10.弟子を全裸で応援して魔王を倒す

「ふふ♡


やっぱり、ロクーラが絡むと反応してくれるのね。


他の女を見ているのは妬ましいけど、あなたが振り向いてくれるのなら、何でもしてあげるわ。


あなたの、真の妻としてね」



魔王はそう言いながらも、また何かを切る音を鳴らした。


「ねえ、見て……。

反対の腕を切ったわ。



今度は腕の肉も見えるくらいに切ったの。

すごく痛いわ。



痛くて痛くて、血もたくさん出て、このままだと死んじゃうかもしれないわね」



「……」




魔王はわざわざ、俺を振り向かせようと大げさな声で言ってくる。



俺は、何も反応しなかった。

そうするよりほかに、俺にはできることがなかった。



ロークは、目覚めない。



「うふふ……。

面白いわねぇ。

私はあなたをこんなに愛してるのに、あなたは私を見ないなんて。


ま、たまには悪くないわ。


今までは殺してしまえば大抵のことは解決していたから、こういう自分の思い通りにならない相手を支配するのもいいわよね♡」



魔王は嬉しそうに言う。


そして、ブチッという音がした。


「ねえ、まだ私を見てくれないの?

今ね、ロクーラの腕を引き千切ったのよ。


ふふっ、すごくきれいよ、ロクーラの肉と骨…。

鮮やかな紅に染まった白い腕が、力を失ってぐったりしているの。


ほんと、無様で可愛いわね♡

ねえ、あなたはどう思う?」


「っ……!!」


魔王は心底嬉しそうに言うが、俺は無視する。



魔王は、嘘を言っている。


俺を誘惑するために。

ロークを人質にすれば、俺が魔王を見る他ないと分かっているのだ。


だからこそ、俺は魔王の言葉を、なんとか無視する。




さっきロークが自傷したときに、魔王も相当なダメージを負っていた。


それはつまり、魔王自身も安易にロークの身体に傷を着けることはできないということだ。



だからこそ、今魔王が言っているような自傷アピールは、嘘だ。



………嘘だ、と思いたい。


ある程度は根拠はあるが、それでも俺の願望も多分に含まれている。



本当は振り向きたい。


ロークの身体にひどいことをされていないことを確認したい。


ロークに駆け寄って、抱きしめて傷を癒やしてやりたい。


ロークの身体を奪おうとしたクソの魔王をぶん殴って、二度と復活なんて考えないくらいにブチのめしてやりたい。



だが、それは魔王の思う壺だ。


俺は、拳に血が滲むほどに力を入れて、我慢する。



ロークを信じろ。

ロークは、必ず魔王から身体の支配を取り戻す。


それまで耐えるんだ。



「あらら、まだ振り向いてくれないの?


ロクーラがこんなにひどい目にあっているのに。


あなたって意外と、薄情な男なのね。

ふふふっ、ロクーラも可哀想に…。


一番危ないときに、最愛の男が見てくれないなんて。


そんな悲しい思いをするくらいなら、諦めて私に身体を明け渡したほうが楽になると思うのだけどねえ♪」


魔王はロークに対しても揺さぶりの言葉を口にしているが、俺は無視する。




ロークはそんなことで動揺するような女じゃない。


あいつの頭のおかしさは、俺への想いは、魔王のチンケな挑発なんかで揺らぐものじゃない。



俺はロークを信じる。



だから俺は、絶対に振り向かない。



「…な、なによ。


あなたたち二人共、全然揺らがないじゃない。


私を無視して、あなたたち二人だけの絆で繋がってるってわけ?


ふ、ふざけないでよ…!」


魔王がついに動揺したように言ってくる。


やはり、無視が効いている。



「私だけ蚊帳の外で………そんな、そんなことって…!


ふざけるのもいいかげ………」


言いかけたところで、魔王は言葉を中断した。


その次の瞬間、ロークの声が聞こえた。


「ライル!」


「ローク!」


俺たちは駆け寄り、抱き合う。


ロークの身体を見ると、確かに腕に切り傷と血が流れている。


だが、どれも軽いものだ。


腕の肉が見えるほどの深さはなく、当然腕も千切れてなどいない。



魔王自身も、ロークの身体とはいえ自傷はリスクが大きいのだろう。


さっきの切ったり千切ったりした音は、魔王の魔術で再現しただけのようだ。



ロークの身体に深刻なダメージはない。


俺はほっと安心して、傷を回復させてロークを抱きしめた。


「ローク、よかった……!無事で…!」

「うん……!

心配してくれて嬉しい、ライル…!」



ひとまずは無事だ。

だが、このまま魔王がやられるままだとは思えない。


魔王の狡猾さを考えれば、またロークの身体を人質に、戦局の挽回を図ってくるのは当然だ。



そんな俺の不安を察したのかもしれない。

ロークは、俺に耳打ちをした。


「…ね、ライル。

もっと魔王をいじめちゃおうよ」


「えっ?」


「一緒の身体だから分かるんだ。

魔王は焦ってる。


ボクとライルの絆が強いって見せられちゃったから。


このままボクたちのイチャイチャを見せられたら、魔王は二度と立ち直れないほどに打ちのめされる」


「まじか…」


「でもね。


だからこそ、危ないんだ。


次に身体の支配権を取り戻したときが、魔王の最後のチャンスだと思う。


魔王はきっと、全力で抵抗してくるだろうね」


「ああ…そうだな」


「魔王は何をしてでもボクの身体を渡さないつもりだ。


下手をすれば、ボク諸共死ぬことを覚悟の凶行に走るかもしれない。


魔王の心を見た限り、魔王は自分が死ぬことよりも、ライルをボクに奪われることの方を恐れてるんだよ」


「…!

そこまでか……」


魂だけになっても生に執着した魔王が、死ぬことを覚悟で凶行に走る。


それほどまでに俺が執着されている、というのは何やら複雑な気分だが…。


今は魔王を倒すことに集中しないと。


「ライルをボクに奪われるくらいなら、いっそのことボクの身体ごと死んでやろう…と、魔王は思っているみたいだ。



だから…多分、ボクが魔王と一緒にそのまま死ぬ方が、世界のためだとは思うんだ」


「ローク…!

お前…」


俺の心配そうな顔を見て、ロークは笑う。


「安心してよ。

ボクは死ぬつもりはないよ。

ボクが死んだら、ライルも困っちゃうもんね。


…ボクはやっぱり、ライルと一緒にいたい。

これからもずっと、キミと一緒に思い出を作って生きていきたいんだ。



だからね。


魔王なんて、ボクたちの絆で倒してやろうよ」


「……ああ」

「えへへ…」


ロークはそう言って、俺に口づけをしてきた。


俺も目を閉じて、それを受け入れる。

唇が重なる感触が、全身に伝わる。


ロークの温かさを感じる。

負ければ、この温かさも失われる。


そうさせる訳にはいかない。


俺たちは唇を離した。



「もう少しで魔王が復活しそうだよ。


さっきは魔王も本気で自傷しなかったけど、今回はそうはいかないと思う」


「…そうだな」


俺は不安をあらわにする。


俺からロークと魔王の戦いに介入できる手は、これ以上他に思いつかなかったからだ。


そんな俺を見て、ロークはにっこりと微笑む。


「ね、ライル。

ちょっと頼みがあるんだ」


「うん?

あ、ああ、もちろん」


俺はロークがどんなことを頼んでも、必ず叶えるつもりだった。


俺の返答に、ロークはいたずらっぽく笑う。


「じゃあさ。

ボクを応援し続けてほしいんだ」


「応援?」


俺は一瞬、ロークの意図が分からなかった。


「うん、応援。


魔王がボクの身体を支配している時、ボクへの応援を止めないで欲しいんだよ。


文字通り、魔王がどんな邪魔をしてきても」


ロークは、少し顔を赤くして俺に答える。


「まあ、俺の応援で魔王との戦いに勝てるならそのくらいはするけど。


本当にそれだけでいいのか?」


「うん、それが重要なんだ。


…実はね。



魔王が表に現れたせいなのか、ボクの中に、少し魔王の嗜虐趣味が混ざっちゃったんだ」



「うん?」



ロークが妙な早口で続ける。 



「魔王はライルの応援を必死で止めようとして、ライルに暴力を振るうと思う。


ボクも内側で魔王の力を抑制するけど、それでもある程度は魔術を使ってくるだろう。



たぶん、ライルも怪我しちゃうと思う。


でも、そんなときもライルがボクのことを想って必死で応援してくれると、何よりも嬉しい。




…つまりね…ライルが僕のために、傷だらけになりながら応援してくれるのが、ボクにとってはたまらなく興奮する光景なんだ」



「え゛っ?」



俺は驚いて、ロークを見る。


このタイミングで性癖の暴露かよ…。



「あはは……そんな変態を見るような目で見ないで……。


自分から言うのも恥ずかしいんだから」



「わ、悪い」


俺は少し気まずそうに謝る。



「い、いやあ別に、ライルをいじめたいわけじゃないんだ。


ライルの応援があれば、魔王に支配権を奪われている時でも力が湧いてくるし。




でもさ…。


魔王の攻撃で、真っ赤な血に塗れた裸のライルが、息を切らしてボクに本気の愛を叫び続けてくれる。



そ、その光景を目の当たりにした時…すごく心が満たされる気がするんだ…」



ロークの顔に、恍惚の色が見えた。


ちょっと、目がやばい。



「お、おおお…?


そ、そっかあ…」



それは、いじめたい願望なのでは?


というか、裸で血に塗れた俺に欲情するって、相当ニッチな性癖では…?



あと、ロークお前…その表情はちょっとばかし変態がすぎるぞ…。



と、洪水のようなツッコミが喉元まで出かけたが、なんとか押し留めた。





やはり俺は、かなり頭がおかしい女と結ばれたのだと実感する。



仮に魔王を打ち倒し、俺の呪いの問題も解決したとしても、俺はこの女に振り回され続けるんだろう。




俺はロークとの未来を少しだけ想像して、それでも悪くないと思った。




まあ、俺の血筋には、女の尻に敷かれまくる男が多いらしいし、これも一つの運命なのかもしれない。



「あはは……ドン引きされちゃったかな」


「いいや、大丈夫だ。


いまさらお前の性癖を聞いたくらいじゃ、驚かないさ」


俺は笑って言った。


「そっか……嬉しいな……えへへ……」


ロークは俺に抱きついてくる。



そして、軽く俺に口づけをして、


「それじゃ、ライル。

応援お願いね」


と言って、目を閉じで集中した。


「おう」


いよいよ魔王との最後の戦いが始まるのだと、俺にも分かった。


俺たちは互いに離れ、俺は二人の間に光のモヤを展開した。



わずかな時間ではあるが、俺はロークを応援する準備をする。


即興ではあるが、俺にもロークを応援するアイデアが浮かんでいた。





そして…。


その時が来た。



魔王が俺に語りかける。



「ライル。

あなた達の企みは、無駄なあがきよ。


どんなに抗おうとも、あなたも、ロクーラの身体も、私のもn」「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!ロークぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!頑張れええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!愛してるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


「なっ…なにを…」


先手必勝。

俺は魔王の舐め腐った言葉を完全にかき消すように、大声でロークに叫んだ。



おまけに、ロークを応援する踊りを、全力で踊っている。


手には二本の光る棒を持って、ぐるぐるとものすごい勢いで踊り狂う。


非常用に荷物カバンに入れておいた、魔光石の棒が役に立った。



あらためて言っておくが、俺は魔王に服を脱がされたから、一糸まとわぬ全裸だ。




全裸の男が、二本の光る棒を持って奇怪な踊りを踊る。



これは遠い異世界から伝来してきた文化で、『推し』なる大切な相手に捧げる踊り。




その名も『ヲタ芸』。



以前フィデス先生が呪いの授業で、非常に珍妙で興味深い異世界の文化として紹介していたのが印象に残っていた。



「ら、らいる…?

あ、あなた…どう…しちゃったの…?」



俺たちの会話を聞いて備えていたはずの魔王ですら、あまりの光景に呆気にとられている。



当たりだ。

魔王はこの奇妙な踊りを知らない。


魔王を困惑させつつ、ロークの応援をするならこの踊りが最適だと考えたのは間違いではなかった。



俺は困惑したままの魔王を置き去りにするかのように、絶え間なく叫ぶ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!ろおおおおおおおおおくうううううううう!!!!!!

俺はああああああ、お前を愛しているぞおおおおおおおおおおおお!!!!!!!結婚するぞおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」


「ひ、ひええ…」


魔王が動揺を通り越して怯えている。



このまま押しきれるか…?




と期待したが、流石に殺戮の魔王。



すぐに気を取り直し、俺に語りかけてきた。



「ら、ライル…。


…い、いえ、そうよ。

わざと狂ったフリをして、頭のおかしい踊りで私の動揺を誘おうってわけね。


甘い、甘いわよ。

あなたがそうするなら、私にも手があるんだから!」



魔王はそう叫びながら、俺に向けて手をかざした。


その瞬間、俺の身体に強烈な重力が襲いかかり、あっけなく壁に叩きつけられる。



「ぐっはああああ…!!」



俺は全身に走る激痛にのたうち回る。


魔王はそんな俺を見て、せせら笑う。



「ふふふ、いい様ね。


重力魔術は私の最も得意とする力。


ロクーラに邪魔されていても、あなたを吹き飛ばすくらいはできるのよ」



「う、うう……」


俺はうめき声をあげながら、なんとか立ち上がる。


だが……。



「あらあら? ずいぶんと苦しそうねえ」


魔王はニヤニヤ笑いながら、俺に2発目の重力魔術を繰り出す。


「がはっ…!」


俺は叩きつけられた衝撃で、口から血を吐く。


「ほおら、どうしたのライル?

早く起きないと、負けちゃうわよお?


愛しのロクーラの身体が、私に殺されちゃってもいいのかしらねえ♡」


魔王は好機とばかりに、俺を挑発しながら、何度も俺を壁に叩きつけてくる。


「ぐはっ」

「あぎっ」

「うがっ」


俺はなんとか立ち上がろうとするが、そのたびに壁に叩きつけられ、血を吐く。



まずい……このままでは魔王の思う壺だ。



でも……俺は負ける訳にはいかない。



俺は魔王に吹き飛ばされ、意識が朦朧としながらも叫ぶ。


「ろおおくううう!! 俺たちの力はこんなもんじゃねえだろおおおおお!! がんばれえええ、あがっ……!」



俺の身体がまた叩きつけられ、そこら中に血が舞う。



それでも、俺は叫びと踊りを止めようとしない。




魔王は俺のそんな様子を見て、苛立ちをにじませる。



「…ちぃっ、ここまでしても止めないなんて!


いい加減、黙れぇぇぇぇぇぇ!!!!



その愛を私に見せるな!!


あなたが愛していいのは、私だけ!

私だけを愛するのがあなたの運命!!

他の女に色目を使うなああああああああ!!!」



「があっ……!」


俺はまたしても壁に叩きつけられる。



身体のあちこちが骨折しているのが分かる。


正直、まだ生きているのが不思議なくらいだ。



だが、魔王は本気で焦っている。

それだけ魔王も追い詰められているのだ。



このまま押し切る…!



「ろお……くうう……あい……」


俺は血を吐きながら、さらに叫ぼうとする。


しかし……。


「あ、あい…し……。

うっ、げほっ!ごぼっ……!」



身体がついてこない。

喉の奥から血が出て、咳き込んでしまう。



魔王は俺の苦しむ姿を見て、ほくそ笑む。



「あはははははははは!

いい様ねえ、ライル!


そろそろ限界なんじゃないのかしら?

どれだけ愛があっても、身体が動かなければそれまでよ。


ほら、見なさい。

いまからロクーラの首を切るわよ」



魔王は勝ち誇ったように、呪いで形成した真っ黒なナイフを、ロークの首に当てる。



魔王はローク諸共死ぬつもりだ。



いや、恐らく魔王はロークが死んだ後に、魂の抜けたロークの身体を奪うのかもしれない。



どちらにせよ、このままだと俺たちは負ける…!



「……はあ゛、はあ゛…あああああああ!

くそっ、ローク…ローク!愛し…てる。お前を、ずっと…」



俺は血を吐きながらも、なんとかロークを応援する。


もはやヤケクソだ。


涙で視界が濁って、ロークがどんな状況なのかも分からない。



「ろお……くうう……」


それでも、俺は必死に叫び続ける。




文字通り闇雲に、叫びにもならない叫びを必死で続けていくうちに、気がついた。



音がしない。



あのまま魔王がロークの首を切っていたら、何かしらの音がするはずなのに。




俺はぐちゃぐちゃに折れた手で涙をこすり、ロークを見る。



そこには…



「ローク…!!お前……!?」


ロークの身体は、ほとんど動かず、静止して立っていた。


首元にナイフを当てたまま、ナイフを持った腕だけが震えている。



「ろ、ロクーラ…あなた、この期に及んで邪魔しないで…!

大人しく死になさい…!


なんでまたロクーラの力が強くなって…?



………。


………くっ…ロクーラ、あなた…まさかこの状況で…!?



…ど、ドン引きだわ…!


こんな時にライルの姿に興奮してんじゃあないわよ…!

このヘンタイ色ボケ女があ…!」



魔王が泣きそうな声で叫ぶ。



そうだ、魔王にも余裕はない。




ロークは、本気で魔王を抑えている。



まだ負けちゃいない。

俺が諦めそうになってどうする?



俺の応援で、ロークは押し勝てる…!



それが俺にとって活力になったのだろう、俺は全身フラフラになり、身体中がきしみをあげながらも、ロークへの想いをぶち撒ける。



「ろ、ローク!負けるな……!がんばれ……!お前は俺の最愛の弟子だ!死ぬほどめんどくさくて、世話の焼けるくそったれな女だ!だがな…俺にとっては最高の嫁だ!お前のクソみたいな性癖にも全部付き合ってやる!お前が噛んでほしいと言ったら、いくらでも噛んで俺のモノだという証を付けてやる!お前が俺の血みどろ姿を望むなら、俺はいくらでも血にまみれて、お前をどれだけ愛しているのかを叫んでやる!だから、そんなチンケなドブカス女に負けてんじゃねええええええええ!!!!!!!!!」


俺は口や全身の傷口から血を吹き出し、命を削りながらロークを激励する。



「あ、ああ…あああああああああ…!」



魔王は、その常軌を逸した様子に恐れおののく。


それが最後の一押しになったのだろう、魔王は手元のナイフを落とし、地面に膝をついて頭を抱える。


「ひ、ひえっ……。

だ、だめよ。やめて。

やめてよ…ライル。

私…私以外の女に、そんなに身を削って愛を叫ぶなんて…。

私のことは全然、見てすらくれないのに………!

そんな、そんなことをしたら、またロクーラの力が強くなって…あ、ああ…私、私、私…。

あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!

いや!いや!いやあああああああああああ!!!!!

ご、ごめんなさい、私が、 私が悪かったわ!謝るから!! もう殺さないから、ロクーラの身体を奪ったりしないから、もうあなたをいたぶったりしないから、大人しくいい子にするから、もうやめてよおお!!!いじめないでよおおおおおおお!!!!!!」


魔王が自分勝手に泣き喚く。

俺は喉が潰れるのも構わず、魔王の願いを却下する。


「うっせえ!!いまさら謝んな! てめえは今まで散々好き放題やってきただろうが!! ロークに手を出そうとしたお前を許す気はねえんだよ!!俺たちに挟まれて、クソみたいな重い愛に潰されて消えろ!!」


魔王は半狂乱になって、頭を振りながら苦しみもがく。


「うっ……ああ……あああああああああああああ!!!!!!ら、ライルが………ライルが、愛してくれないいいいい!!!わたしを見てくれないいいいいぃ!!!!ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるいずるいいいいいいいいいいい!!!ロクーラばっかりいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」


魔王は苦しみのあまり、地面にうずくまった。


「あああああ!!! もうどうでもいい!! もういやああああああああああ!!!!こんな、こんな苦しみ耐えられない!だめええええ、もうやだにげるうううう!!!」


魔王の支離滅裂な絶叫と共に、ドラゴンの内壁のそこら中に血が吹き出した。


魔王の力が不安定になっているようだ。




そして次の瞬間……。


魔王が操っているロークの身体が、ガクンと力を失った。


「ローク…!」


明らかに、魔王が身体の支配権を維持できなくなったようだ。


俺はロークの身体が完全に地面に倒れる前に抱きとめた。


抱きとめた瞬間、ロークの背中から、真っ黒で邪悪なモノが抜け出ようとしているのが見えた。



「これは…!」


その気配を見てわかった。

これは、魔王の魂だ。



魔王の魂が、ロークの身体から抜け出して、ここから逃げようとしているのだ。


このまま魔王の魂を逃がせば、またロークのような器を探して、復活してくるかもしれない。



そうなれば、再び多くの人々が危険に晒されることになる。



かつて俺の両親を含め、多くの人々が力を合わせ、命を捧げて万全の魔王を倒した。

そして今、再び俺とロークが力を合わせて魔王の魂に打ち勝った。


その全てを、ここで逃がして無駄にする訳にはいかない。



「逃がすかよ!!」


俺は魔王の魂の周りに簡易的な守護魔術を展開した。


詠唱を完全に破棄した、極小の大きさの結界だが、魔王の魂を捕らえるには十分な大きさだった。



魔王の魂は素早く、捕らえるチャンスは僅かなものだった。


しかし、魔王の呪いを抱えたまま産まれ、生き残るために必死で今まで鍛錬をしてきたのが、ここで役立った。



『らいる!?やめて!みのがして!わたし、もういやなの!あなたにきずつけられるのが、もうたえられない!もうひとをころしたりなんかしないから、ゆるしてえええええ!』



捕らえられた魔王の魂が、俺に思念を送って助けを求める。


そのあまりの必死さに、一瞬躊躇しそうになったが、ロークの声が背後からした。



「騙されないで!そいつの言葉は嘘だ!


魔王はボクの身体でライルに泣きついたときでさえ、嘘を言ってたんだ。


そいつはここで逃げたあとも、ボクみたいな相性の良い身体に取り憑いて、また殺戮を始めるつもりだよ!

反省なんて、微塵もしてない!」


「…!

…ああ、分かってる!


ここで倒し切るぞ、ローク!」


「うん!」



『ひぃっ、やだ!やだ!やだああああああああ!!!』


魔王の魂は、俺の守護魔術の結界に阻まれて逃げられない。



「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」


俺とロークは、手に魔力を込めながら、魔王に駆け寄る。



魔王の魂は、俺とロークを見て怯えながら、思念で叫び続ける。



『ごめんなさい!もうしないから!やめてよ!ひどいよおおおおおおお!!!!!』




「「うるせええええええええ!!!!!!」」



バキィ!!!



俺とロークは、魔力のこもった渾身の一撃を、同時に魔王の魂へ叩き込む。



『う…ああああ…い…いや……あ……らいる………あなたを………あい…し………』



魔王の魂は、モロに俺たちの一撃を食らい、あっけなく霧散していった。





「はあ…はあ…はあ………やったのか?」



俺は肩で息を切らしながら、確認する。


ロークがそれに答える。


「大丈夫…だと思う。


ボクは魔王のイヤな気配をずっと感じていたけど、今ので完全に消えたみたい……。


今度こそ、魔王の魂は完全に消滅したはずだよ」



「そうか……良かった……本当に……」


俺はホッとしたと同時に、激しい疲労感と身体中の激痛を思い出し、倒れそうになる。



「……!

あぶない!」


ロークが俺を抱き止める。


「……ありがと……な…ローク。

お前が……頑張ったおかげだ…」


俺は意識が朦朧としながらも、ロークを労う。


「……そんな。

ライルがずっとボクのことを想ってくれたからだよ。


ライルがボロボロになりながらも愛を叫んでくれたから、ボクは魔王に打ち勝てたんだ。


あの時のライルの姿、すごくかっこよかったんだから…!」


「へっ…真っ裸でクソみたいなヲタ芸を踊り続ける男が、かっこいいって?


お前も本当に…変な女だよな」



「でも、そんなボクが好きなんでしょ?」



ロークがニヤニヤと笑いながら、俺に聞く。


俺は苦笑しながらも、ハッキリと答える。



「ああ……そうさ……。

ずつと前からお前を愛してる。


これからも俺の側にいてほしい、ローク」


「……うん、もちろん!」


「へ…へ、そうか。

ありが…とう…ローク…」




そう言い終わったところで、俺の意識は、愛する女の体温を肌に感じながら、心地よい達成感とともに沈んでいった。









======

あとがき・解説


距離感バグり天才王子様弟子系女子の十話目です。



弟子を本気で応援して、魔王を倒す回。

知能レベルを下げて読んでください。


なんか……いろいろとツッコミどころしかない話になりました。

オタ芸の下りは、徹夜明けの勢いで書いたので、ちょっと自分でもどうかとは思います。

三週間くらい展開に悩んだ末、他に納得のいく形で魔王を倒す方法が思いつかなかったのです。

世界観ェ……。

せめて事前に伏線でも残しておけば……。


なぜか書けているつもりで今まで書けていなかったのですが、一応この世界は、ごくたまに異世界から人やモノや文化が伝来してくることがある、という設定があります。

ライルの父親も、異世界の日本から来た人です。

その関係で日本や現代の文化が変な形で伝来してきています。

ライルも、亡き父親との繋がりを感じるからか、異世界の物品への興味が強いという背景がある感じです。


ロークは……相変わらず変態です。

ライルの裸踊りがロークの変な性癖に刺さり、魔王を倒す決め手になりました。

性癖が世界を救うこともある。

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