第2話 彼女の話「おばあさん」
その日は委員会があって、いつもより帰る時間が遅かった。委員会の時はそれぞれの委員会ごとに終わる時間が違うから、友達と待ち合わせとかもしてなくて、私はひとりで歩いて帰った。
あ、そうそう、言い忘れてたけど私の通っていた小学校は村のなかにある学校だったから、あたりには田んぼがたくさんあったよ。秋の虫も鳴いたりしてて、空も少しだけ夕空に変わってきていて、綺麗だなって思ったのを覚えてる。時間は覚えてないよ。小学生の頃は時計とか持ち歩かなかったしね。
それで田んぼを見渡しながらひたすら歩いていたんだけど、その時変なモノが見えたんだ。……まあ、その時点ではモノという認識ではなかったんだけど。
大きな田んぼをひとつ挟んだ向こうの農道にね、おばあさんが犬の散歩をしながらゆっくり歩いていたの。それだけだったら普通じゃん? だけど、私はそれを不気味だと感じたの。なんか、変だなって。
ちょっと怖くなった私は早足になった。ときどきチラチラとおばあさんの方を見ながら。それで、その時やっと気づいたの。なんで変だと感じたのか。
おばあさんのね、顔が見えなかったの。なんか、顔の部分にぼかしをかけたみたいに。
他の部分、例えば服とか腕とか首とかははっきり見えるのに。私の視力も普通に良くて、両目とも一・二だったのに。
見間違いだって自分に言い聞かせた。ちょっと暗くなってきてるからよく見えないだけなんだって。
深呼吸して、きっと大丈夫だって自分に言い聞かせて、もう一度おばあさんのほうを見た。そしたら、
おばあさんはこっちを見ていたの。
目も、鼻も、口も、見えないのに笑っているのが分かった。
私が恐怖で動けないでいると、おばあさんは走り始めた。おばあさんのいる道と、私のいる道とを繋ぐ道を目指して。そんなに速くはないけれど、おばあさんとは思えない速さだった。走り方も奇妙で、腕を一切ふらずにぶらぶらさせながら走るの。しかも、
首はずっと私のほうを向いたまま。
私は必死に走った。走って、走って、絶対に後ろだけは振り向かないようにしながら。
だけど、おばあさんが近づいてきているのは分かっていた。だから、私は家ではなく、ちょうどすぐ近くにあった神社を目指した。
後ろから、
「ぃれい。ふぉうあい。あぉ、ふぉうあい、ふぉうあい、よぉぅえ……」
という呪文のような言葉が聞こえてきて、さっきよりも近づいてきていることを悟った。
間に合え、間に合え、って念じながら走った。
神社の鳥居が見えたときには、多分私との距離は二メートルくらいだった。
そのとき、私はおばあさんがなんて言っているのか、はっきりわかった。
「きれい。ちょうだい。かお、ちょうだい、ちょうだい、よこせ……」
本当に怖かった。背中にざぁっと鳥肌が立った。振り向かなくともすぐ後ろにおばあさんの気配を感じた。
そして、おばあさんの指先が私の肩に触れた瞬間、私は鳥居をくぐり、おばあさんの気配は消えた。おそるおそる後ろを向いても、あのおばあさんはいなかった。
私が鳥居をくぐったところで座り込み、肩で息をしていると、神主さんが出てきた。私の話を聞いてくれ、しばらく私の面倒を見てくれた。念のためと言って、お祓いもしてくれ、悪いものをはねかえすというお守りまでくれた。
それから私があのおばあさんをみることもなかったし、霊のたぐいをみることもほとんどなかった。あのおばあさんが何者だったのかは最後まで分からなかったけど、あんなに怖い経験はもうこりごりだって思ったよ。
* * *
話し終えた彼女は私の顔を見て一言、
「怖かったでしょ?」
「うん、それを実際に経験したって考えると、物凄く……」
でしょーっとなぜか得意げに笑った彼女は、もう一度私の顔を見て言う。
「次はあなたの番。あなたも実体験だったりして?」
「残念ながらそうだよ。これは、私が中学一年生の時の話なんだけど——」
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