させる。
別に一度目と比べて速度を緩めた訳じゃない。俺がやったのはシンプルに次の行動の準備だけだ。一度は全力疾走と言われたからただ全力で走った。だが、二度目は急な方向転換や急停止をすることも考慮した上で全力で走った。
備えていれば指示には対応出来る。
『(実戦経験がある分順応が速いな。ならば)』
『体内で魔力を練りながら全力ダッシュ、三秒後に方向転換をし左後ろに全力ダッシュ』
「うぐっ」
きついな、ただでさえ魔力を薄皮一枚分纏うのに神経を使ってるのにさらに魔力まで練って秒数を数えて全力ダッシュ。頭がパンクしそうだ。
『その場でしゃがみ込み頭上に魔力障壁を展開。魔力障壁を維持したまま四秒後に前方へ全力ダッシュ』
「ッ!きついな」
『纏っている魔力が歪んでおる。集中せよ』
今更ながらに思い知る。そもそも、俺は魔力障壁を使うことはあってもそれはあくまで避けきれない攻撃を防ぐ用で基本的には回避を選択していた。
そのせいもあってか魔力障壁を展開しながら走る経験なんてない。練った魔力だって魔力弾として飛ばすか魔力障壁として使うかの二択で複数の用途に同時に転用したことだってない。
『かなりキツイですね』
『魔力循環を習得する頃には大分マシになってる筈だ。今日は魔力か体力が尽きるまでこれをやる』
使用した魔力が回収できない以上先に尽きるのは魔力の方だろうな。いや、指示の内容によっては先に体力が尽きるか。どちらにせよ休んでる暇がないことは確かだ。
それから一時間後、先に魔力が尽きた俺はその場にへたり込みカリスに心配されたのだった。
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