第3話 覚悟

『結論から述べると今回の時戻しは我と其方の二名が対象となった為、本来なら起こる筈のない矛盾が発生したのだ』



 時戻しの権能は対象となった者にとって最も都合の良い状態で過去に戻ることが出来る。なら、対象となる者が複数人居たらどんなことが起こるのか?そんなの矛盾が発生するに決まっている。



「なるほど、俺にとって都合が良いのと竜神クロノス様にとって都合が良いことは違いますからね」


『うむ、今回の時戻しで我にとって最も都合が良い状態は力を完全に取り戻すことであった。其方の場合は恐らく我の力を取り込み順応した状態で過去に戻りやり直すこと。そして、世界にとって最も重要なのは世界を滅ぼす魔王を倒すことになる』



 矛盾しない方がおかしいくらいに複雑化してるな。そうなると現状は全ての意見を取り入れつつ矛盾する点を排除した形になるのか。



「竜神クロノス様は当然、完全復活はなされてませんよね」


『そうだな、感覚的に全ての力は取り戻したが其方に大半を譲渡してる故今の我は実質全ての力を失ったも同義だ』


「えっ?」



 何を言ってるんですか?俺に力の大半が譲渡された。いや、竜神クロノス様は元々魔王に力の大半を消滅させられてるからおかしな話ではないのか?そもそも人間である俺に神の力なんて扱える筈が、だから俺人間辞めてるって言われたのか!



『大分混乱してるようだな。まぁ、我の口から順を追って説明しよう』


「あ、ありがとうございます」


『まずは時戻しが発生する前の我と其方の状態だが簡潔に述べると宝珠を口にし我の力を受け取った其方が死んだのとほぼ同時に我が残る力の全てを使い時戻しを発動した』



 それはなんとなく理解出来る。竜神クロノス様の力に耐えきれなかった俺の死と力を使い果たしてしまった竜神クロノス様の死を時戻しの権能によって無かったことにした感じだろう。



 問題はそこからだ。



『この時点で我らは共に死に掛けであり本来なら出来る筈の自分にとって都合の良い改変が出来ずに結果世界の都合の良いように書き換えられてしまったのだ』


「竜神クロノス様にとっても予想外だったのですね」


『いや、予想はしておった。ただ、世界に任せる形となってしまったが故に半ば博打ではあったがな』



 世界の命運を博打で決めようとしてるのはどうかと一瞬思ったがそれしか方法がなかったのはあの世界を見て来た俺が一番よく知っている。



『さて、結論を話すぞ』


「はい」


『世界の書き換えはこうだ。まず我はこの世界で其方の魂を依代とした亡霊のような存在となってしまった。当然、この世界に我は一人なのでタレクターの神殿にあった肉体も意志を持たぬ抜け殻となっているだろう』



 竜神クロノス様は力を取り戻しはしたものの魂だけの存在となり俺を依代としたと。肉体がないので力の行使も出来ずに神としての形を完全に失っている状態か。



『次に其方の状態だが先ほど述べたように我の力を取り込んだせいで人間ではなくなっている。とはいえ、力の反動で時戻しの直後に即死となっては意味がないので我の力に適応しつつも器が足りず力を十全に使えない状態だ』

 


 要は竜神クロノス様の力を引き継いで入るもののまるで使い物にならないという訳か。



「今後修行をすれば、俺は竜神クロノス様の力を使えるようになるのでしょうか?」


『無理だな。其方は人ではないが神でもない。我の力の影響で無理矢理変質しただけの紛い物だ。力を受け止める器はあっても行使すれば不可に耐えきれず死に至る』



 一縷いちるの望みを懸けて放った問いは竜神クロノス様によってあっさりと折られてしまう。それはそうだ、話を聞くだけでも大きすぎるスケールの力を無能な俺が扱える筈が無い。俺じゃなくて、兄さんが竜神クロノス様の力を受け継いでいたらきっと結果も変わっていただろう。



「すみません。俺に力がないばかりに」



 いつもそうだ。碌に魔法も使えない癖に剣の才能もない。それでも少しでも兄さんの力になりたくて努力して自ら騎士に志願した。



 兄さんに並び立つなんて不可能だ。それでも、少しでも助けになればと戦争に身を投じた。その結果が兄さんの弟というだけの理由で最後まで生きながらえ魔王エイミー・ロゼットに飼い殺しにされた。



「俺が、無力なばっかりに」


『何故泣くのだ?』


「何故?」



 そんなの自分が無力だからに決まっている。竜神クロノス様の力も扱えず、時戻しの権能を台無しにして、再び世界が滅ぶのを待つことしか出来ないこの身を呪っているからだ。



『そうだ、己が無力だと知り、世界が終わることを知り、大切なものの死を知り、何故現状を嘆く。我は言った筈だ、我の欠片を取り込み最悪の未来を変える存在が現れるのを待っていたとな』


「俺にそんな力は」


『あぁ、現状ではない上に死に物狂いで努力してもあの魔王は絶対に倒せぬだろうな』


「じゃあ何故!」



 なんでそんな希望を持たせるような言葉を口にするんだ。どれだけ頑張っても魔王を倒すことは出来ない。未来だって変えられない。そんな俺に



「貴方は俺に何を期待しているのですか!こんな無能に何が出来ると言うんですか!……世界を救えとでも仰るのですか…」


『左様、其方には世界を救ってもらいたい』


「そんなこと、出来る訳が」


『ないであろうな。普通なら』



 普通なら、つまり普通じゃない方法で何か魔王を倒す手段があるということか。



「ほ、方法があるのなら教えて下さい。世界を救う為ならば俺はなんだってやって見せます」


『世界を敵に回す覚悟はあるか?孤独な戦いに身を投じ一切の賞賛を受けずそれでも尚、戦う覚悟が其方にあるのか?』


「あります」



 竜神クロノス様の問いに俺は即答する。元より称賛など要らない。世界の敵になったって構わない。あの絶望を覆すことが出来るのなら、兄さんたちが笑っていられる世界を取り戻すことが出来るなら俺は喜んでこの身を捧げよう。



『即答か。ならば其方には我の全てを教えよう。共に世界を救おうぞ』


「はい!」



 その日から俺の世界を救う為の戦いが始まった。

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