第3話 私の話「女の子」



 学校が終わって、だけどちょっと先生に用事を頼まれていた私は、誰もいない廊下をひとり歩きながら、理科準備室に向かっていた。私たちの教室のある棟と理科準備室のある棟は、階も棟も違うから、少し時間がかかった。いつも各教室にパートごとにわかれて練習している吹奏楽部も、その日は顧問が休みで部活がオフになったらしく、学校は静まり返っていた。かすかに運動部の声が聞こえるくらいだった。

 私は階段をあがっていった。そのときだった。背筋に悪寒が走り、私はばっと振り返った。でも、私の後ろは壁だけ。それでもなにかがいるような気がした。怖かったけど、私は勇気をふり絞って下の方の階段を覗いた。でも、そこにはカクカクとらせん状につづく階段があるだけだった。すごくホッとした。

 再び階段をのぼろうと、私が体の向きを元に戻した瞬間、目が合った。


 いたんだよね。女の子が。

 目を大きく見開いていて、うちの制服を着た女の子。すこしボサボサとしている長い黒髪、そして頬にこびりついている赤黒いもの。明らかに生きているものではない、死人の顔をしていた。


 私は短い悲鳴をあげて階段を駆け下りた。一刻でも早く誰かに会いたいっていう思いで。でも、その女の子は私の後を追ってきていた。

 幽霊って走るの!? なんて思ったりもした。だって、足音が物凄く大きかったんだもん。そんなこんなで、さっきとは違うルートで理科準備室を目指して走った。

 だけど、この階段をのぼったら理科準備室というところで、追いつかれた。

 ぐいっとカッターシャツの襟を掴まれて、私は後ろに倒れた。その子が受け止めたのか、頭が床に衝突することはなかった。

 ひょっとして、害はないかも? と思ったのもつかの間。その子は私の上にまたがって私の首に両手をかけた。そして、絞めた。

さっき見たその子の顔が怖かったため、倒れたときから私はずっと目を瞑っていたが、一瞬開けた私の瞳に映ったその子の口元は、とても愉快そうに歪んでいた。

 わたしは手足をばたつかせ、自分の首を絞める両手を、一生懸命はずそうとしたがびくともしなかった。そのときは死にたくないという思いでいっぱいで、首を絞める両手が異常に冷たいことも気にしなかった。

 もう、だめかもしれない。

 そう思った時だった。

 すぐ近くで先生が私の名前を叫んでいるのが聞こえた。きっと、私が遅かったので様子を見に来たのだろう。

 先生が階段を駆け下りてくる音が聞こえた。

 朦朧とする意識の中、最後にその女の子らしき人の声が耳元で聞こえた。

「マタネ……」

 そして私の意識は途絶えた。


 後で聞いた話によると、先生が駆けつけたとき、私は一人階段の上で苦しそうに倒れていたらしい。やっぱり、あれは幽霊だったんだって確信した。それと、あの時先生が来てくれたことに本当に感謝した。

 もし、来てくれてなかったら……。すぐに答えは出たけど、考えるのをやめた。

 そのあと、私はしばらく学校が怖くて、一人での行動を控えたよ。

 

 まあ、私の話はこんな感じかな。


* * *



「え、こわ……。なんか、すごい身体冷えた」

「お気に召したようで何より」

「えー、なんでそんなに平然としてるの……」

 こんな感じでお互いの話について感想を言い合っていると、まもなく電車がきます、というアナウンスが入った。

「わあ、もうこんなに経ってたんだ。楽しかったな、ありがとう」

「ううん、こちらこそ」

 彼女も同じ電車に乗るみたいなので、私たちは立ち上がると、黄色い線の近くまで出て行った。

「そういえばさ、『マタネ……』っていう言葉が気になるよね。それ以来出会ってないんだよね、その女のことは」

「うん、できればもう会いたくないけど……」


 電車が来た。びゅうっという強い風に目を瞑る。

 

 風が収まったので目を開ける。


 いつも通りの電車。でも、その電車の窓越しに見えた向こうのホーム。







 

 女の子が立っていた。

目を大きく見開いて、制服を着た、すこしボサボサな長い黒髪の女の子が。


 その頬には、赤黒いものがこびりつき、その口元は愉快そうに歪んでいた。


 私に向かって口パクで告げられた言葉。それは—――――



「ミィツケタァ……」



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放課後、駅のホームで怪談話を。 雫石わか @aonomahoroba0503

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