7.弟子と過ごす砂嵐の夜

「よし、なんとか砂嵐までに間に合ったな」



俺はドラゴンの死骸を目の前にして、独り言をつぶやく。


ちょうどさっきまで、ロークが倒したドラゴンの死骸の中身を取り出し、巨大な空洞を作っていたのだ。



「内部の洗浄も終わったし、あとはロークをここに休ませるか…」


俺はロークを休ませているテントに向かい、テントの布を開けた。



ロークは額に汗を浮かべながら、苦しそうに眠っている。


数時間前にドラゴンの群れを全滅させてから、ロークはずっと眠ったままだ。


「ローク、大丈夫だからな。

俺がついている」


「……うぅ……」


俺が声をかけると、ロークは苦しそうにうめき声をあげる。



無理もない。


あれだけのドラゴンたちを瞬殺するほどの、強力な力を使ったんだ。


ずっとロークの側にいた俺さえも全く知らない力だったが……身体に相当な反動があるのは分かる。



俺はロークの頭を軽く撫でた後、彼女の身体を抱えて、ドラゴンの死骸に運んだ。


そして、ロークをドラゴンの死骸の中に寝かせた。

床に布を敷いて、なるべくロークが汚れないように気をつける。



魔術や魔道具などを使用して、ドラゴンの体の内部を可能な限り洗浄したものの、匂いだけはどうしても残ってしまった。


まあ、こればかりはしょうがないか…。



俺はドラゴンの死体の中に、他の荷物を全て格納したあと、ロークの横に座り込む。


「あとは……これから来る砂嵐をしのいで、救援を待つだけだな……」


ドラゴンの死体の外には、広大な荒野と、その中に点々と転がる他のドラゴンたちの死骸が見える。



今の時点では、この荒野は穏やかだ。



だが、まもなく激しい砂嵐が襲ってくる。



この荒野には、ドラゴン以外の生命は住んでいない。

定期的に吹く特殊な砂嵐が、尽く生命を殺してしまうからだ。



ここの砂嵐は、魔力をふんだんに含んだ魔力風と、その魔力に引き寄せられた、非常に硬く尖っている砂でできている。


この砂嵐に遭遇したが最後、皮や肉は紙のように引き裂かれ、骨に至るまで粉々にされてしまうだろう。


つまり、この荒野ではほとんどの生命が生存できないということだ。



例外として、ドラゴンのような、物理面、魔力面の両方で耐久力のある甲殻に守られている種族のみが、砂嵐を生き延びることができる。



俺は、それほどの耐久力を持つドラゴンの甲殻に守られた体内を、簡易的なシェルターとすることで、これからの砂嵐をやり過ごそうとしているのだ。



本来はこんな荒野に長居するつもりはなかったのだが、ロークの意識がない以上、うかつに移動することが出来ない。



戦いの後、すぐに救援の信号を学院に送ってはいる。

しかし、救援隊が最速で到着するとしても、砂嵐が過ぎ去って安全になった後だろう。



俺はロークの看病をしながら、砂嵐が通り過ぎるのを待ち続けたのだった。




ーーーーーーーー



砂嵐が荒野に来てから、一日が経った。


外は生命の存在を許さない、地獄の嵐が吹いている。

激しい風の音は、未だに止む気配がない。



だが、この嵐も永遠に続くわけではない。


明日の朝には、砂嵐は治まり、いつもの荒野に戻るだろう。


俺はドラゴンの体内で、ずっとロークが目覚めるのを待っていた。





「ん……うぅ……」


寝かせていたロークが、ゆっくりと目を覚ました。


まだ顔色はあまり良くないが、意識は戻ったみたいだ。


「ローク。

よかった、目が覚めたか…!」


俺は思わず喜びの声を上げる。


「ライル…」


ロークが俺に手を伸ばす。

俺はその手を優しく掴んで、ロークに話しかけた。


「無理するな、そのまま休んどけ」


ロークは、俺の手を弱々しく握りながら、口を開く。


「……ごめんね…」


「何謝ってんだよ。

俺のことなんか気にしなくていいからさ。


そうだ、喉乾いてないか?

お前、ずっと寝たきりだったんだよ」


「……ありがとう。

でも、今は大丈夫……。



あ……。


ね、ライル……ちょっと聞いてほしいことがあるの……」


ロークは俺の手を強く握ってくる。


何か、大事なことを言おうとしているようだ。


「いいよ。

いくらでも聞くから。


でも、辛くなったら無理に話さなくてもいいからな」


俺はゆっくりと言葉を返す。


ロークは力なく笑う。


「えへへ…。

ホントに、ライルは優しいんだから。

ありがと…。



あのね、ボク……ライルに言ってなかったことがあるんだ」


「なんだ?」


ロークは俺に微笑むと、続ける。


「知ってたんだよ。


ライルがもう長くないってこと。

ライルの呪いのこともね」


「……そうか」


正直、そこまで驚きはない。


ここ最近、ロークはずっと俺のそばにいるし、俺が知らないような俺のことまで知っていることがあるからだ。


いくらロークが、俺が死ぬことに拒否反応を持っているとしても、気づかないわけにはいかなかったのだろう。


「ごめんね……」

ロークは申し訳なさそうに、目を伏せる。


「なんでお前が謝るんだよ。


謝るのは俺の方だよ。


そんな大事なことをお前に伝えてなかったんだから」


「しょうがないよ、それは。


前にボクに話そうとしてくれたでしょ?

でも、ボクはワガママで、キミが死ぬことなんて考えたくなかった。


キミにそんなことを話す機会を与えなかったのはボクの方なんだ。


ボクはライルの苦しみを理解しようとせず、ボクの都合ばっかり押し付けていたんだ」


ロークが、俺の手をより強く握りしめる。


「ボクはずっとキミを困らせてばっかりだ。


キミはずっとボクのことを考えてくれたのに。

キミは、ボクが一人でも生きていけるように、ボクを育てようとしてくれた。


ボクよりも先に、キミは死んでしまうから。


でも、ボクはそんなキミの優しさに甘えて……。

キミとずっと一緒にいたいっていうボクの勝手な都合で、キミを縛り付けて、キミを困らせていたんだ」



ロークは目に涙を浮かべる。



「ごめんね、ライル……。

こんな、疫病神に付き合わせて……。


ボクは、キミの人生を奪ってばかりだ」



俺はロークの手を握り返す。


「俺が好きでお前と一緒にいるだけだよ。


お前は疫病神なんかじゃない。

謝る必要なんて、微塵もないさ」



「うん、でも…………。


…ねえ、ライル。

………もう一つ、話してもいい?」


ロークが震える声で、俺に尋ねる。


声の調子から、さっき話したことよりも、もっと大事なことを話そうとしているのが分かった。


明らかにロークは怯えている。

これから話すことで、俺に嫌われることを。



俺はロークの手を握ったまま、答える。


「もちろんだ。



…ああ、先に言っとくけどな。


お前がこれから何を話しても、俺はお前のことを嫌いになったりなんかしないからな。

俺はずっと、お前の味方だ」



ロークは驚いた顔を浮かべたあと、俺に向かって、泣きそうな顔で微笑んだ。


「あ…ありがとう……」


ロークはしばらく何も言えなかった。

俺は何も言わず、ロークの言葉を待った。




しばらくして、ロークはゆっくりと呼吸を整え、口を開く。




「ボクさ……人を殺す夢を見るんだ」




俺は自分の顔から汗が流れるのを感じた。


ああ、やっぱりそうか。

そう思ったのだ。



「それは…いつも見る夢なのか?」


「ううん、ライルと一緒に暮らすようになってからはほとんど見なくなったよ。


ライルと出会う前や、学院に入学して、ライルと離れ離れになっていたときは、毎日のように見てたんだけど」


「……そうか」


俺はロークの手を握りながら、静かに話を聞く。



「ボクは……夢の中で、とても楽しそうに人を殺していた。


それも1人や2人じゃない。

数え切れないくらい、たくさんの命を奪っていたんだ。



炎の魔術を使って、何人も火炙りにした。


風の魔術で、皮を一枚一枚切り裂いて、じわじわといたぶって殺すこともあった。


ボクの手で、相手の頭をつかんでゆっくり恐怖を与えながら引き千切ることもあった。


恐怖を煽って、家族や友達、恋人同士で殺し合いをさせたこともあった。


呪いの泥を水源に流して、下流の街や村を全滅させたこともあった。


ある国の王を殺し、ボクが秘密裏に成り代わることで、世界中に戦争の火種を撒いたこともあった。



夢の中のボクは、思いつく限りの悪行を尽くして、人々を虐殺し、たくさんの村や街、国を滅ぼしたんだ。



それだけ殺して、滅ぼしても、ボクは止まることを知らなかった。


全く、満足できなかったんだ。


ありとあらゆる生命に対する憎しみが、無限に湧いてくるんだから。



犠牲になった人たちが流した血の海の真ん中で、ボクはゲラゲラ笑っていたんだ。


『あははははははは!

楽しい!!たのしい!!

もっと!もっと殺そう!!!』


って、ずっと壊れた人形みたいに叫びながら、逃げ惑う人々の身体をバラバラにして遊んでいた。



ボクは……ボクは………」



そこまで話したところで、ロークが言葉に詰まった。

彼女は涙を流している。




俺はロークを抱き起こして、優しく抱きしめる。


ロークを安心させたかったのだ。

『俺がそばにいる』と。


「あっ…」


ロークは驚いたあと、静かに嗚咽を漏らした。


「ライル……。

キミは、本当に……」


俺はロークが落ち着くまで、彼女の背中をさすってやった。



「……ありがとう。

もう大丈夫だよ」


「…おう」


しばらく抱きしめた後、ゆっくりと身を離した俺たちは、また向かい合った。


顔の涙を拭いながら、ロークは話し続ける。



「…すごく、怖かったんだ。



ボクは、夢の中で自分がやっていることを楽しんでいるんじゃないかって。


人を殺す夢を見た朝。

ボクは、いつも笑いながら目を覚ますんだ。


ボクじゃない誰かの悪意に染まって、現実のボクもどんどん夢の中の人殺しを楽しんでいる気がした。



すぐにそんな自分の醜悪さに気が付いて、朝からひどい自己嫌悪に襲われる。



ボクが物心ついたときから、そんな日々が続いた。




当然そんなボクを、母さんはひどく気味悪がった。


『おぞましい。


お前のようなバケモノなんか、生むんじゃなかった』


それが母さんの口癖だった。





ある日の朝。




目が覚めたら、母さんがボクの首を絞めていた。



母さんはボクが疎ましくなって、ボクを殺そうとしてきたんだ。


もちろん、娼婦で稼ぐ金だけじゃあ、ボクを養うのは無理だったのもあるだろうけどね。



ボクは必死で抵抗した。


でも、ろくに母さんの手を止めることはできなかった。


当時のボクは、栄養失調でひどく痩せていたから。



ボクは母さんの憎しみのこもった掌を首に感じながら、深い悲しみとともに沈んでいった。


そのまま、ボクは沈んで死ぬはずだった。




でも、そうはならなかった。



死の淵に立たされた時、ボクの中で、何か得体のしれない力が湧いてきたんだ。


ボクの内側から湧いてくる、真っ黒な力…。


触れたものを溶かし尽くす、呪いの泥が…」



そこまで聞いて、それは俺にも馴染みの深いものだと気付いた。


「なあ、ローク。


それって…」


「そう、キミと同じ、呪いの力だよ。


ありとあらゆる生命を溶かし尽くす、呪いの泥。

ボクの中にもその力があったんだ。


いや、というよりも、ボクだからこそ、この力があったんだろうね」


俺は固唾を飲み込む。

ロークは続ける。


「そうして、ボクは初めて自分の内から湧いてきた力を抑えることが出来ずに、母さんの目の前で暴走させてしまったんだ。


その瞬間、周囲は真っ黒な泥があふれ、母さんは悲鳴を上げながらヘドロみたいに溶けていった。



ボクはワケも分からず、錯乱した状態でそこから逃げた。


母さんの死を悲しむ余裕すらなかったよ」



「それは…初めて聞いた話だな。


母親に殺されそうになって、命からがら逃げたことまでは聞いていたが…」


ロークは俺の言葉に、顔をうつむかせる。


「ごめん。


ボクが母さんを殺したって言ったら、ライルに嫌われちゃうと思って…言えなかったんだ」


「いや、別に責めているわけじゃないんだ。

ただ、驚いただけで。


そんなこと、言うのも、思い出すのも辛えもんな…」


「そう…だね…」


俺も両親を死なせてしまっている。


奇しくも、ロークと同じ呪いの暴発によって。


俺とロークは、なにか見えない運命に、がんじがらめにされているような気さえする。



ロークは話を続ける。


「…そこからはキミが知っているとおりだ。


ボクは孤児になり、男のふりをして、なんとか必死に毎日食いつなぐようになった。




ところがある日、ボクが女であることを嗅ぎつけたゴロツキが、ボクに乱暴しようとしてきた。


ボクは必死になって抵抗した。



でも、相手は大の男5人だ。

あっという間に捕まって、取り押さえられてしまった。


そいつらがボクになにをしようとしたのかは、あまり考えたくない。



『もうだめだ』って諦めかけた時。




キミが現れた。



キミはあっという間にそいつらを気絶させて、ボクを助けてくれた。


ボクはその日から、キミと一緒にいるようになったんだ」



その日のことは、よく覚えている。


あの時のロークは、ひと目で分かるほどに、死にゆく者の目だった。


そして、自分以外の全てに対して、深い憎しみを抱いていた。


ローク自身が話している以上に、俺にはロークの心の闇の深さが伝わっていた。



「ボクね、実はあの時、ゴロツキ共を殺そうかと思っていたんだ。


ボクにはキミと同じように、呪いの泥があったから。


もちろんボクは母さんの時以来、呪いを使ったことがなかったから、周囲に呪いを撒き散らして、無関係の人まで巻き込んで殺してしまう危険があった。




でも、『それでもいいや』ってその時は思っていた。


『もう、どうでもいい。


ボクを苦しめるもの全てを、この手で壊してしまおう』ってね。


そう思った瞬間、ボクの中からさらに強力で、おぞましい力が湧きつつあった。


あの力があれば、ボクはゴロツキを倒すだけにとどまらず、世界すら壊せると思った。


でも、そうする前に、キミがボクを助けてくれたんだ」


ロークは俺に抱きついてきて、話を続ける。


「ボクはね。


多分、母さんが言うように、生まれちゃいけない存在なんだと思う」


「ローク。

そんなことは…」


俺はロークの言葉を否定しようとしたが、ロークは首を振る。


「ううん、ライル。

それは本当のことだよ。


キミも、分かっていたんだろう?




ボクが、『魔王の器』だってことを」



「………」


俺は言葉を詰まらせる。



ずっと、そうなんじゃないかとは思っていた。


ロークのまとう雰囲気と、俺の内側に込められた呪いの力に、ずいぶん近しいものを感じていたからだ。



「そうなんだよ。

ボクの内側には、恐ろしく邪悪なモノがいたんだ。


でも、それが何なのかまでは、ボクにはずっと分からなかった。



だけど、ここのドラゴンを倒すために、さらなる力を引き出そうとした時、ボクは自分の深淵に触れた。



そこで、ボクには分かった。


20年前の戦争で死んだはずの魔王の魂が、ボクの中に生きていることを」



魔王。


生まれる前の俺に、生涯消えない呪いを遺し、間接的に俺の両親を殺した張本人。


そんなクソッタレが、俺にとって何よりも大切な、最愛の女の身体に潜んでいる。


その事実に、俺はギリッと奥歯を嚙み締める。



「さっきボクが眠っていた時に、魔王がボクの前に現れたんだ。


あいつはボクに何かを言った。


それがどういうことだったのかは、思い出せないけど…


でも、あいつが何をしようとしているのかは伝わった。




魔王は、ボクの身体と魂を乗っ取るつもりなんだ」



「っ……!」


『もしかしたら』と恐れていたことが、現実の脅威として提示されたことで、俺は衝撃を隠せなかった。



「あいつはキミの両親に倒されて、肉体を失った。

でも、完全に滅んではいなかったんだよ。



魂だけはなんとか消滅を逃れ、生き永らえていたんだ」



「それで、お前の身体に潜むようになったってわけか…」



「うん、そうみたい。



肉体がないと魂はいずれ魔力に還ってしまう。


だから魔王の魂も、取り憑く肉体を見つけることができず、自然と消え去ってしまうはずだったんだ。



他人同士の肉体と魂は、普通は反発し合って、共存することはできないからね。



だから、魔王の魂はそのまま消えるはずだったんだけど…。


ボクが産まれてしまったから…」



そこでロークは、言葉を濁す。


責任を感じているのだろう。



自分の存在そのものが、魔王の復活に貢献してしまっていることに。




非常に運が悪いことに、ロークは魔王の魂と相性が抜群に良かったというわけだ。




もちろん、ロークにはなんの落ち度もない。


魔王が産まれたばかりのロークに勝手に取り憑いてきただけなのだから、もらい事故も良いところだ。


だが、魔王がかつて世界中の人々を恐怖のどん底に陥れ、俺の両親をも死なせたことを考えると、責任を感じてしまうのも分かる。



俺はロークの頭に、優しく手を当て、慰めるように撫でてやる。


ロークはそれに対し、俺の身体に強く抱きついて応える。



「…あいつは、ボクのような相性のいい身体に寄生し、その肉体と魂を少しずつ侵食しながら、力を蓄えようとしている。




ボクが絶望や恐怖のような負の感情を抱いたり、より強大な魔王の力を求めた時───ボクの中に潜んでいる魔王は力を取り戻していく。



魔王が完全に力を取り戻した時、あいつはボクを乗っ取り、この世に再び災厄をもたらす。


それが、魔王の企みなんだ」



「そう、だったのか……」


俺はロークへの罪悪感と、魔王への憤りでいっぱいになった。



「ごめんな、ローク」


「?

どうして、キミが謝るのさ?」


ロークは不思議そうな声を出す。



「俺は、お前を遠ざけようとしていた。


お前が一人でも生きていけるように。

俺に依存しないでも良いように。


お前を自立させようとして、お前を遠ざけるようなことをした。



でも、それは俺の自己満足だったみたいだな。


お前に魔王が取り憑いていて、いずれ乗っ取られてしまうかもしれなかったのに、俺はそこまで気づかず、お前を危険にさらしてしまったんだ」



ロークは少し笑いながら俺に応える。


「そんなことないよ。

キミはボクの側にいてくれた。


ボクが一緒に過ごしたいと言った時も、結局キミはボクを拒絶しなかった。


それで十分じゃないか」



「でもお前、学院に入って俺と別の部屋で過ごすようになってから、ずいぶんと寂しそうにしていたじゃないか。


あの時からだったよ、お前の雰囲気が俺の呪いに一段と強く似てきたのは」


「それは…」

ロークが顔をうつむかせる。



俺はロークを抱きしめる力をさらに強め、続ける。


「お前が負の感情を抱くと、魔王が力を増す。

そう言ったよな。


人を殺すっていう夢も、お前が一人で寝ていた頃は毎日のように見ていたんだろ?


俺が、側でお前を守ってやるべきだったのに、お前に辛い想いをさせて、魔王の力を増長させてしまった」


「や、やめてよ…!

そんな、キミの責任なんて……」



「いいや、これは俺の責任だ。


俺はお前を弟子にした。

それだけじゃなく、今は恋人でもある。

いまさらお前一人を残して去ったりしない。



ローク、お前は俺が生きる理由なんだ。


だからこそ、俺はお前を、生涯かけて守りたい」


「ライル……」

ロークが泣きそうな声で、俺の名を呼ぶ。


「……だからさ。


もし、お前が良かったらなんだが……」



俺はそこで一呼吸置く。


そして意を決して、言葉を発した。



「俺と、結婚してくれないか」



「えっ……」


ロークが驚いて顔を上げる。

その顔は涙で濡れていた。



「俺はお前と一緒にいたい。

お前にとって俺が必要なように、俺にとってもお前が必要なんだ。


もう、絶対にお前を離したくない。

お前を魔王なんかに渡しはしない。



もちろん、俺の身体のこともあるが…。

それも、二人でなんとか乗り越えていこうぜ」



俺がそう宣言すると、ロークは泣きながらも微笑んで応えた。


「うん…うん…!

ライル……。


ボクも、キミと……ずっと一緒にいたい……!」



「ああ。

俺とお前は一緒だ。


もう、絶対に離れたりしない」



俺はロークの頭を優しく撫でながら、そう誓った。


そして、俺達は唇を合わせた。





───ドラゴンの血なまぐさい死体の中でプロポーズなんて、ロマンチックさの欠片もないと思う。



だが、俺たちのような世界の爪弾き者にはお似合いだ。


世界を滅ぼすような魔王の力を埋め込まれ、親殺しの罪を背負った俺たちには。




ロークの言う通り、世界の安全を考えたら、俺たちは今すぐ死んだほうが良いのかもしれない。




それでも俺とロークは、生きていく。


お互いに、かけがいのない人を支えるために。


何があろうとも、俺はロークを守り通す。



疲れて眠ったロークを抱きしめ、まどろみに沈みながら俺は、そう誓った。





そうして、砂嵐の夜は更けていく。



まだ、試練は終わっていない。




======


あとがき



砂嵐の夜、血なまぐさいドラゴンの死体の中でプロポーズをする回。

次回魔王が出てきます。



ドラゴンの身体をシェルターにする下りは、ディスカバリーチャンネルでラクダの死体に潜り込んで砂漠の夜を明かす番組を見たのがきっかけです。


緊急時のシェルターとして、熟練の魔術師はドラゴンなどの頑丈な魔物の身体を利用することがあるので、ライルの判断はこの世界の常識では妥当な対応です。


ドラゴンの体内は結構でかく、物理的にも魔術的にもかなり頑丈なので、この世界ではドラゴンの身体をくりぬいてそのまま住居にする文化が一部の地域にあったりします。

ちなみに超高級住宅で、日本円換算だと10億くらいの価値があります。


ロークの内側には魔王が潜んでいて、ロークが負の感情を抱いたりしたときに力を取り戻していきます。

最終的にはロークの意識と完全に溶け合い、ロークそのものとしてなり替わる危険があります。


もともとロークには魔術の才能がありましたが、魔王が内側にいることで、より強大な力を身に着けている感じです。


ロークが見た悪夢は、生前の魔王の殺戮の記憶です。

魔王の記憶や感情が流れ込んできて、ロークの夢に出てきています。

常人ならば一晩で発狂するほどの悪夢と憎悪の感情が流れ込んでいますが、ロークは魔王の魂と相性がよく耐性があるのと、ライルが側にいるという安心感や愛情で耐えています。


逆に魔王の方にもロークの記憶や感情が流れ込んできています。

ロークとは異なり、魔王は純粋な憎悪の塊だった分、ロークの記憶や感情が流れ込んできたことで、魔王の魂はかなり変質しています。


危険度は多少下がったものの、ライルにとってはある意味厄介なことになっています。


魔王は、ロークの内側でライルのことをずっと見ています。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る