第2話 仮面を被った愛音さん
翌日、昼休み、普段は一人で本を片手に昼食を嗜む俺のもとに訪問者が現れた。もちろん佐藤だ。
「海人くんも、たまには本読む以外のことしなよ!」
そういうと佐藤は俺が読んでいた文庫本を奪い取った。
「おい!返せ!!続きが気になる!」
「これを見るまで返さないよーん」
そういうと、佐藤は俺にスマホを渡してきた。
画面の向こうでは顔を隠した女性が楽しそうに踊っていた。
「なんだこれ?」
「えっ、ティクティクだよ!まさか知らないの?」
「いやさすがに名前は知ってる。見たことがないだけ。」
俺はスマホの画面をスワイプする。次に現れたのはがっつり顔を出している女性だ。
「…可愛いな」
フリルやリボンが沢山ついた服を着て、髪に赤いリボンをつけ、心の底から楽しそうに踊っていた。かなりメイクと加工が強い。まるでお姫様みたいだ。
「あいねる…」
「この子、今話題のティクティク投稿者だよ〜。ジュエリーボーイズのオタクやってるんだって!」
「ジュエリーボーイズ…?」
「えーっ、海人くんジュエボも知らないの?今超人気の男性歌い手グループ!メンバー5人一人一人が宝石を担当してて、その色がメンバーカラーになってるんだ!!
全員、その名の通り宝石みたいにキラキラしてて超かっこいいんだけど、個性豊かでギャグセン高すぎる人とか、女の子みたいに可愛い人がいたりして…」
「へえ。」
「なんだよ〜興味なさそうじゃん。」
「俺は自分の好きなことしか興味がない。」
とかいっているが、俺は気になっていた。ジュエリーボーイズではなく、その前に見た女性のことだ。
可愛らしい姫のような雰囲気が最高だった。もしかすると俺は王道に可愛い女子が好みかもしれない。
「ねえ、川島くん!」
「はいっ!?」
いきなり背後から話しかけられた俺はびっくりして振り返り、そこにいた人を見てさらにびっくりした。
そこに立っていたのは菊田さんだった。
「き、菊田さん。どうしたの?」
「数学の先生から昨日の宿題の回収頼まれてるの。出来てる?」
「…あ、やっべ。」
今の今まで忘れていた。
「昨日は好きなミステリー小説シリーズの最新刊の発売日だったから…。」
「ふふ。川島くん、相変わらず読書が好きだね〜。でも宿題も大事だよ?先生には自分で謝りに行ってね?」
彼女はそういうと、ノートの束を抱えて教室を出ていった。
「菊田さんはやっぱり優しいな〜。」
「だな。」
佐藤の発言に、俺は多いに共感した。
そんなこんなで昼休みは終わってしまった。
その日の放課後、俺は図書委員としての職務を果たすべく図書室のカウンターにいた。
隣では女子の図書委員の
「宮城さん〜起きて〜。」
「…うん?リクくん?」
「誰だそれ?」
「…なんだ、川島か。え、じゃあここ、」
「うちの学校の図書室。」
宮城さんは体を起こすと大きく伸びをした。
「うわ、やっば。ふぁ〜ぁ。うち、いつから寝てた?」
「知らん」
「図書室閉めなきゃね。でもさ、うちこれから塾なんよ。川島、お願いしてもいい?」
「いいよ。」
「やった〜ありがと!んじゃ、お先に〜」
宮城さんはそう言って風の如く去っていった。
俺の他に人がいなくなった最終下校時刻間際の図書室は、落ち着いた少し寂しい雰囲気に包まれていた。
しかし、うちの高校の図書室はやたらと広い。もしまだ残っている人がいて、
鍵閉めをすると、俺が責められることになるので、俺は棚と棚の間を歩き始めた。
「誰か、まだ残っている人はいませんか〜」
「ひいっ!」
俺がけだるげな声をあげた直後、図書室の端っこの棚の影から、どこかで最近聞いた気のする綺麗な声がした。
「ん?」
俺は声がした方向に、少しばかりドキドキしながら足を進めた。
俺の勘は当たる方ではないが、そこには俺の予想通り、菊田愛音さんらしき人がいた。
曖昧な言い方になったのは彼女が菊田愛音さんだという確証がないからだ。
そこにいた女子生徒は、顔は確かに菊田さんのようだった。
でも来ている服の系統が教室と全く違う。
俺の目の前の女子生徒は、フリルやリボンの沢山ついた服を着て、赤いスカートを履いて、髪の毛をハーフツインにしていた。
彼女は床に小さな鏡をおいて、周りにメイク道具を散らかしていた。
目と目があうと、彼女はとても大きな瞳をさらに大きく見開いた。
そして俺は、かなりメイクが施されている彼女の顔に2つの既視感を覚えた。
「…」
「…」
「…図書室、閉めたいんですけど。」
俺は、色々ツッコミたくなりながらもとりあえず口を開いた。
「なんで、こんな時間の図書室に図書委員がいるのよ。」
「いや、図書委員は最終下校時刻10分前に図書室を閉めて鍵を職員室に返しに行くって仕事があるんですよ。」
「昨日の図書委員はこんな時間まで残ってなかったわよ!」
「それは昨日の当番のヤツの単なるサボりですね。」
俺はこのどさくさに紛れてそいつに文句を言いたくなった。
「…菊田愛音さん、ですよね」
「……そうだけど。」
「……うちの学校、メイク禁止ですよね。」
「もう学校おわるから、別にいいじゃない」
「ならせめてトイレとかでやれば、」
「トイレだと人がいるでしょ!」
「じゃあ、空き教室」
「最近私が使ってた教室、今なぜか3年生のカップルがイチャイチャしてて使えないのよ!!」
「うわ〜〜」
想像するだけでものすごく気まずい。
「なんでそんな格好してるんですか。」
「なんか悪い!?うちの学校私服制だよね!?」
「いや、菊田さんの好みっぽくないな〜って」
「あんたに私の好みなんて分からないでしょ。」
それはごもっともだ。
彼女は一気に話し過ぎたのか、黙り込んでしまい、俺と彼女の間には再び沈黙が訪れた。
俺はその沈黙に耐えられなくなり、どうしても確認したいことを口にした。
「…菊田さんって、もしかしてティクティクやってたり…」
「おいそれはだけはいうんじゃねぇ!!」
瞬間、俺は菊田さんに飛びつかれて口を押さえられていた。
いきなり過ぎてびっくりするやら、女子に触られたやら、酸欠やらで感情が落ち着かない俺は顔が真っ赤になってしまった。
「むむむーーー」
「あっ、」
さすがに自分が勢いあまり過ぎたことに気づいたのか、それとも俺を窒息死させるまいと思ったのか、菊田さんは俺を開放してくれた。
俺は一度大きく深呼吸した。
「…そんなに慌てるってことは、本当ですか?」
「………そうだけど」
彼女は案外あっさり認めた。
「動画と、だいぶ雰囲気違いますね。」
「なんか悪い!?」
「いえ、何も。」
彼女に悪いと聞かれると、言い返せないのはなぜだろうか。
「じゃあ、なんで今図書室でメイクしてるんですか?」
「…今日このあとネッ友と駅前のスタジオで撮影するの」
「それなら、学校出てからやれば…」
「それだと一回家帰るのめんどくさいのよ。時間ないし。」
そのとき、俺たちの頭上のスピーカーからチャイムの音がした。最終下校時刻の合図だ。
「…図書室、閉めたいんですけど。」
「あんた、今日ここで見たものを誰にも言うんじゃねえよ。」
「……はい。」
彼女は心底不機嫌そうに立ち上がり、散らかしたものを手早く片付けて出ていった。
俺の心の中はぐるぐるしていた。
彼女は自分が菊田愛音だと認めた。しかし俺には昨日俺を起こしてくれた菊田愛音さんとついさっきまで目の前にいた菊田愛音さんが同一人物だとはとても思えなかった。そして、昼間みたがの正体が菊田愛音さんだとも思えなかった。
顔が違うのはなんとなくわかる。メイクの力だろう。
でも性格があまりにも違いすぎないか…
俺を起こしてくれた菊田さんは優しくてまるで天使が舞い降りてきたみたいだった。
対して今の菊田さんは、なんというか気性の荒い犬みたいだった。
どうやら俺は、彼女の仮面を暴いてしまったみたいだ。
「…どっちが本性だ?」
でも、俺からみたかぎり、なんだか今の菊田さんのほうが、自然な感じがした。
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