8.弟子の身体で、魔王が愛を囁いてくる


その日の夜のことだ。



ふと、目が覚めた。


腕の中で抱きしめていたはずの、ロークの感触が無くなっていることに気がついたのだ。



「ローク…?」


俺はドラゴンの身体の中でロークに呼びかけるが、返事はない。


ロークはどこに?


俺は不安になり、ドラゴンの身体のシェルターを探してみるが、ロークの姿は見つからない。


「ローク、どこだ?


いたら返事してくれ!」


俺が大きな声で呼びかけても、返事はない。

まさか、ドラゴンの外に出たのか?

一体なぜ?


……嫌な想像が頭をよぎる。


外からはまだ砂嵐の音が響いている。



ロークも一応、守護魔術を使えるが、激しい魔力風を防ぎ続けるほどの力はない。


ましてや、ついさっきまで寝込んでいて万全の状態ではないのだから、ロークが外に出て行くのは危険すぎる。



俺は焦りながら、閉じていたドラゴンの腹を開く。

そして砂嵐が入ってこないように守護魔術を展開しながら、外の様子を覗き込んだ。


外は予想通り、視界一面を死の砂嵐が覆い尽くしていた。



これでは何も見えない。


いくら俺が守護魔術で身を守れるとはいえ、こんな視界であてもなくロークを探すのは不可能だ。


「ローク…」


俺は頭を打たれたような焦燥と、めまいに襲われる。



ついさっき、ロークを生涯守ると誓ったはずなのに。

ロークと添い遂げて、幸せにしてやろうと誓ったのに。



俺はなぜ、こんなに無力なんだ。

俺はなぜ、寝ている時も警戒を解かなかったんだ。



俺は自分の無能さと不注意さを呪った。



ドラゴンの腹から顔を出し、砂嵐の外を見渡す。


「ローク!

どこだ!?

聞こえたら返事してくれ!」


叫んでも返事はない。

それでも、叫ばずにはいられなかった。

 


「ローク……!

戻ってきてくれよ…!」


俺は半ば泣きそうな声で、最愛の女の名を呼ぶ。


砂嵐は俺の声を無慈悲にかき消す。


このままロークは帰らず、永遠の別れになるかもしれないという恐怖を、俺は感じ始めていた。



「ローク…!

頼むから…」


そんな俺の切実な願いも虚しく、ドラゴンの腹から見える範囲では、やはり何も見つけられない。



……と、思ったところだ。


砂嵐の向こうから、見慣れた人影が近づいてきた。



あれは…


「ローク!!」


俺は歓喜の声を上げ、守護魔術で身を守りながらドラゴンの腹から飛び出した。


人影は、やはりロークだった。


「ローク……!」


俺は思わずロークに向かって駆け出し、抱きしめた。


「無事で良かった……。

ほんと、お前はいつも心配させやがって… 」


俺は安堵から、ロークへ愚痴をぶつける。



しかし…。


「………」


ロークは返事をしない。


「ローク?」


俺が声をかけても、ロークは虚ろな目をして、視界が定まっていない。


よく見ると、ロークは下着姿で、身体中にベッタリとした赤い血が付いている。


「お前、怪我をしてるのか…?」


明らかに様子のおかしいロークに、俺は状況が予想よりも悪いことに気がついた。



「いったん戻るぞ…!」


俺は虚ろなロークを抱きかかえ、ドラゴンの腹の中へ急いで戻る。



そして、ロークの身体をしっかりと観察すると、彼女の身体には傷がないことに気がついた。


ロークに傷がないなら、これはローク自身の血ではない。



では、これは何の血だ?


いやそもそも、ロークはなぜこんな状況で外に出た?


なぜロークは動いているのに、虚ろな目で俺の言葉に反応がないんだ?



いくつもの疑問が俺の頭を駆け巡る。



しかし、血まみれのロークをそのままにはしてやれないので、まずは身体中の血を拭き取ってやることにした。



血を拭いているときに、血の匂いや独特の色味、強めの粘り気から、ロークの身体にまとわりついているのはドラゴンの血だと分かった。


他のドラゴンの死体の血を浴びたのか?


こんな砂嵐の中をわざわざ歩いて、他のドラゴンの死体に潜っていたというのか?


なぜ?



……疑問はあるが、とりあえずロークを綺麗にして看病に努めよう。


今俺がロークのためにできるのは、それくらいしかない。



そう思い、俺はロークの顔にタオルを当ててやろうとした。


その時だ。




どこにも焦点が合わなかったロークの瞳が、俺の方をジロリと見つめてきた。




「…なっ…!」


唐突な動きに、俺は背筋が凍るような気がした。


本来ならばロークが意識を取り戻したはずなのだから、嬉しいことのはずだ。



だが、俺はその瞳の向こう側に、何か邪悪な存在がうごめいているのを感じた。



ロークは俺をじっと見たまま、俺の首を掴む。


「ぐっ…!?」


ロークは恐ろしいほどの力で、そのまま俺の首ごと顔を引き寄せる。




そして、ロークはもう片方の手を俺の頬に添えながら、俺に無理やりキスをしてきた。


「むうっ!?」



舌で無理やり貪ってくるような、強引なキスに俺は混乱する。



ロークの唾液から、生々しい血の味がしてくる。


これは、ドラゴンの血だ。

しかも心臓付近の、特に濃い血の味だ。


ロークはドラゴンの心臓を食べるために、外に出ていたのだと分かった。



俺はロークを引き剥がそうとするが、むしろ両手でがっしりと掴まれ、身動きが取れない。



そのままロークは顔を離し、俺にのしかかるようにして押し倒してきた。


「ぐっ……!」



ロークにのしかかられ、俺はなんとか抜け出そうとするが、ロークの力は信じられないほど強かった。



ロークは俺に馬乗りになったまま、俺の顔をじっと見つめてくる。




しばらくロークは無表情だったが、突然にいっと笑みを浮かべる。



「ふ、ふふふふふふふふふ」



普段のロークなら、絶対にしないような笑い方で俺に微笑みかけてくる。



そして、ロークは俺に向かってこう告げる。



「ライル。


ふふふ…私のライル。

私だけのライル。


やっと会えた。



…ねぇ、ずっと寂しかったわ」



「!?」


俺はロークの言葉に驚いた。

普段のロークからは絶対に考えられない口調だったからだ。



まるで誰かがロークの姿を借りて、俺に語りかけているような…。



ロークは操られている。

俺はそう確信した。



考えたくはないが、ロークを操っているヤツの正体は…。



そう思考を巡らせる俺に構わず、ロークの姿をした者は一方的に話を続ける。



「ずっとあなたを見ていたの。

真っ暗な闇の底から、ロクーラの視点を通して。



ずっと、見ていたのに。



あなたに触れることができなくて。


あなたに私を見てもらうことができなくて。


あなたに愛されなくて。




苦しかったわ」



ロークの姿をした者は、そう言いながら、俺の頬を撫でてきた。



その撫で方は、恋人に対するものでもありながら、まるで家畜を愛でるような支配的なものも混じっていた。



「でも、この身体なら……ふふふ。


ロクーラになった私なら、あなたを」



そしてそのまま女は、俺の首筋から胸元まで手を這わせる。


俺はそのヘビが這うような手つきにゾっと鳥肌が立った。



「お前……誰だ?」



俺が問いかけると、女が嘲笑うかのような笑みを浮かべる。



「誰だなんて、ひどい人ね。


分かっているくせに。



あなたは私を、ずっと知っていたでしょう?」



そう言うと、女は俺の腰の上に跨がったまま、ロークの下着を脱ぎ捨てて裸になる。



そしてそのまま、俺に身体を寄せてくる。


「やめろ……」



俺が抵抗しようとすると、女は俺の口をキスで塞ぎ、告げる。




「私は魔王。


そう呼ばれていた時もあったわ」




「なっ…!」



魔王…。


世界中の人々の運命を好き放題壊しまくり、肉体が死んだあとも魂だけロークに取り憑いて生き長らえた、クソ女。



そいつがロークの身体を操って、ロークの声で、顔で、俺の目の前に現れている。




それが意味するところは…。



俺は、自分の血の気が引いてくるのを感じていた。



「お前、ロークに何をした…!


ロークを返せよ…!

その身体は、お前が使っていいものじゃねえ!」



ロークを失う恐怖を誤魔化すために、怒りを魔王にぶつける。



だが、魔王はロークの顔を使って、まるで子供をあやすような表情で、俺を嘲笑う。



「ふふ、怖い顔。


ずいぶんロクーラを愛しているのね。

私を目の前にして他の女に熱を上げるなんて、妬いちゃうわ。



でも、安心して。


まだ、あなたが恐れていることにはなっていないから」



「まだ?」



「そう、『まだ』よ。


まだ私は、ロクーラの魂を取り込んでいない。



今出てきたのは、ロクーラが私の力を求めたことで、私の力が一時的に回復してきたから。


その力を使って、あなたに一目会うためにロクーラの身体を奪っているだけよ」



「俺に会うために…?」


俺は、ロークが完全に魔王と一体化してしまうという、最悪の事態にはなっていないことに安堵した。



しかし、魔王の意図が分からず、困惑する。



「私はまだ完全に力を取り戻していないから、ロクーラの魂を取り込むことはできないの。



でも、一度あなたと会って、私を知ってほしくて。


それで今回は力を振り絞って、あなたの前に現れたってわけ。


そのためにずいぶんと力を消耗しちゃったから、ドラゴンの心臓を食べて魔力の足しにする手間もかかったけど…。


まあ、あなたとロクーラが完全に結ばれる前に接触できただけでも儲けものね」



「…お前、何を企んでいる?


そこまでして、なぜ俺に執着するんだ? 」



俺はますます理解できなくなるが、そんな俺を魔王はくすくすと笑う。



「もう、分からないの?

ほんと、あなたって可愛いのね。



それはもちろん、あなたを愛しているからよ」




「…あ、愛して…いる…?


俺を?」



俺は困惑した。




こいつは魔王だ。


今まで直に見たことは無かったが、魔王は誰も愛さず、ただ憎しみのままに世界中の人々の命を奪った化け物だと伝え聞いている。



そんな魔王が、なんで俺を……。


しかも、俺は魔王にクソみたいな呪いをかけられた立場だ。



俺の人生を滅茶苦茶にした張本人が、俺のことを愛している、だと?


なんの冗談だ?



困惑している俺を見た魔王は、くすくすと笑いを続ける。



「やだもうライルったら……ほんとにかわいいんだから……うふふ。



………愛よ、愛。



私はロクーラの身体に潜り込んだのだけど、ロクーラはずいぶん強い娘だったから、すぐに身体を奪うことができなかった。


それでロクーラの中の、真っ暗なところにずっと閉じ込められていたのよ。



そこではロクーラの視点を通して、ロクーラの記憶や感情が私に流れ込んできたの。



その中には、あなたへの深い愛情が常にあった。



純粋な憎しみの塊だった私は、純粋が故にあなたへの愛に染まった。



そしてロクーラと同じように、私もあなたからの愛を渇望するようになった」



魔王は、愛おしそうに俺のことを見つめながら語る。


だがその顔とは裏腹に、俺の首に手をかけて、ギリギリと首を絞めてくる。



「…うぐっ…!

や、やめ…」



俺は魔王の腕を首から剥がそうとするが、びくともしない。


魔術で吹き飛ばそうにも、ロークの身体に怪我をさせるわけにはいかない。



「それだけじゃないわ。


あなたは、私を殺した勇者どもの息子。

憎らしいグズ共が遺した男よ。



私はあなたの両親そのものではなく、まだ生まれてもいないあなたに呪いをかけた。



なぜかって?


あなたの両親に直接呪いをかけるよりも、その息子に呪いを遺したほうが、より苦痛を与えて殺せると思ったの。



つまりね。



ただの、い・や・が・ら・せ♡



ふふ……ふふふ……!」



「ぐ、クソがあッ……!」



俺は魔王の腕を離そうとするが、息ができないせいで、だんだんと力が入らなくなっていく。


そんな俺を嘲笑いながら、さらに魔王は追い討ちをかけるように続ける。



「私の目論見通り、あなたの両親は呪いで死んだ。



でも、あなただけは死ななかった。


あなたは私がかけた呪いをその身に宿しながら、血の滲むような努力で、私の呪いを制御してしまったの。




…ほんと、素敵!



ロクーラを通して初めてあなたを見た時。


必死で生き延びて成長したあなたを見て、私がどれだけ驚いたことか…。



私は、その時からあなたを壊したくてたまらなかった。



とっくに身体はボロボロなのに 、それでもロクーラに愛情を注ぐあなたを見たら、胸がうずいてしまって…。


あなたへの愛しさと憎らしさでぐちゃぐちゃになって、私にとってあなたは何よりも特別な存在になったの」



そう言うと、魔王は俺の首から手を離し、俺の服を脱がせてくる。


「やめろ……!」



俺は必死に抵抗するが、魔王は異常な怪力で、俺の服を安々と脱がしていく。



「抵抗しないほうがいいわよ。


私は今、ロクーラの身体のリミッターを外して、強制的に筋力を引き出している。



あなたが抵抗すればするほど、それを抑えるためにロクーラの身体の限界を超えて力は発揮され、その反動で身体はどんどん壊れていく。



ロクーラを大切に思うのなら、大人しくしておくことね」



「ちいっ…」


俺は抵抗を諦め、魔王にされるがままになる。



「ふふ……いい子ね。

素直なあなたもだいすきよ」



俺が抵抗をやめたことに気をよくして、魔王は俺の下着まで全て脱がせてしまう。


そのまま俺の身体に跨がってくる。



「さあ……ようやく…ずっと待ち望んでいた時が来たわ」



「…何をするつもりだ?」



「あら、今更分からないふり?


うふふ、まあ良いわ、教えてあげる。  




………今からあなたと交わって、子供を作るの♡




ロクーラではなくて、魔王である私と、あなたの子供。


きっと、すごく可愛いらしくて、とっても残虐な子が生まれてくるわ」



そう言って、魔王はロークの身体で、お腹をさすりながら笑みを浮かべる。



「なんだって?」



俺は驚きの声をあげる。



魔王と俺の子供?


冗談じゃない!



「な、何馬鹿なことを言ってるんだよ。


その身体はロークのものだろうが。


その身体で子供を作ったって、ロークと俺の子で、お前の子なんかじゃねえ。



そもそもお前なんかと、誰が身体を重ねるかよ。

これ以上ロークを穢すのはやめろ!」



俺はせめてもの時間稼ぎのために、無駄な強がりを言う。



正直言って、ロークの身体を支配されている以上、とっくに俺は詰んでいるからだ。



なにか…打開できる手がかりはないか…?



「うふふ、強がっちゃって…。


私がロクーラの身体を支配しているときに妊娠したら、その子は私の子よ。


その子に私の魂を分け与えることで、世界への憎しみを抱くようになるのだから。



そうなったら…ふふ、想像しただけでゾクゾクしちゃう。



私とあなたの子どもたちが、世界への憎しみを抱いてたくさんの人を殺して回るの。




私はあなたの四肢を削ぎ落とし、なんの抵抗もできない状態で、ロクーラを取り込んだ私に縛り付けてあげる。



あなたはイモムシみたいになった状態で私に犯されながら、世界が崩壊するのをただ見ているしかできないのよ。


もちろんそうなっても、あなたはロクーラとなった私を愛さずにはいられないでしょうから…。



ふふ…私とあなた、お互いに深い憎しみを抱きながら愛しあっていくの。



素敵でしょ?」



「ざけんな!


その口で反吐の出るようなことを言うんじゃねえ!」



俺は聞くに堪えないあまり、魔王の口を塞ごうとする。


あくまでもロークの身体だから、怪我をしないように気を遣ったのだが…。



それが裏目に出て、簡単にかわされてしまう。



「もう、危ないわね……。



そんなんじゃ、愛しのロクーラを傷つけちゃうわよ。

大切な人をその手で傷つけるようなことをしてもいいのかしら?



…あっ!


よくよく考えたらあなたって、自分で両親を死なせちゃっても平気で生き永らえているものね。


それならロクーラを傷つけたり、殺したりしても、意外とあなたは平気なのかも。



いいじゃない、ロクーラが死ぬまで私を殴ってご覧なさいな。



例えロクーラの肉体が死んでも、私の魂は死なないけれど♪」



魔王はロークの首を、手で切るような仕草をして俺を挑発する。



「黙れ!」



生まれて初めて、心の底から誰かを殺してやりたいと思った。



だが、目の前の女はロークの身体を使っている。



俺は奥歯をぐっと噛み締めて、殴りたい衝動を抑える。


「怖い顔しちゃって……。


そんな顔をしていると、ロクーラが怖がっちゃうわよ」


「お前が言うな!」


「うふふ、怒った顔もかわいいわね」



魔王は嬉しそうに笑うと、俺の頭を掴んでキスをしてきた。


なすすべもなく、口の中を蹂躙される。



「ああ……やっぱりあなたの味って最高よ」


「クソが…死ね」



打つ手の見つからない俺は、空虚な拒絶の言葉を呟くことしかできない。



そんな俺の頭を優しく撫でながら、魔王は耳元で囁いた。



「ねえ、ライル。


…私ね、前世からたくさんの命を奪ってきたけど、性交はしたことがないの。



殺すのは楽しいけど、命を作るための行為って何だか気持ち悪くて。



でも、私の呪いを受けて、全身から死の匂いが漂うあなたとなら、私は喜んで交わりたい。



あなたもまだ女の身体を知らないみたいだし、お互い初めてを捧げ合うのって、素敵でしょ?



あなたの運命の女はロクーラなんかじゃない。

他ならぬ魔王であるこの私が、あなたの運命の女よ。



だって、そうじゃない。



あなたの人生は、生まれる前から何もかもを私に壊されていたんだから。



それって言い換えれば、あなたの人生は私のものってことじゃないの。



あなたがロクーラと会ったのも私がきっかけなんだから、ロクーラは私のついでに、あなたと関わりを持った女に過ぎない。



それなのに、私が表に出れないのを良いことに、私より先んじてあなたとキスをしたり、私の見えるところで散々イチャイチャしていたりするのを見てると、はらわたが煮えくりかえってくるの。



許せないわ。



もちろんロクーラの全てが私に取り込まれてしまえば、ロクーラがあなたと愛し合った記憶も私のものになるけれど、それでも魔王である私とライルの初キスが奪われたことには変わりない。



これ以上、私の男をロクーラに奪われる訳にはいかないのよ。


だから…ね、ライル。


あなたで、私を貫いて」



自分勝手な都合を延々述べたあと、魔王は俺の頭を押さえて、再びキスをしてきた。


今度は舌の奥まで絡めてくる。


「んぐ……!」


魔王はキスをしながら、手で俺の身体をまさぐる。

そして股を開き、俺と繋がろうとしてくる。



俺は少しでも拒絶をしてやろうと、必死に魔王の腰を掴み、押し返す。



だが、力の差は歴然だ。


魔王は、そんな俺の抵抗をあざ笑うかのようにロークの身体を動かし、無理やり俺を迎え入れようとする。




もはや、これまで…。


ごめんな、ローク…。



そう、諦めかけた時だ。




「…?」




魔王が、動かない。




あと少しで俺を犯そうとしていたのに…なぜだ?



ポタッという音がして、俺の頬に水滴が当たる感触がした。




見ると、魔王が泣いている。


真っ赤な血の涙を流したまま、静止している。



「い…いや…だ」



魔王が、消え入りそうな声を絞り出す。



…いや、違う。



これは、魔王じゃない。



「ローク…?


ロークなのか!?」





ロークの意識が、戻りつつあった。





======


・後書き・解説



邪悪な魔王が出てくる回。


書いていくうちに妙に筆が進み、事前に想定していた以上に魔王が邪悪な女になってしまいました。


恐ろしく強い以外は、普通に最低な女です。


まともに戦って勝てる者はいません。


幸か不幸か、ライルのことが大好きになっちゃったらしいので、そこを起点に精神攻撃をして、勝ち筋を探っていく感じです。



ライルからすれば、存在そのものが迷惑にも程がある。


私の小説にはヤバい女ばかり出てくるので、それに振り回される男性主人公たちには申し訳ないな、と思いながら書いてます。




魔王本人は嫌がらせのためにライルに呪いをかけたと自覚していますが、現役の魔王だった頃から無意識的にライルに興味を持っていました。


最強であるはずの自分を倒した、ライルの両親。


その二人が魔王を倒せた理由こそが、二人の固い愛だったわけで、魔王はその強さに興味を持ちました。


だからこそ、その愛の結晶であるライルに呪いをかけて、ライルと関わって愛を知るために、自分との縁を繋ごうとしたのです。


当の魔王本人は、そもそもの憎悪や悪意があまりに大きかったので、自覚はしていませんが。


結局、もう一度その愛に敗れることになります。





以下魔王の詳細です。

裏設定的なものなので、そこまで読まなくてもいいです。



・魔王

憎悪の化身。『よどみ』の王。


この世界には魔法や魔術などの超常的な力がある。

この力は非常に便利だが、使用するたびに副作用として僅かな呪いが発生する。


その呪いが蓄積し、長い年月をかけて凝縮していくと『よどみ』になる。


世界の『よどみ』の量が一定量を越えると、世界そのものを破壊しようとする邪悪な意志として、魔王のような存在が発生するようになっている。


この魔術世界は数百万年続いており、作中前後200年ほどの期間が、ちょうど各地で『よどみ』の許容量の限界を迎えるタイミングだった。


なので、魔王はたくさんいるヤバイ連中のうちの一人に過ぎない。


この『よどみ』から生まれたヤバい奴らをどうやって対処するかに、世界の命運がかかっている。




ライルたちはその真っ最中の時代を生きている。


激動の時代ではあるが、ライルたちのような人々が奮闘して、無事に世界は存続するはず。





魔王はもともと小さな田舎の獣人の娘だった。


しかしある日、村はずれの深い洞窟の裂け目に転落し、そこに蓄積していた大量の『よどみ』が身体に入り込んでしまった。


その日から、彼女の本来持っていた善性はかき消され、破壊の化身の魔王が誕生することになった。


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