第3話 芋男と量産型女子
俺みたいな人間は、休日はどこにも行かずに至福の読書タイムを満喫するだろうと多くの人は想像するだろう。もちろん普段はそうだ。しかし今日だけはとてつもなくイレギュラーだ。
「おい姉貴、どこまで行くんだよ。」
「新横浜〜」
俺は4年早くこの世に生まれた関西生まれ関東住みのギャル、
ことの始まりは昨日金曜日の夜、姉貴から電話がきた。
「明日、関東で推しがライブするんやけど〜連番相手が風邪引いてもうて〜他にあてもいなそうやから、あんたきてくんない?チケット代は半額でええから!」
俺はもちろん断るつもりだった。しかし、あいつは強引だった。
そもそも俺は押しに弱い。はっきりと行きたくないといえずにいたら、押しきられて気がついたらこの有様だ。しかも横浜までいくのかよ。
「はあ。」
本日何度目かわからないため息をつきながら、車内を見回してみた。
車内には休日らしく老若男女問わず人がいた。その中には一昨日みた菊田さんのようなフリルやリボンたっぷりの服をきた人や同じイラストが沢山ついた丸い物体をやたらと沢山つけた大きなバックを持っている人もいた。
同じような格好や持ち物の人は、おそらく俺たちと同じように新横浜に向かうのだろう。
俺は真正面の姉貴をまじまじと眺めてみた。ちなみに、さっきから姉貴姉貴といってはいるがこのギャルは俺の本物の姉ではなくいとこで、俺は一人っ子だ。いとこの姉貴と呼ぶのががいちいち長ったらしいのでこうなった。
姉貴は昔からとにかく派手なものが好きで、中学のころから私服は派手な色ばかりだった。今も紫の主張が強い服を着ている。
「で、これからいくのって誰のライブだっけ?」
「だから〜ジュエボやて!ジュエリーボーイズ!!何度もゆうてるやん!」
「えっ」
そのグループってもしや、菊田さんことあいねるが好きなグループではないか。
「ジュエボって、どんなグループなの?」
気になる人の好きなものは気になるという精神で、俺は姉貴に問うてみた。
すると姉貴は、ウキウキした笑みを浮かべた。
「おっ?興味もってくれたん?ジュエボは今話題沸騰中の歌い手アイドルグループ!!マイチューブのチャンネル登録者は100万人!!メンバーはルビー担当でリーダーのリクくん、トパーズ担当のエイトくん、エメラルド担当のチカくん、サファイア担当のソラくん、アメジスト担当のユウタくんの5人!全員歌唱力がハンパないのはもちろんやけど、エイトくんとか生放送でのギャグセンが高すぎたり、ソラくんは一人何役ものアニメ動画も投稿しとったりして、一人一人が個性豊かで見てて飽きないんよ〜。」
「待って、歌い手ってなに?」
俺のその発言で、姉貴の顔からウキウキした笑みが消えた。
「あんた、そこから説明いるん?」
姉貴の声は心底呆れているようだった。
「知らないものは知らないんだよ。求む、説明。」
「…歌い手ってちゅうのは、ネット上に他のアーティストの曲をカバーしたものをアップしてる人たちのことや。普通の歌手との大きな違いは、ほとんどの人が顔を出していないことや。ジュエボも普段は顔を出さないで活動してるで。ライブとかリアルイベントで素顔が見られるんや!!」
「それで素顔がブサイクだったら幻滅しないか?」
「まだみたことあらへんのにブサイクとか言うな!!」
「姉貴もまだ本人にあったことないのか。」
「せやで。だって人気すぎてライブのチケット取れないんやもん。でも、もうライブいったことある友達曰く全員ガチイケメンらしいで!は〜あ、早く会いたい!!」
「へえ〜」
ジュエリーボーイズ、よくわからないがものすごい人気なのはわかった。
「まもなく、新横浜、新横浜。お出口は右側です。」
「ほな行くで〜。」
姉貴に促され、俺は重い腰を上げた。
周りにいた姉貴と同じような格好の人たちも沢山立ち上がった。
新横浜駅から徒歩約5分、横浜アリーナ。
「す、凄い人だな。」
右を見ても人、左も見ても人、見渡す限り人しか見えない。
「いやここキャパ1万3千くらいやけど。東京ドームとか5万はいるで?」
普段の休日に一歩も家から出ない人間からしたらもうこの時点でめまいがしそうだ。
「んじゃ、うち、物販ならんでくるわ。そのへんフラフラしとって〜。あとで連絡するわ〜。」
「…え、えっえっえっ。おい、姉貴!!頼む、俺を一人にしないでくれ!!!」
そんな俺の叫びも虚しく、姉貴は人混みの中に消えていく。
俺はどうしていいのか分からず、道の真ん中に突っ立ていた。
が、次の瞬間、なにかとぶつかって、思いっきり後ろに倒れた。
「ぐはっ…!!」
「あっごめんなさ〜い…って、ねえ、なんかダサい男がいるんだけど〜。」
「え〜それな〜普通、パーカーにダボダボズボンで現場こないでしょ〜。」
なんだかバカにされたような言い方に俺はカチンときて起きあがった。
「おい、人のファッションセンスにとやかく言うんじゃねえよ…え?」
俺の目の前には三人の女性がいる。一人は青いワンピースをきた女性。大きなバックを持っている。
もう一人は白いブラウスに赤と黄色のスカートの女性。
そしてもう一人が…
「菊田さん?」
三日前と似たような服装とメイクの菊田愛音さんがそこにいた。
「菊田さん?」
「え〜あいねるの本名?なんで知ってるん?えっ、じゃあこいつもしかしてあいねるの彼氏〜?」
「いやいやいやないでしょ〜こんな芋男。」
「そうだよ〜ないよこんな男〜こいつはただのクラスメイト!!」
「へえ〜面白いやつだね〜」
「そうなんだよ〜いっつも休み時間はかじりつくように本よんでるし。」
「マジか〜読書オタクウケる〜」
…俺は自分がダサいことは自覚していたがここまで言われるとは。
そしてさり気なく読書オタクをバカにするな。お前らそれ自分の推しに言われたらどう思うんだ?
「ほら、早くいこ」
青色のワンピースの女性が先陣を切り、次に赤と黄色のスカートの女性、
最後に菊田さんという順番で歩きだした。
その刹那、俺と菊田さんの目と目があった。彼女はなにかをこらえているような、苦しくて悲しそうな顔をしていた。
三人はあっという間にいなくなってしまった。
メンタルをボロボロにされてから数時間後、俺は建物裏手の人気のない場所に避難して、近くのコンビニでゲットしたおにぎりを食べながら、鞄に入れておいた文庫本を読みながら、菊田さんのことを考えていた。
なんというか、女子特有の同調圧力のような、誰かに合わせている空気を感じた。
悲しいことに俺が芋男読書オタクなのは否めないが、一度は俺を助けてくれたあの姫のような菊田さんなら、少なくともあそこまで俺を悪くは言わないだろう。
いや、そもそもあの初日の授業での菊田さんが仮面を被っていて、今のが本性の可能性もある。
でもそれなら最後にあんな顔をするか?
「あ、ここにおった〜なに暗い顔しとるん?そろそろ入場するでー。」
そこへ姉貴がやってきた。
「…わかった。」
「てか、あんた、ライブ会場にも本持ってきたん?」
「うるさいな。本が身近にないと暇なんだ。」
「現代っ子らしくスマホいじればええのに。」
「目がチカチカする。」
姉貴は何が面白いのかケタケタと笑っていた。
俺は最後にみた菊田さんの顔を思い出しながら歩きだした。
横浜アリーナは、普通のライブ会場ならアリーナ席と言われる場所をセンター席、その一段上をアリーナ席というらしい。
ちなみにこれは全部姉貴からの受け売り。
開演10分前、俺たちは、アリーナ席の後ろ側ブロックの真ん中あたりに座っていた。
「やばっ、バクステ目の前やん!肉眼で本人拝めるやん!最高やんけ〜!!!」
ふと左隣をみるとテンションの高い姉貴が、ペンライトをブンブンに振り回していた。
「人に当てるなよ。」
「はいはい〜。あ、これあんたの分や。」
姉貴が白い縦長のペンライトを渡してきた。
「ありがとう。」
俺はそう言ってペンライトを受け取った。そして特にすることもないので会場を見回してみた。
ふと右隣を見ると空席だった。
「誰だろ、あそこの人。」
「すみません…えっ?」
その声に振り返ると、そこに数時間ぶりの菊田さんが立っていた。一人で。
俺はびっくりした。
「あの、えっと、」
「…ごめんなさい!」
「え?」
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