6.弟子がものすごく強くなっている


俺がフィデス先生のもとで話をしてから、二週間後…。



俺とロークは、学院から遠く離れた荒野にいた。



「来たぞ、ローク!


魔術の準備をしろ!

充分引き付けてから撃てよ!」



俺は走りながら、遠くで俺を待っているロークに叫んで指示する。



「分かってるって!


ボクが外すわけないじゃん!

ほんと、ライルは心配性だなあ」


ロークがのんきな声で俺に答える。



俺は荒野を走っていた。


周囲には目立った物はなにもない、果てしない地平線がひたすら広がっている荒野だ。


この荒野には、原生の生物さえ見当たらない。



ここは俺とロークの二人だけしかいない、生命にとっての死の大地だ。



いや、正確には…もう一体厄介なのがいる。



「グオオオオオオオ!」


俺の背後で、空を割るような轟音が聞こえる。


それと同時に、俺の上に巨大な影が差してきた。



ちらと上を見ると、すさまじく巨大なドラゴンが、空を飛んで俺を追ってきている。



俺とロークは、このドラゴンを倒す依頼を学院から受けて、この荒野にやってきたのだ。



「ゴオオオオオオォォ…!」


頭上の巨大な怪物が、大きく息を吸う音が聞こえる。



「ライル、気を付けて!


あいつ、炎を吐くつもりだよ!」


ロークが俺に向かって叫ぶ。



「問題ない!」


俺は自分の右手に魔力を籠める。


そして振り向きざまに、右手を空に掲げ、呪文を唱える。



『我を護り給え』


すると俺の周囲に、光のドームのような結界が展開した。


直後に、怪物の口から巨大な炎が吐き出される。



その炎はすさまじい速度と熱量だった。


俺の周囲の地面が、あまりの熱にさらされて溶けていく。



たが、俺は光のドームに包まれているおかげで、全くの無傷だ。



「グオオ……!?」


巨大な怪物は、自分が吐いた炎をあっさりと無効化されて戸惑ったようだ。


当然だろう。

この怪物にとって、ブレスを耐えるものなど今まで見たことがないだろうから。



「ローク!構えろ!」


俺はドラゴンの不意をついて、ロークの方へ駆け出す。


「うん!」


ロークは左手を前に構えると、魔力を籠める。


『彼方の翼を奪い取れ』


ロークが呪文を唱えると、魔力の籠もった左手から小さな風が発生する。


そしてそれは瞬時にして、巨大な風の剣へと成長する。



「はあああ!」


ロークは巨大な風の剣をドラゴンに向かって射出する。


「グゥッ!」


ドラゴンは素早く、翼を広げて高く舞い上がって避けようとした。


相当に早い反応速度だ。



しかし、風の剣はそれ以上に早く、わずかにドラゴンの翼をかすめる。


バリッ!


着弾の瞬間、ビリビリビリッという皮を引き裂くような鈍い音が、周囲に響き渡る。



「グアァァァァ!!」



ドラゴンが悲痛な叫びを上げる。

ドラゴンの翼が、風の剣にズタズタに引き裂かれ、大きな傷を受けたのだ。


わずかにかすっただけなのだが、ロークの魔術はそれほどまでに強力だ。



衝撃により、ドラゴンはバランスを崩して落下してくる。



ズウン…と地面を揺らす音を立てて、ドラゴンは地面に落ちた。


だが、まだ終わっていない。



「やった!」


ロークは歓喜の声を上げる。


「まだだ!

油断するな!」


俺はロークに駆け寄り、飛びつく。



「え、何!?

…うわぁ!」


ロークがバランスを崩し、飛びかかった俺とともに地面に転がる。


「…いてて。

ライル、何するのさ!

って……?」


直後、ロークがほんの一瞬前まで立っていた地面から、灼熱の火柱が上がる。


もし俺が飛びつかなければ、ロークはこの火柱に焼かれていただろう。


火柱は熱で地面を溶かし、どんどん大きくなっていく。



「走るぞ!」

「う、うん!」


俺はロークと共に急いで立ち上がり、火柱から逃げるように走り出す。



走りながら一瞬ドラゴンの方を見ると、奴は地中に向かって炎のブレスを吐いていた。


地中に吐いた炎を地面の下に通して、俺たちのいたところめがけて噴出させているのだ。


一旦油断させたタイミングで、不意の火柱で攻撃を仕掛けようとしていたわけだ。



さすが竜種、ただ強いだけではなく、敵を騙そうとする姑息さも持ち合わせている。



「ゴオオォ!」


ドラゴンがもう一度叫ぶと、今度は俺たちのすぐ目の前に巨大な火柱を吹き出させてくる。


「くそっ、あぶねえ!」


俺たちはなんとか間一髪で避けきり、火柱を避けるようにドラゴンに接近する。



そうしている間にもドラゴンは、ロークに破壊された翼を恐ろしいほどの速度で回復させている。



完全に命を奪わない限り、ドラゴンは無限に回復し続ける。

その理不尽なまでの生命力が、ドラゴン種を最強格の魔物と言わしめている所以だ。



「接近するぞ、ローク!


長期戦は不利だ!

奴が地面にいる間に仕留めよう!」


俺は再び、ドラゴンに向かって駆け出す。


「うん!」

ロークも俺に続いて走り出す。



「ガアァァァァ!」


巨大なドラゴンは再び俺たちに向かって炎のブレスを吐き出す。


今度は直接、俺とロークの二人に向けてだ。



『彼方より来たる悪逆から、我が血族を護り給え!』


俺はさっきよりも大きな、2人分を包み込む光のドームの守護魔術を展開する。



ドームにドラゴンの炎が直撃するが、ドームにことごとく全てを受け流され、炎は周囲に散って消滅する。


この光のドームに守られている限り、ドラゴンの炎が俺たちに害を与えることはできないだろう。



だが、攻撃ができないのはこちらも同じだ。



俺たち2人のうち、攻撃魔術を使えるのはロークだけ。


そして、ロークがさっき使っていたような風の魔術は、射程距離は確かに長いが、ドラゴンのブレスを押し返して、致命傷を与えるほどの威力ではない。



ロークは、他にとっておきの魔術を持っているが…それも射程が短く、この距離では当たらない。



このままではジリ貧だ。


いつまでも守護魔術でドラゴンの炎を防ぎ続けることはできないのに、ドラゴンはブレスを無限に、際限なく吐くことができるからだ。



もっとロークを近づかせないと…!


「ローク、俺が囮を作ってドラゴンの注意を引く。

その間に、お前はあいつに接近してくれ!」


「…分かった!」

ロークは一瞬で俺の意図を察した。


この戦法は、学院に入る前に俺たちがよく使っていたものだからだ。



「うし、やるぞ!」


俺は片手で光のドームを保ちながら、もう片方の手で、また別の魔術を展開する。



『惑いの光よ、軽薄な理想を見せ給え』


俺が詠唱を終えるやいなや、当たり一面に

光り輝く閃光がほとばしる。


その光は、空間を埋め尽くすかと思うほどに広がり続けるが、やがてすべて消え去った。


「ガァッ!?」


まばゆい光に視界を奪われ、混乱に襲われた直後のドラゴンの目には、俺とロークの姿が映っていた。



それも、一組だけではない。



何十もの、俺とロークの姿が辺り一面に映っている。



「おい、こっちだ!バケモノ!」


俺は大きく手を広げて、ドラゴンに向かって叫ぶ。


「グオォォォ!!」


見失ったはずの標的を見つけたと思ったドラゴンは、すぐに俺の幻影に向かってブレスを吐き出す。



だが、そこには鏡が割れたように崩れ落ちる、光の壁があるだけだ。



これは、俺が展開した光の幻惑魔術だ。


光の壁を展開して、その壁に偽の映像を投影することで、そこに有りもしないものを見せ、敵を混乱させる魔術だ。



俺は、当たり一面に薄っぺらい光の壁を展開し、その壁に俺とロークの映像を大量に映した。


単純な仕掛けだが、炎のブレスのゴリ押しで、今まで敵を瞬殺してきたドラゴンには効果抜群なようだ。



「グオオォォォ!!」

ドラゴンは俺とロークの幻影に向かって、大きく吠える。


だが、完全に俺とロークを見失っているようで、全く見当違いの方向に炎を吐き続けるだけだ。



そのどさくさに紛れて、ロークはドラゴンに接近する。



ドラゴンが身の危険を察して、本物のロークの方を見る頃には、すでにロークは射程距離に入っていた。



ロークはドラゴンの至近距離で、左手を前にかざして唱える。


『地に伏せよ』


その瞬間、ドラゴンの身体はグシャッと鈍い音を立てて潰れだした。



「ギ、ギィィィィッ!!!」


何かとてつもなく重いものに潰されるような音を身体中から鳴らしながら、ドラゴンは悲痛な叫びを上げる。


ロークは超上級魔術である、重力操作の魔術を使ったのだ。


この魔術は射程距離がかなり短く、術者に非常に高い技量を求める代わりに、対象を問答無用で地面に押し潰し、肉の塊として圧殺するものだ。


これは単純に対象にかかる重力を増幅させる魔術なのだが、相手の防御力や抵抗力に関係なく、ほぼ確実に対象を無力化する。


「グッ…グググッ…」


ドラゴンは必死にブレスを吐こうと抵抗を試みるが、顎と喉さえもグチャグチャに潰れきってしまい、炎を吐き出すことがままならない。


『頭を垂れ、悔い改めよ』


ロークが追加の詠唱をする。


ドラゴンは自らの身体を支えることさえできず、まるで赦しを請うかのように、頭から地面に平伏する。


『汝の血肉は、我が糧となる』


次の瞬間、ドラゴンの身体がさらなる重力に押しつぶされ、メギメギメギッと音を立てて圧縮される。


「ギィ…ギィ…ィィ…」


そして、最後にはグチャッという鈍い音をを立てて、ドラゴンの肉体は完全な肉の塊になってしまった。



辺りに静寂が戻る。


ドラゴンは、物言わぬ肉塊となり果て、完全に生命活動を停止した。




これがロークの力だ。


当然のことながら、ここまで相手を問答無用に圧殺できるほどの重力魔術など、ロークの他に使える者を見たことがない。


そもそも重力魔術などという反則級の代物を使える者自体、世界でも片手で数えられるほどしかいないのだから。



明らかにロークの実力は、学院に入る前よりも跳ね上がっている。


ロークの成長スピードは異常だ。


今は重力魔術の射程も短いが、そう遠くないうちに数キロ先まで射程を伸ばすことも不可能ではないだろう。



そうなれば、ロークは無敵だ。


超長距離から敵対者を圧殺できるから、戦いがまともに成立することさえ難しくなる。


それだけロークの力と潜在能力は異常なのだ。



その分、しょっちゅう油断して危険な目に遭うから、俺としては危なっかしくてしょうがないのだが…。




「ふう……終わったね」


ドラゴンの活動停止を確認した瞬間、ロークは力が抜けたようにその場にへたり込んで、俺に笑いかける。


「ああ、いくらドラゴンとはいえ、この状態になってしまえば死んだはずだ。


よく頑張ったな、ローク」



「えへへ、ありがと。


でも、ライルがボクを火柱から助けてくれなかったら、ボクは焼かれて死んでいたね」


ロークが軽いことのように言う。



「ホントだよ…。


お前、あの油断の仕方はまじでヤバかったからな。


いくらお前の火力が規格外だと言っても、身の守り方があんなんじゃ命がいくつあっても足りねえぞ…」



俺が説教がましく言うと、ロークは妙に嬉しそうな顔で応える。


「えへへ……。

でもキミはボクを守ってくれたじゃんか。


ボクのために抱きついてくるライル、カッコ良かったなあ。

あんなに情熱的なハグをしてくれるなら、もっと危険な目に遭っちゃおうかな」


「バカ野郎。

それで死んだら本末転倒だろうが」


「えへへ、ごめん♪

でも、ボクはキミを置いて死ぬつもりはないよ」


ロークは軽い調子で謝る。


全く反省しているようには見えないが……いつものことだし、しょうがないか。


「まあ、いまさらお前にグチグチ言っても無駄だよな。



…とりあえず、ドラゴンの解体をしよう。


お前の重力魔術でかなり傷んでしまったが、それでもドラゴンの素材は貴重だからな。


学院まで持ち運べるように切り分けよう」


「おっけー!」


と、ロークが俺に答えた時だ。





「グオオォォォォ!!」



ドラゴンの咆哮が響き渡る。


「なっ……!?」



驚いて周囲を見渡す。


当然だが、ついさっきまで俺たちが戦っていたドラゴンはすでに肉塊だ。


となると、この咆哮の主は…!



「グオオオォォ!!」


空に目を向けると、彼方より飛翔するドラゴンの姿が見えた。


つまり、俺たちがついさっき倒したものとは別の個体が襲来してきているのだ。



しかも、もっと悪いことに…。



「何十匹もいる…!」


ロークがゾッとするようなことを言う。



そうだ。

追加のドラゴンは一匹や二匹程度ではない。


彼方の空を覆い尽くすほどに、巨大なドラゴンが大量に飛んできているのだ。


明らかに、70から80匹は飛んでいるのが分かる。


「「「「「「グオオォォ!!」」」」」」


複数の咆哮が空に響き渡り、俺とロークの鼓膜を揺さぶる。



「ウソ……なんでこんなにたくさんドラゴンがいるの!?」


ロークが叫ぶ。

ロークの疑問はもっともだ。



俺たちが倒したドラゴン種はプライドが高く、こんなに大規模な群れを作ることがない。


今回の依頼自体も、はぐれドラゴンが単独で人の領域を荒らしに来ているから退治して欲しい、というものだった。


だから、複数体のドラゴンを同時に相手取ることなど、考えすらしなかった。



まして、それが数十匹同時に現れるなど……前代未聞だ。



何かが起こっている。


しかしそれは、今の俺たちが考えることじゃない。



「分からん!

だが、とにかく撤退だ!


こんな数じゃ勝ち目がない!」


俺が叫ぶと同時に、ドラゴンたちが一斉にブレスを吐き出す。


まるで逃げ出す隙さえ与えるつもりがないかのようだ。



「くそっ」


俺は光のドームを展開し、自分とロークを守ろうとする。


『気高き不動の光よ、彼方より来たる悪逆から同胞を護り給え!』


ギリギリで展開が間に合った。


一瞬でドームの外側が灼熱の地獄になる。



しかし、内側がいつまでも安全かと言うとそうではない。


「ぐっ……」


一体二体ならまだしも、数十匹分のブレスを防ぎつづけるには、俺の力だけではまるで足りない。


そう遠くないうちに、ドームは破壊されてしまうだろう。


「くそっ!どうしたらいい!?」


俺は絶望的な気分で呟く。



ドラゴンは執念深く、上空からどこまでも追いかけてくる。

こんな大量のドラゴンに追われて、逃げ切るのは不可能だ。



そして、ロークの通常の攻撃では、大量のドラゴンを撃ち落とすのには火力が足りない。

重力魔術も射程が短く、空を飛んでいるドラゴン達には届かない。



かといって、ここでずっと耐えるのも不可能だ。



何か策がないか……!


そうやって俺が必死で打開策を考えていたところ…。



「ねえ、ライル。

ちょっといい?」

と、ロークが話しかけてきた。



「どうした?

なにか思いついたのか!?」

俺は一縷の望みをかけて、ロークに問う。



「うん。

たぶん、一発逆転できる方法があるよ。


でもそれには、ライルの協力が必要なんだ」


「協力?

そんなのいくらだってやるぞ」


ロークの言葉は俺にとっては天の助けだ。


ドラゴンの群れに追い詰められた今、もはやどんな些細な手がかりでも縋りつきたかったから。



…が、ロークの返答は意外なものだった。


「……分かったよ。



それじゃあ、ボクにキスして欲しいな」




「は?」


俺は自分の耳を疑った。

今、コイツ、何て言った?


「だから、キスだよ。

キミはボクと口づけをするんだよ」


聞き間違いじゃなかった。

というか、聞き間違いであって欲しかった。


この状況でキス!?


なんなんだこいつは?

俺の弟子はやはりどこか頭のネジが狂っている。



「お前、この状況が分かってんのか?」

俺が聞くと、ロークは平然と答える。


「うん、分かってるよ」

「じゃあどうして?」


俺は、ロークが現実を見えなくなったのかと思ったが、ロークの顔は至って真剣そのものだ。


「あのね、ライル……」

と、ロークが言いかけた時だ。



「グオオォォ!!」


上空のドラゴンたちが吠えた。


次の瞬間、ブレスの威力が更に強くなって俺たちに襲いかかる。



「くっ……」

もう会話している余裕はないようだ。



「分かった!キスすりゃいいのか?」


「うん!早く!


…あっ、でもちゃんと愛情を込めてしてほしいな。

初めてのキスだからさ」


「お前、この状況でよくそんなことが言えるな……」

と、言いつつも、俺はロークを抱き寄せる。



俺の弟子はたしかに頭がおかしいが、こんな状況でふざけるような奴じゃないからだ。



俺は、周囲のドラゴンが未だに光のドームを破壊できないのを確認しながら、ロークの目を見る。



ロークは、心底嬉しそうな顔で俺に身を預ける。


「…ん」


ロークは目を閉じ、俺がキスしてくるのを待っている。



「いくぞ…」

「うん…」


俺は、ロークの唇と自分の唇を重ね合わせる。


ロークの熱が、俺の唇に触れる。



「んっ……」

ロークが僅かに甘い吐息を漏らす。



俺はロークを強く抱きしめ、その感触と熱を味わった。




最愛の弟子と唇を重ねる。


それが意味すること。



もう、俺たちは後には引けない。


俺は、この女を生涯愛し、死んでも守り抜くのだ。


その想いを抱きながら、俺はロークと唇を重ねた。



「ぷはっ……」


しかし、こんな状況なので当然ではあるが、キスを早めに終わらせる。


「えへへ……。

ライルがボクのために、こんなときでもキスしてくれるなんて……。


キミの愛、ちゃんと伝わったよ。

嬉しいな……」


ロークは頬を赤く染めて笑う。



「グオオォォ!」



ドラゴンたちが再び怒りのこもった叫び声をあげる。



やばい、奴らブチギレてる。

そりゃそうだ。


命のやり取りをしている最中に、こんなイチャイチャを見せられたら誰だってキレるだろうよ。




「おっけー。

それじゃあ、とっておきのやつをやるよ」



ロークがそう言うと、ロークの目が赤く光り輝く。

そして、髪がゆっくりと白く染まっていく。


「これは……」


こんなロークの姿、今まで見たことがない。

だが、何か人並外れたことをやろうとしているのは分かる。



俺はロークの邪魔をしないように、ロークから身を離そうとする。


「あ、まって。

ずっとボクを抱きしめたままでいて。


キミのぬくもりを感じていないと、多分ボクは壊れちゃうから」


「…おう」


俺は、ロークが何を言っているのか分からなかった。

だが、理解するよりも早く、俺はロークを優しく、それでいて強く抱きしめ直した。



「ありがとう。


ずっと、ボクを離さないでね」


ロークが俺の耳元でささやく。


「ああ」

俺はロークを包み込むように、応えた。




「グオオォォ!!」

ドラゴンたちがさらにブレスの勢いを強める。



バキバキバキッと、俺の展開した結界にヒビが入ってくる。


もう、炎を止めるのは限界だ。



「ガアァァァッ!!」


ドラゴンたちが一際大きな雄叫びをあげる。

それと同時に、さらなるブレスが俺たちを襲う。



結界が崩壊を始める。




その瞬間だ。



ロークはたった一言だけ、ゾッとするようなほど低く、世界の果てまで染み渡るような声で、あまりに簡単な言葉を発した。





『『死ね』』





次の瞬間、辺りが急に静寂に包まれた。


俺たちを襲っていた炎が止む。




あれだけ叫んでいたドラゴンたちが急に静かになったのだ。



と思ったら、何十匹もの巨大なドラゴンが、まるでハエが落ちるようなあっけなさで、ボトボトと空から落ちてくる。



何十もの巨大な体躯が、荒野の地面に叩きつけられ、けたたましい音を鳴り響かせる。




だが、その音も長くは続かなかった。



ドラゴンたちの身体がすべて地に墜ちたとき、また荒野に静寂が戻った。





俺はしばらく、何が起こったのか分からなかった。


だが、すぐにドラゴンが全滅したことに気づく。



「なんだよ…これ…」


俺はあまりのあっけなさに呆然とする。


あれほどいたドラゴンの群れが、ロークがたった一言言葉を発した瞬間、全滅したのだから。



「えへへ……ボク、やったよ。


すごいでしょ…ライル…」



ロークはそう言って笑う。


だが、その笑顔には明らかに無理をしているところがあった。



「ローク…… お前、何をしたんだ…?」


俺は腕の中にいるロークに問う。

しかし、ロークは答えない。



「おい……」


俺はもう一度ロークに聞こうとする。

しかし…



「う……うぅっ……」


ロークは苦しそうにうめくだけだ。



「お、おい、どうした!? 大丈夫か!?」


俺はロークに呼びかけるが……返事はなかった。





そして、ロークはそのまま俺に倒れかかるようにして、意識を失った。






======


*あとがき・解説



唐突なバトル回。

ドラゴンの鳴き声の種類があまり思い浮かばず、ひたすら「グオオオ!」しか叫ばない残念生物になってしまいました。

安直ですが、「グオドラゴン」という種族です。

とりあえず無法に強くてグオグオうるさい生き物だということが伝わればいいかなと。


この話以降、ロークは割と自在に白くなったり黒くなったりできるようになります。


二人は学院からの秘密の依頼で、魔物の討伐に出ていた感じです。

以前はライルとそのクラスメイトが組んで出かけていた任務ですが、ロークがライルと一緒にいたいがために、毎回ライルに無理やり同行するようになりました。


ライルとロークの組み合わせ(というより、ロークが)があまりに強すぎるため、結果的に危険な任務が二人に集中するようになっています。


今回はドラゴン一匹だけ倒すはずが、何十匹もの群れが襲ってきました。

プライドが高いドラゴンは多くても数匹程度でしかつるまないので、通常はあり得ない状況です。

彼らがあんなに多く集まったのは、ロークの正体に気づき、ロークを生かすことを危険視したからです。


以下戦いで使っていた魔術や技の解説。

無駄に長い…。


とりあえず本筋とは関係ないので、読まなくていいです。

フレーバーとして暇つぶしに読む感じで…。


どの魔術も、本来はもっと長い詠唱があるのですが、戦闘中にフル詠唱している暇はないので、だいたい詠唱を省略して使っている感じです。

詠唱を短縮するほど威力や効果が落ちるので、発動までの時間や威力のちょうどいいバランスをとって、ほどほどに短縮して使うことが多いです。


ライルたちがいる魔法大陸には、光、炎、風の属性魔術が基本属性としてあります。

過去に水属性もありましたが、水属性の維持を担っていた魔女が行方不明になり、廃れました。


その他に重力魔術のような、特殊な無属性魔術があったりします。


ライルは呪いの影響もあり、光属性の魔術しか使えません。

また、その中でも攻撃魔術は使用できず(本当は使えるが、リスクが大きい)、守護魔術や幻惑魔術のような補助魔術をメインに使います。

攻撃手段が近接格闘メインなので決定力に欠けますが、奥の手として体内の呪いを攻撃に使う方法があります。


ロークはほぼすべての属性を使用できます。

威力や効果も他の魔術師よりもはるかに高いです。

その反面、護身意識が低く、あっさり事故って死にそうになりがち。

本当はガチガチに身を固めて堅実に戦うこともできますが、ライルに甘えるためにわざと守ってもらっています。


・以下各魔術の詳細


『我を護り給え』

『彼方より来たる悪逆から、我が血族を護り給え』

『気高き不動の光よ、彼方より来たる悪逆から同胞を護り給え』:

光属性の守護魔術、「光の領域」シリーズ。

術者を中心に光のドームを展開して、ドーム外部の攻撃から内部の者を護ることができる。


「○○を護り給え」の○○の部分がより広い対象を指し示すほどに、守れる効果範囲が広がっていく。

我 < 我が血族 < 同胞 という順に、光のドームが大きくなる。


「我」→初級

「我が血族」→中級

「同胞」→上級

という感じに、難易度が上がっていく感じ。


あくまでも効果範囲が広がっていくだけで、ドームの強度自体は術者の技量に左右される。

また、効果範囲が広がるほど、強度を強くするのが難しくなっていく。

その対策として、長く詠唱することで、強度を上げやすくなる。


『惑いの光よ、軽薄な理想を見せ給え』:

光属性の中級幻惑魔術、「光の虚像」。


光の壁を展開して、その壁に偽の映像を映すことで、敵を惑わす魔術。

光の壁自体を、光の守護魔術のように防御に利用することもできるが、光の守護魔術を使用するときと比べて極端に防御力が低くなりやすい。


また、原理がシンプルが故に見破られやすく、通常は戦いで使う魔術師は少ない。

ライルは敵の種類や、敵の意識の油断を見抜いて効果的に使うのが抜群に上手いので、好んで使うことが多い。


『彼方の翼を奪い取れ』:

風属性の上級攻撃魔術、「風の大剣」。

高速で渦巻く風を巨大な剣の形に形成し、敵に当てる魔術。

術者が手で持つパターンと、手で持たずに射出する攻撃パターンがある。

今回は射出パターン。


基本的な威力は低めだが、射程距離と射出速度に優れている。

威力や射出速度が、使い手の技量によってかなり上下にぶれる魔術。

ロークのように、わずかに掠めただけでドラゴンの翼を引き裂くほどの威力は、この魔術としてはかなり異常。


『地に伏せよ』

『頭を垂れ、悔い改めよ』

『汝の血肉は、我が糧となる』:

重力魔術「落葉」。

シンプルに対象にかかる重力を倍増させる。

追加詠唱するたびに、対象にかかる重力が桁違いに跳ね上がっていく。


重力に作用するので、相手を選ばず致命的なダメージを与えることができる。

超高難度魔術なので、ロークを含め世界でも使える者は数人ほどしかいない。


極めて強力な分、有効射程が極端に短くなりがちなデメリットがある。

そのデメリットも、術者の技量の向上によって改善できる余地がある。

現状のロークでさえ、かなり有効射程が長い方。


『『死ね』』:

ロークが使った呪いの言葉。魔術ではない。

問答無用で周囲の敵対する生命を即死させることができる。


ロークは潜在的にライル以外の存在を敵と認識しているので、実質ライル以外の周囲の生命は死ぬ。


あまりに無法な性能だが、反動として使用者の正気が大幅に削れるリスクがある。

だが、正気を完全になくしてしまえば、無制限に使用できるともいえる。


ライルがキスしたり、抱きしめていなかったら、ロークは完全に発狂していた。




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