9.弟子とイチャついて魔王に対抗する


だが、そんな俺の意図を見透かしたように、魔王はせせら笑う。


「うふふ、無様で可愛いわね。


もう無駄なのよ、ライル。

さっきのは、ただのまぐれ。


ロクーラは今も頑張っているようだけど…二度目はないわ」


「うるせえ!

てめえはお呼びじゃねえんだよ!


邪魔だからすっこんでろ!」



「…あなたも少し、黙ってなさい」


俺の言葉も虚しく、魔王は俺に向けて手をかざす。



グググッと俺の身体がドラゴンの内壁に押し付けられる。


「ぐっ…うううう!」


生かさず、殺さず調整された重力魔術。

俺は壁に押し付けられ、全く身動きが取れない。



ひた…ひた…ひた…。


そうしている間にも、魔王はこちらに向かってゆっくりと歩いて来る。



ロークを助けないと。


「ロ…ク……。

頼む、起きてくれ……」


俺は必死に声をかける。



だが、魔王は意に介さないように、俺に近づく。



そして、俺の頬に手を添える。


「邪魔が入ったけど、仕切り直しよ。


キスからやり直して、愛し合いましょう。

あなたの初めては私のものなのだから」



魔王はもう一方の手を、俺の頭に伸ばした………。


と、思ったら。




ドゴォッ!!


という鈍い音が響いた。



「な…!?」


魔王が、自分自身の顔を殴ったのだ。


「がはっ!

なにを…」


魔王は面食らった顔をして、驚きの声を上げる。




…そうか。


さっき殴ったのは魔王本人ではなく、ロークだ。


俺に夢中だった魔王は、不意を突かれてモロにロークの拳を顔面に食らい、ふらつく。


「うおっ」


その弾みで、俺は魔王の重力魔術から開放された。



「いい加減に…しろ!

ボクのライルから離れろ!!」


ロークが自分の顔を、もう一発殴る。

鈍い音が、響き渡る。


「くっ、やめなさい!

私がライルの運命の女よ!

ロクーラ、あなたは邪魔をしないで!」


ロークと魔王、それぞれが交互に主導権を奪い合う。


「うるさい!

お前はライルを苦しめてばっかりで…なにが運命の女だ!


ボクの方が……ボクの方がライルを好きなんだ!

お前の自分勝手な気持ちなんか、愛でもなんでもない!



お前なんかにライルの初めてをやるもんか!!


ライルの初めては、ボクのものなんだからああああああああああ!!!

それをお前は!

お前はあああああ!!!!」


ボゴォ!!!!

と、ひときわ大きな音が鳴り響く。


「ぐあっ!……や、やめ…!」



ロークが珍しく、これ以上ないほどにブチギレている。



俺との初体験を魔王に奪われることが、ロークの変な逆鱗に触れてしまったようだ。




正直「怒るところ、そこかよ!?」と思わなくもないが…



そもそもロークはそんな女だ。



俺もそんな女を好きになってしまったんだからしょうがない。



ロークの顔から、ぼとぼとと血が滴る。


魔王は、殴られた目を手で押さえてうずくまる。



肉体を共有しているからなのか、魔王に対して、ロークの自傷行為がかなり効いているらしい。


だが、それはローク自身にも同じことだ。


魔王とローク、どちらが先に力尽きるかといえば、間違いなくロークの命のほうが先だ。


「お、おい…。


ローク、やめろ…!

それ以上はお前が……」


「いいんだ…!


ボクの身体くらい!」


俺の言葉を遮って、ロークは叫ぶ。


「こんなやつに、ライルの初めてを奪われることに比べたら、この程度!」


さらに一発、ロークは自分の顔を殴る。



ぼたぼたと、ロークの血が飛び散る




「ローク…!

そのままじゃ死ぬぞ…。

もう、やめろ!


俺が魔王に抱かれるくらい、お前が死ぬことに比べたら大したことじゃない!」


「嫌だ!

こんなやつに、こんなやつに!


ライルの初めてをやるもんかああああ!!!」


バキッ!


「きゃあっ!」


ロークの顔から、さらに血が滴る。



「ローク…!」


止められない。


俺が下手なタイミングで近づけば、魔王が現れた時に捕まってしまう。



そうかと言って、魔王を止めるためには、ロークが自傷し続けるしかない。


しかし、それではロークの身体が先に死ぬ。




一見すると、手詰まりだ。


だが、ロークの命がかかっている。

ここで諦める訳にはいかない。



俺は、どうすればいい?

どこに、魔王への勝ち筋がある?




…………。


…そういえば、なぜロークは魔王の支配から脱したんだ?


なにか、ロークが力を得るきっかけがあったのでは…?




…………そうか。


───その疑問の答えが分かった瞬間、俺はすぐにやるべきことを理解し、実行に移した。



「ローク!

俺を見ろ!」


「ライル?」


ロークは、驚いたようにこちらを見る。


俺はそんなロークに向けて両手を伸ばし……抱きしめた。


「え!? あ……」


突然抱きしめられたことに戸惑うロークを、さらに強く抱きしめる。


「だ、だめだよ…ライル。

早く離れて…!」


ロークは、魔王を警戒して俺から離れようとする。


「ローク! 聞け!」


俺は強く呼びかける。

ロークはピタリと動きを止める。


「お前を愛してる。


その気持ちは、これから先、お前に何があろうとも変わることはないと誓う」


「ライル……」


ロークは動きを止めて、俺の言葉を聞く。

やはり魔王は、出てこない。


「お前は、俺を愛しているか?」



「…うん……もちろんだよ」


そう答えたロークの声は、先ほどよりも少し落ち着きを取り戻している。



やっぱりだ。


今までのことを振り返ると、とっくに魔王が浮かび上がってもおかしくないのに、まだロークに主導権が残っている。





これは、心の戦いなんだ。



ロークの想いの力と、魔王の想いの力。



どちらかの想いが上回れば、上回ったほうの人格が肉体の主導権を握る。


ロークの気持ちが、俺を想う心が勝てば、魔王は出てこられない。



さっきロークが復活したのは、魔王に俺を奪われそうになったという怒りの想いが爆発したからだ。




だが怒りのあまり、ロークは魔王に対して自傷で対抗している。

それではロークの身体がもたない。



だから、怒りではなく、その他の強い想い───愛情で戦わなければ。




そして外部から俺にできるのは、ロークに愛情を伝えて、その気持ちを強くしてやることくらいだ。



───いや、もう一つ。






「……!

ライル!!」



ロークが慌てるように俺に声をかける。



魔王が、表に出ようとしている。



「分かってる!離れるぞ!」



「うん!」



俺はロークの意図を一瞬で察し、ロークから離れる。



ロークも勢いよく俺から離れていく。



……が、数歩走ったところで、急に俺の方へ振り向いてくる。



「待ちなさああああああい!!」



ローク……ではなく、ロークから切り替わった魔王が俺に飛び掛かってきた。




俺はほんのわずかな時間で、守護魔術を展開した。




光の中級守護魔術、「光の靄」。



硬い壁を展開する結界ではなく、周囲にやわらかい、衝撃を吸収するクッションのようなモヤを展開する魔術だ。



当然、まともに魔王の攻撃魔術を受け止めるほどの頑丈さはない。



さっきまでの魔王の力量を考えると、一瞬たりとも止められるはずがないが……。





「こんなもの!」



魔王も俺の守護魔術が想定よりもはるかに弱いことを感じ取り、火球を飛ばす。



だが、火球はモヤの表面を焦がした程度でほとんどの衝撃は吸収され、魔王は勢い余って光の靄に突っ込む。


「きゃあ!」


ばふっとした柔らかい音を立てて、魔王はモヤに跳ね返される。



「なっ? なぜ!?

この程度の守護魔術がどうして消し飛ばせないの!?


それにさっき、どうして止まれなかった!?」


魔王は混乱して叫ぶが、すぐに原因に気づく。



「……ロクーラ……!

あなたの仕業なのね……!」



魔王は憎らしげにつぶやく。


そうだ。



肉体を操作している魔王の裏側で、ロークが魔王の邪魔をしているのだ。


だから、魔王はまともに火球を撃つことができなかったし、俺に飛び掛かった勢いのままバランスを崩して光のモヤに突っ込んでしまった。



今までは魔王が表に出ている状態では、ロークは魔王の邪魔ができなかったはずだ。



それが今は、ロークは魔王の妨害ができるようになった。




それはつまり、ロークの心が魔王の心を押しているということだ。



俺がロークを応援したのが効いている。





それだけではなく、もう一手打ってやる。




俺は、モヤの反対側で魔王が俺に迫ろうとしているのにも関わらず、魔王とは関係のない方向を見て、魔王の存在を無視する。



「ライル……!」



魔王が驚いた顔をして、俺に手を伸ばしながら走ってくる。



「どこを見ているの?



あなたの相手は私でしょう!?」



「……」



魔王が叫ぶが、俺は何も聞こえなかったように振る舞う。


「ライル!!」


魔王は光のモヤを何とかかき分けながら、俺に迫る。



「何を強がっているの?

私はあなたの全てを奪う女よ。



あなたが恐れた女が、あなたの愛した女の姿で迫っているのに、怖がらなくていいのかしら?

震えて怯えなさい!!」



「……」



魔王は俺に語りかけるが、その声を俺は無視する。

魔王の声に、焦りが混じっているのを俺は聞き逃さなかった。



「そ、そんなに私を無視しちゃって……。



あなたにとって、私はその程度の……」




魔王の焦りがさらに大きくなる。



「いえ、そんなはずはないわ。

あなたの人生を狂わせたのは私だもの。



……そ、そうよ、逃げるのを諦めたのね。

あなたって本当に可愛いんだから。



そこで待っていなさい。

優しくじっくり犯してあげるから」



魔王はモヤをかき分けて、俺に近づく。



光のモヤは勢いよく突っ込んでいくと身体ごと弾かれるが、ゆっくり確実にかき分けていくと侵入を阻まなくなる。




魔王は時間をかけてモヤを通り抜け、俺の身体に抱き着いてくる。



さっきまでの俺なら全力で逃げようとするはずだが、まだ動かない。




あるタイミングを待っているのだ。



より、効果的に魔王に精神ダメージを与えるタイミングを。




「ふふふ、ちゃんと待ってくれて嬉しいわ♡


やっぱり諦めたのね。



あなたはもう、私から逃げられないんだから。

さあ……」




魔王は俺の顔に手を添え、キスをしようとする。



あと少しで唇と唇が触れる、その瞬間。




「ローク!!」


俺はロークに呼びかける。



「うん!!」



ロークが俺の呼びかけによって身体の主導権を取り戻し、そのまま俺にキスをする。



「ん……」



俺の口の中に、舌を差し入れてくるローク。

ロークも、俺が何をしようとしているのかを理解しているようだ。



俺もロークに応えるように、舌を動かす。




俺たちは魔王など最初から存在しなかったかのように、口づけにふける。


それは互いに愛を確かめ合う恋人のそれであり、その関係に魔王が差し込んでくる余地は微塵もない。




「えへへ。

ライル、魔王の力が弱くなったのを感じているよ。



『そ、そんな……。

私を差し置いて……』って苦しんでいるみたい」


ロークは俺とのキスを止めて、そんなことを言ってくる。




自分から俺にキスしようとしたのに、キスの直前になってロークに主導権を奪われたのだ。


しかも、一番の特等席で見ていることしかできない。



魔王の独占欲の強い性格を考えると、相当に精神的に辛いはずだ。



よしっ。



魔王の目の前で、俺自身をロークに寝取らせる。



言葉にするとクソそのものな作戦だが、俺は心の中で確かな手ごたえを感じた。



だが俺はわざと、魔王が力を失っているのをどうでもよいかのように振る舞う。


魔王にはなんの感情も抱かないのが一番効くはずだからだ。



「あんな奴のことはどうでもいいよ。

いてもいなくても、俺たちには関係ない。


そんなことより……」


俺はロークを抱きしめ、その耳元で囁く。



「お前のことだけ想っていたい」



「えへへ……。

ボクもだよ」



ロークは幸せそうに言う。



「愛してるよ、ライル」



ロークはそのまま、再び俺にキスをした。

俺はそのまま、キスを続けていたかったが……。



「…!ライル!」


「おう!」



ロークの合図で、俺たちは互いに離れる。


そして…



「どうして! どうしてよ!?



あなたの唇は私のモノ。

ロク―ラなんかに渡したつもりはないんだからあ!」



ロークと入れ替わった魔王が叫ぶ。



すでに、魔王と俺の間には、新しく光のモヤを展開している。



俺は「心の底から、クソどうでもいい」という顔で、魔王がいない方向を見て寝転ぶ。



「ライル……!!


こっちを見なさい!

私を無視して他の女とイチャつくなんて、許せないわ!」


魔王は、また光のモヤをかき分けてくる。



だが、俺は全く興味がないかのように、あくびをする。



生前の破壊の化身である魔王だったら、俺はとっくに消し炭にされているところだ。



だが、幸か不幸か、魔王は俺に愛情のようなものを抱いている。



今までの憎悪が俺に対する執着に転換しているせいか、俺を殺すことはできず、俺を他の誰かに奪われることを恐れるようになった。




つまり、俺とロークがイチャついている様を見せつけられ続ければ、魔王の精神にはダメージが蓄積され、ロークの身体を支配する力を失っていく。



その上、ロークが俺からの愛情を感じることで、ローク自身の心の力が強くなっていく。


二つの方向で、魔王は不利になるのだ。



もちろん、ロークが俺の応援で心の力が強くなっていくのであれば、魔王自身にも、心の力が回復する方法があるのだろう。




魔王の心が回復する方法……おそらくそれは、俺からの感情を受けることだ。




魔王は俺の愛情だけでなく、憎しみを受けることを望んでいる。



俺の感情や想いの全てを、好意的な感情か負の感情かに関わらず独占できることが、魔王にとっての至福なのだ。




だからこそ、俺にとっての最適解は、魔王を無視することだ。




愛情の反対は無関心。




魔王に何の感情も示さず、心の底からどうでもいい存在として無視すれば、魔王の心は寄る辺となるものを失う。




魔王を無視し続けて、ロークとのイチャつきを魔王に見せびらかす……!



バカみたいな話だが、絶大な力を持つ魔王を倒すにはそれしかない。


だが……。




「そう……そういうこと。

私を無視すれば、私の心が折れると思ったのね。



ふふふ、目の付け所は悪くないけど、甘いわ」




魔王も俺の狙いに気づいたのか、さっきよりも落ち着きを取り戻してしまった。



これは、よくない傾向だ。




「いいわ。


そんなに私を無視するというのなら、嫌でも気になるようにしてあげる。


愛する人を振り向かせるのも、恋人である私の役目よね」



魔王はそんなことを言いつつ、何かを唱えた。

嫌な予感がするが、俺は魔王を見ないようにする。



ロークと魔王の力関係には、おそらく波がある。

今は魔王が優勢だが、いずれロークが身体を取り戻す。



それまで俺が、魔王を無視し続けなければ。


とにかく無視。

無視だ。



だが、魔王を無視できない状態に追い込まれたら……。



…どうする?



俺に焦りの汗が流れた。



「ほら、ライル。


そんなに悠長に待っていていいのかしら?


早く私を止めないと、愛しのロクーラの身体に傷がついちゃうわよ」



魔王は妖しい声色で、俺を誘惑する。

俺は無視する。



「見てないようだから教えてあげる。


今、ロクーラの手首を切ったわ。

綺麗な血よ。


これからもっともっと、ロクーラの身体を壊していくから。


楽しみにしててね♡」



「……!」


俺は歯を食いしばった。




魔王がせせら笑う声が聞こえる。



魔王は俺のわずかな動揺を、見逃さなかった。





========



*後書き・解説


距離感バグり天才王子様弟子系女子の九話目です。


絶対的な戦闘力を持つ魔王に対抗するために、弟子とイチャついて脳破壊をする回。

次回勝ちます。


全員が全裸で命をかけたアホな戦いをしております。

ライルもロークも魔王もみんな頭が悪いです。

まともに戦うと魔王が圧倒的すぎて勝てないので、アホなメンタルの戦いに持ち込みました。


魔王はまともに他者と人間関係を持ったことがないので、力の強さの割に精神がかなり幼いです。

当然想い人を他の女に寝取られることにも耐性がありません。


そのため目の前でバカップルのイチャイチャを見せつけられるだけで相当な精神ダメージを負うくらいの豆腐メンタルです。


そのせいか、魔王の強キャラ感を表現したかったのに、溢れ出るポンコツ感が抑えられませんでした。

ポンコツじゃなかったら、勝ち筋が全く無いくらいに実力差があるのでしょうがないのですが。


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