仮面の君に恋してる。

御宅之スピカ

第1話 後ろの席の愛音さん

僕は今ピンチだ、人生最大の選択を迫られている。

僕の目の前には二人の女性がいる。右にいるのが今の妻だ。

そして、左にいるのが職場の後輩の若い女性、そう、お察しかもしれないが浮気相手だ。

妻は詰め寄ってこう言った「貴方は、私と雪さん、どちらを愛しているの?」

すると、後輩が私に腕を絡めて来ていった「え〜部長、どんな私だって一生愛してるって約束してくれましたよね??」

僕はとても困った。なぜなら僕は…

「…くん、かーわーしーまく〜ん」

僕は顔を上げた、そしてぼやけた視界で、目の前を見た。

「川島くん!!」

「おい川島海人かわしまかいと!!高校生初の授業で寝るとはいい度胸だな!!!」

僕、いや俺は完全に現実の世界に引っ張りもどされた。

俺の目の前には現国担当の少しばかりふくよかな男性教員が仁王立ちしている。

「はっ、起きたみたいだな、今回ばかりは見逃してやる。でも、次に寝やがったら

漢字テスト2倍だからな!おい、笑ってる他の奴ら、お前らも決して対象外ではないからな!!…」

俺はだんだん自分から離れていくふくよかな体を思いながら、やらかしてしまったと思った。こうなった原因は昨日の夜の過ごし方にある。そう、昨日の夜は…

「ちょっと川島くん?また寝たら坪田つぼたに怒られちゃうよ?」

突然背後から透き通った海のような声がして思わず振り返ると、そこに姫がいた。

いや正確に言えば姫のように可愛らしい女子生徒がいた。

目と目が合うと、彼女は聖母のように微笑んだ。

「よかった」

これが俺と菊田愛音きくたあいねさんとの最初の出会いだった。



「しっかし、坪田も言ってたけど、川島くんは度胸あるね!!高校生初の、しかも凶暴で知られる学年主任坪田の授業で寝るなんて!!」

「俺に度胸なんてない、ただ睡眠という人間の本能的な欲求に従っただけ。」

授業のあと、俺は佐藤春人さとうはるとと名乗ったTシャツにジーンズの人物に何故か絡まれていた。

こちらは机に張り付きそうなほど眠いのに。お前の方が度胸あるのでは?

「いやいやいや、すごいって!俺だったら坪田に目をつけられると思っただけで恐ろしくて眠れないよ。それに、授業おいていかれちゃうし。」

「お前、意外と成績とか気にするタイプなんだな。」

いや、それもそうかもしれない。この高校は偏差値63前後の年々大学進学率を上げている自称進学校だから。ちなみに、俺は別に有名大学に入りたいからこの高校に入ったわけではなく、単に家から一番近い高校がここだったから入学試験を受けただけだ。現代の高校生にありがちな理由だ。

「てかさ、川島くん!さっき菊田さんに起こされてたでしょ!!」

「菊田さん?」

「菊田愛音さんだよ!君の後ろの席の!」

そう言われて、先程の授業中のことを思い返し、姫の名前を知れたことを理解した。

思わず振り返ったが、菊田さんはいなかった。

「菊田さんならほら、あそこにいるよ。」

佐藤に言われてその方向を見ると、大人っぽい丈の長いワンピースを着て髪をおろした菊田さんが教室の隅で数人の女子と楽しそうに話をしていた。ちなみにうちの高校には制服がない。

俺は綺麗な横顔をずっと見つめていたくなっていた。

「菊田さんって、すごいらしいよ〜めちゃくちゃ優しくて、超絶美少女だけど、全然男子に媚び売らないし、女子とも積極的に仲良くなりにいってるし。もう10人くらいに告白されたらしいよ〜」

「まだ学校始まってから1週間じゃん。凄いな、ラブコメのヒロインが現実に舞い降りてきたみたいじゃねえか。」

俺はあまりラブコメは読まないが、それでも菊田さんのモテっぷりはラブコメヒロイン顔負けだと思った。

「そういえば、川島くん、なんでそんなに眠そうなの?」

そう言われて、俺は佐藤の方に向き直った。

「昨日は日付が変わるまで現代小説を読んでいたんだ。少々ドロドロした恋愛のやつだ。ドロドロだけど面白いぞ、お前も読むか?」

「い、いや〜俺は小説とかあんまり読むタイプじゃないからいいよ〜。」

その言葉に俺は反応した。

「なんだ、お前も本嫌いか。勿体無いぞ、読書は最高だ。ひとたびページをめくればどんな世界にだってひとっ飛び、勇者にだって、犬にだって、究極の選択を迫られてしまった不倫男にだってなれるぞ。俺のおすすめはなんといっても紙書籍で読むことだな。1ページめくるごとにドキドキやハラハラが加速していき…」

「わわわー!!川島くん落ち着いて!とりあえず僕の腕を離して!!」

そう言われて我に帰ると、俺はいつの間にか立ち上がって佐藤の腕をぎゅうぎゅうに掴んでいたらしい。

「すまん、取り乱した。」

佐藤を開放すると、佐藤は白黒した目でこちらを見つめてきた。

「…もしかして、川島くんって読書好き?」

「まあ、そんなところだ。現代風に言うなら、『オタク』といったところだな。」

「へ、へ〜」

その時チャイムがなり、生徒たちは席につきはじめた。

俺も自分の席に座った。

「ねえ、川島くん。」

「はいっ?!」

いきなり話しかけられてびっくりして振り返ると、そこに菊田さんがいて更にびっくりした。

「いつも何時に寝てるの?」

「…いつもは10時半くらい?」

「すごい健康的じゃん。なんでさっき寝ちゃったの?」

「それは…」

なんとなく、ドロドロの恋愛小説を読んで夜更かししていたとは言いにくい。

「はーい、授業始めますよ〜。」

そこに女性教師が入って来て、授業が始まってしまった。





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