第2話 時戻し

「ここは何処だ?」



 気が付いたら俺は見覚えのある部屋のベットで仰向けに寝ていた。確か俺は魔王エイミー・ロゼットの目の前で宝珠を取り込み自害した筈だ。



「ん?声が幼いな」



 それに自分のものと思われる声も随分と幼い気がする。見てみると手足も小さくなっていて魔王との戦争によって受けた目立った傷も綺麗さっぱり無くなっている。



『ふむ、ようやく目を覚ましたようだな。人の子よ』


「誰だ!」



 突然聞こえてきた声に俺は即座にベットから立ち上がり臨戦体勢へと移行する。だが、腰に差してある筈の剣がないことで右手が空を切る。



『そう慌てるでない。まぁ、気持ちは理解出来るがな』



 姿が見えない上に声の聞こえ方も変だ。まるで脳内に直接語り掛けられてるような不思議な感覚。



「俺は、誰だと聞いている」


『ふむ、確かに先に名乗るのが礼儀ではあるな。改めて、我が名はクロノス。世界を創生した神の一柱にして時間を司る竜である』



 戯言をと口に仕掛けるがすぐに思い止まる。竜神クロノス様は魔王エイミー・ロゼットに殺されたと記憶している。だが、現在俺の体に起こっている現象を唯一説明出来るのが竜神クロノス様の権能だ。



「あの宝珠は竜神クロノス様だったのです か?」


『その通り、正確には我の欠片であり魂の残骸だが我が権能の力により話せるレベルには回復が出来た。とはいえ、もう我は神ではない。故に敬称は要らぬ』



 それこそ戯言だ。世界を創生した神の一柱に敬称をつけないなど自殺行為にも等しい。それに、竜神クロノス様に無礼を働いたら竜人たちに袋叩きにされるだろう。



 だが、この声の主が本物の竜神クロノス様であるという保証もない。そこまでの思考に至り自分が随分疑り深い性格になっていることに気が付くが今更だ。



「本物の竜神クロノス様であるのならば俺がこうなった経緯をお聞かせ願えないでしょうか?」


『もちろん、説明はするつもりだ。心して聞くと良い』



 一度世界の終わりを体験した俺に今更心の準備など必要ない。どんなことでも受け止めて見せよう。



『初めに誤解を解くが我は死んではいない。魔王により力の大半と肉体は消滅させられたが魂の欠片だけはなんとか宝珠に移すことに成功したのだ』



 魔王との戦争にて俺が竜神クロノス様の死を耳にしたのは魔王が竜人の国タレクターに攻め行った時だった。報告では力の回復に努めている竜神クロノス様が安置されていた神殿を魔王が破壊したと聞かされたがおそらくはその時のことだろう。



「その宝珠を魔王が俺に食わせたと言いたいのですか」


『そうだ。あの時点で魔王が魔神を取り込んでいたことを知った我は人類に勝ち目はないと判断し我が権能を使うことを既に決めていた』



 それはまた、なんとも酷い話だ。魔王との戦いで多くの死者を出し絶望の最中にあった俺たち人類はあの時必死に神へと縋っていた。前線で恐怖に震える者たちに対して指揮官が幾度となく神の名を口にしていたことを覚えている。



 そんな神が真っ先に諦めていたなど想像すらしていなかった。



『ずっと機会を待っていた。我の欠片を取り込み最悪の未来を変える存在が現れるのをな。そして、あの魔王は勇者の弟である其方に白羽の矢を立てた』


「そこが理解出来ないのですが、何故竜神クロノス様の欠片を魔王は俺に与えたのですか。魔王の口ぶりからして死を確信していたようでしたが現実はこれです。あの魔王がこの事態を想定していなかったとは思えません」



 神の欠片を取り込み魔神になった魔王が敵である俺に同じ神の欠片を与える意味が理解出来ない。



『それこそ簡単な話だ。神の欠片とは謂わば力の塊、本来なら取り込んだ時点で膨大な力に体が耐え切れずに消滅してしまう。加えて、人間である其方と竜神である我ではそもそもの種族が違う故、反発するのは必然と言える』



 そう言われてみれば人間を創り出したのは女神マリア様で竜神クロノス様は竜人を創り出している。魔王の場合はたまたま種族が一致していたが俺の場合は大分ケースが違うな。



「ならば、何故俺は無事に生きているのですか?」


『その点についてもしっかりと説明しよう。まず謝罪せねばならぬのだが其方は既に人間ではない。我の力を無理矢理適合させた為、人間、竜人、神の特性が混在した歪な存在になっている』



 なるほど、人間の状態では竜神クロノス様の力に耐え切れないから存在そのものを変質させたという訳か。それなら納得は行くな。



 そう思い一度自分の体を見直して見るがあまり竜人の特徴がない気がする。



「大体分かりました。しかし、あまり竜人の特徴が見られないのは何か理由があるのでしょうか」


『当然ある。それを説明するにはまず我の権能について詳しく話す必要があるな。其方は時戻しについてどこまで把握している?』



 時戻し、魔王エイミー・ロゼットからも聞かされたので大体の内容については把握している。



「世界が危機に陥った際に時間を巻き戻してやり直すことが出来る権能であることと、自分のみを対象に出来ることは知っています」


『そうか、ならば話が早いな。我の権能の認識はそれで間違いない。しかし、今回重要なのは戻った時の状態についてだ』


「戻った時の状態ですか?」



 竜神クロノス様の言葉に俺は再び自身の体を見る。明らかに幼少期の頃に戻っている。



 普通に考えれば肉体年齢も戻り意識だけが過去に送られると答えるだろう。だが、それだと魔王エイミー・ロゼットの話と矛盾してしまう。



「俺の状態だけを考えたら意識だけが過去に戻るんだと思います。でも、それだと神獣バハムートとの戦いの説明がつきません」



 遥か昔、魔神ゼブラが神獣バハムートを生み出した際に世界は一度滅んでしまった。その時に使われた権能こそが竜神クロノス様の時戻しだが意識だけが過去に戻るのなら何故竜神クロノス様は世界が滅びる前に力を取り戻すことが出来たのか?



 本来の時間軸では竜神クロノス様が力の回復を待っている間に世界が滅んだ。なのに、時戻しを使った後の時間軸では世界が滅びる前に力を取り戻し神獣バハムートを抑え込むことに成功している。



『なかなか頭が回るようだな。其方の考えている通り時戻しの一番の利点は過去の自分の状態を世界にとって最も都合の良い状態に指定出来ることにある』


「指定ですか」


『そうだ。バハムートとの戦闘ではすぐにでも目覚める必要があった為、身体の状態をそのまま過去に上書きした。逆に今回の場合は過去の肉体に意識だけを上書きし失った力を取り戻すつもりであった』



 流石は神様の権能というべきか出鱈目も良いところだ。けど、世界を救う為ならばそれくらいの力はなくてはならない。だが、今の竜神クロノス様の話が本当だとするなら何故俺は幼い頃の肉体なんだ。



「時戻しの権能については理解しました。ですが、俺と竜神クロノス様の現状を見る限り何か不具合があったようですね」


『左様、ここからはさらに話が難しくなる故、よく聞くのだぞ』


「分かりました」



 俺と竜神クロノス様の話し合いはまだまだ続く。

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