5.魔王の呪いと弟子への想い



「そういうわけで、私はもう少し長生きしなければならないようです」



ロークとの同棲生活の合間を縫って、俺は学院のとある教員の部屋に来ていた。



「なるほどなあ。


それで、俺んところに助けを求めてきたってわけか」


灰色の髪をした、古ぼけた神官の法衣を着た男が、俺に応える。


ここは教員である彼専用の準備室だ。

俺は彼に、助けを求めて相談しているところなのだ。



「そうです、先生。


私は生まれつきの呪いのせいで、そう長く生きていられません。

しかしそうなると、弟子のロークが私の後を追って死んでしまいます。


それだけは避けたい。



彼女は私から離れるつもりが毛頭なく、私と生涯を添い遂げるつもりのようです。


無論私も、彼女の想いに応えたいのですが…。



そうなると、この私の呪いを解消して、彼女が生涯を全うするだけの年月を、私も共に生きていかねばなりません。


しかし、私の力では如何ともし難く…



呪いの専門家である先生に、どうにかお力添えをいただけないかと…」


俺は深く頭を下げ、彼に懇願した。



「まあ、いいんだけどさあ。


…とりあえず、そうかしこまって頭を下げるのは止めてくんねえかな、ライル。



お前にそういう態度取られると、居心地が悪くてしょうがねえ」


彼は、そう言って俺の頭を上げさせる。



俺は彼に合わせ、ほんの少し言葉を砕けたものにする。


「…わかったよ。


フィデス先生」



「おう」


先生は満足げに笑った。




フィデス先生は、オレのクラスの担任でもある。


彼自身、生まれつきの呪いを複数抱えていて、それが理由で長年呪いに対しての研究を重ねている専門家だ。


その功績もあり、まだ二十代という若さでありながら、魔術界の最高峰でもある中央魔術学院の教壇に立つことを許されている人物でもある。




「それにしても、まさかお前が俺に頭を下げてまで頼み事をするなんてなあ。



お前、長く生きるのは諦めていただろ?


それほど弟子のロークが大事ってか?」



「そうですね。

俺はずっと諦めていました。


もともと赤ん坊の時に死ぬ運命だったのだから、これ以上生きるのは贅沢だと思っていたくらいです。



ですが、弟子のロークのことを考えると、そうも言ってはいられないと思い直しました。



彼女にはまだ未来がある。


俺の後を追って自死を図るような末路をたどらせたくない。



それで、俺ももっと彼女と一緒に生きていたいと思うようになりました」



「ふーん…」


フィデス先生はタバコを燻らせて俺の話を聞いている。




そしてしばらく沈黙した後、口を開いた。


「まあ、方法がないわけでもないな。 



お前の呪いについてなんだが、実は俺も前々から調べていてな。


つい最近になって、ある程度の解消法が分かるようになってきたところだったんだ」



「えっ。


そうだったんですか?」


「ああ。

一応、お前は俺の生徒だ。



呪いに苦しんでいるってのも、昔の俺を見ているようで、ほっとけないしな。



魔術師は過去の魔王との戦争で、ずっと人手不足だ。


お前のような才能のある奴を若くして死なせるには惜しい」



「それは…ありがとうございます。


なんとお礼をして良いのやら…」



「よせやい。

そういうのはむず痒くてしょうがねえ。


正直、研究対象としてお前の呪いが興味深い、というのも本音だからな」


フィデス先生は、わざと俺に目を合わせず窓の外を見て話す。


たぶん、照れくさいのだろう。



「それでだな。


…お前の呪い、たしかに厄介だ。



なにせ、あの殺戮の魔王が死に際に遺した呪いだからな。



完全に解消するのは無理だと思う」


「やはり、そうですよね」




魔王。


この魔法大陸において、およそ20年前まで圧倒的な恐怖の象徴として君臨した、大災厄の張本人だ。


彼女は突如として現れ、たった1人で大陸全土を恐怖に陥れた。



その所業は、魔王の二つ名に恥じない、残虐極まりないものだった。




殺戮に次ぐ殺戮の末、彼女は大陸の国々や種族を滅ぼし尽くした。


滅ぼされた種族には、エルフ族や魚人族など、かつて大きな勢力を誇っていた種族も多い。



それでも大陸の人々は力を合わせ、多大なる犠牲の末に魔王を滅ぼした。




魔王の死から、まだ20年ほどしか経っていない。


大陸に平和は訪れたものの、その傷跡はまだ新しいものだ。




フィデス先生達よりも上の世代の魔術師は、過半数が魔王との戦いで死に絶えた。



あらゆる国と地域で資源も人手も足りなくなり、多くの街が魔王との戦いで瓦礫の山になり、復興したとしても貧民街になった。


ロークもそういう地域の出身で、俺と会うまではまともな食べ物にありつくことができなかったらしい。




そして、俺自身にも影響があった。



魔王は自らの死に際し、呪いを遺した。


それが、俺の身体にかけられた呪いである。



「お前の両親は、魔王を倒した戦士団のメンバーだったな。


その代償として、二人の間に生まれてくる子供、つまりお前が生まれつき呪いにかけられたってわけだ」



「ええ、そうです。


幼い俺は体内の呪いを制御できず、両親を巻き添えにして、二人とも死なせてしまいました」



「それはしょうがねえよ。


その呪いを制御できるやつなんて、世界で他にどれだけいるかってんだよ。


ましてやお前がガキの頃だ。



今お前が生きてるのさえ、奇跡みたいなもんなんだからよ」



フィデス先生は短くなったタバコを灰皿で押し消しながら話す。



「その呪いの性質…


触れた物をドロドロに溶かし、抹消させる呪いの泥だ。



真っ黒な呪いの泥はゆっくりとお前の身体に蓄積していく。


うっかり気を抜いて制御を失ったが最後、呪いの泥は洪水となってお前の身体から溢れ出し、周辺を死の海に変える。



魔王の憎しみの力そのものと言えるような、えげつない呪いだな。



ほんとにお前、そんなもんを抱えて、よく今まで生きてこれたよな」



「自分でもそう思います。


もちろん、身体はかなりガタがきていますが…」



実際、外見では大きな変化はないが、俺の体内では呪いの泥が暴れたり、それを抑えるための魔術を酷使しているせいで、かなり内臓や血管などが損傷している。



鎮痛剤を常用してはいるが、それでも常に痛みが身体中に広がっているし、年々その痛みも大きくなっている。



俺の身体は、どんどん死に近づいている。




「確かに、そのままだともって数年ってところだな」



先生はタバコをもう一吸いし、煙を吐く。





「だが、手がないわけじゃない。


呪いを抑える手段は、確かにある」



「本当ですか!?」



「ああ。

かなり荒っぽいやり方になるがな。



お前の呪いを完全に消し去ることは出来ない。

だが、呪いの進行を止めて、寿命を延ばすことは可能かもしれない。



つまり、呪いの効果を弱めるってやつだ。


あとは本人の生命力次第だな。



弱っちいやつなら数年しか寿命が伸びないが、しぶといやつなら、何十年も生きれることだってあるだろう。



お前が頑張れば、弟子と同じくらいに長生きできるかもしれんぜ。



だが、そうすることが本当にお前のためになるかどうかは、俺にはわからねえ」



フィデス先生が、何か引っかかるような言い方をしたのに俺は気付いた。


だが、そんなことを気にしている余裕は俺にはなかった。



「かまいません。


それでも可能性があるのでしたら、是非教えていただきたい…!」



俺は身を乗り出して先生に懇願した。



この呪いさえなんとかできれば、俺は弟子であるロークと共に生きていくことができるのだ。


それが叶うのなら、どんな手段でもためらう必要はないと思った。



「いいだろう。


ただし、確認しなくちゃならねえことがある」



「確認…ですか?」



先生は、俺の目をまっすぐ見据えて言った。



「そうだ、ライル。



お前がどれだけ弟子を愛しているか。



何があっても、あいつの味方になってやれるのか。


それを確かめたいんだ」



それは俺を試すような言い方だった。



「それは、呪いの克服に必要な条件…ってことですか?」



俺は先生に確認する。



「ああ、そのとおりだ。


呪いってのは、生者や死者、あらゆる者の負の想いがヘドロのように積み重なってできているようなもんだ。



逆に言えば、呪いに打ち勝つためには、それに匹敵するだけの強い想いが必要ってわけだな。



お前にとっての想いや原動力は、弟子への愛情だろ?


ならば、それがどこまで強いものなのかを確かめさせてもらおうじゃねえか」




俺は先生に向き合い、答えた。



「もちろん、心の底から愛しています。


俺はいつでも、あいつの味方ですよ」





「お前の弟子が人を殺してもか?」





「……え?


今なんて?」



唐突な質問に、俺は一瞬、フィデス先生が何を言っているのか理解できなかった。




「あいつが人を殺して、それをお前が庇い続けることになったとしてもか?」




先生がもう一度質問をする。


先生は俺に、ロークに対する愛情以上に確かめたいものがあるようだった。




「何言ってんですか。


あいつが人を殺すわけが…」



言いかけて、俺は止めた。



俺がロークと初めてスラムで出会った時。




あいつは、世界を心の底から憎んでいた。




あの時のあいつの目は、あらゆる生物を殺戮し、すべてを破壊しても足りないと言っているような目だった。




あれが、あいつの本性だとしたら?




あいつが、あのどす黒い憎悪を、ずっと抱えて生きているとしたら?


俺が一緒にいることで、あいつはその憎悪を抑えられているとしたら?




考えたくはないが、ロークは簡単に人を殺すことができる。




本人は自覚しないようにしているのだろうが、ロークが本気を出せば、どれだけ他の魔術師が束になっても敵わない。




もちろん、俺ですらロークには勝てない。


ロークが無意識的に自身の力を抑えつけているから、俺たちは師弟の関係を形だけ維持しているに過ぎない。


ロークの魔術の師匠として、とっくに俺は役目を終えている。




もし、ロークがあの時の憎悪で、人に危害を与えようとしたならば。




いとも容易く、多くの命が失われる。



あくまでも、もしもの話だが…




「もちろん、あいつが人を殺すなんてありえません。


俺が、そんなことはさせません。



ですがもし、そうなってしまったら…」




俺は、どうする?


俺は、言いよどむ。




もしそうなったら、俺はロークを止めるべきなのだろうか?


それとも、ロークを肯定し続け、側で守るのだろうか?




「…一度考えたほうが良さそうだな。


今日はここまでにしよう。



幸いにして、今日明日お前が死ぬって訳じゃねえんだ。



しばらく、お前の気持ちを整理しとけ。


迷いがあるようでは、お前の呪いを乗り越えるのはムリだからな」



先生は随分と短くなったタバコを押しつぶし、俺に語りかけた。



「そうですね…」



「だがな、ライル。


最後に一つ、聞いておきたい。



お前にとって、いちばん大切なのは何だ?」




そんなの、決まっている。

 




「ロークです。


あいつが、俺のすべてです」





俺は迷わず、そう答えた。






俺がロークに初めて会った時、あいつは生きる意思をほとんど失っていた。



それと同時に、そうさせた世界を心の底から憎んでいた。



そんなあいつが、俺の教えた魔術を初めて使った時。


生きるのを諦めていたあいつの瞳に、初めて希望の光が宿った。




あの日、どれだけ俺が嬉しかったことか。






学院に入る前、俺とロークは何年も世界を旅していた。



旅の道中、数多くの苦難があった。




だが、二人一緒なら、どんな苦難も乗り越えることができた。



泣いて、笑って、喜びを分かち合って、お互いを支え合っていたら、いつの間にか世界を一周していた。







ある夜、あいつが勇気を出して本当の名前を教えてくれた。



『ロクーラ・プリマベーラ』



ロークは、ずっと女である自分にコンプレックスを抱いていた。




娼婦である母親に殺されそうになって、命からがら逃げ延びて孤児になったときから、あいつは自分が女であることに嫌悪を抱いていたようだ。




また、ロークのいたスラムでは、周りの孤児の少女がゴロツキに襲われて、ひどい目に遭うことが日常茶飯事だった。



そう言った事情から、ロークは自分を男として偽るようになり、本来の名前と性別を封じていた。




だからこそ、女としての本当の名前を俺に打ち明けようとしたときは、相当に勇気が必要だったはずだ。



そこまで信頼して心を開いてくれたことが、俺には心の底から嬉しかった。






ロークにとって、俺の存在はどんどん大きくなっていた。


師匠としては複雑な気持ちはあったが、本音としては嬉しかった。




あいつのおかげで、俺は生きてもいいと思えるようになったからだ。




俺自身、両親を呪いで死なせてしまったことで、ずっと罪の意識があった。




その罪を贖うために、誰かのために生きたいと思っていた。


俺が死ぬまでの短い期間のうちに、誰かのためにこの命を燃やして、満足して死にたいと。




そうしなければ、俺に生きる価値はない。


俺は、生きているだけで身体の呪いを溢れさせ、周りの人を殺してしまうかもしれないからだ。




その願いがあったからこそ、いつしか俺自身が、あいつの存在に救われるようになっていた。




俺の方も、あいつが側にいない人生を、全く想像できなくなってしまった。




「ならいいさ。


その気持ちさえ忘れなければ、お前はきっと大丈夫だ」



フィデス先生はそう言って、笑って俺を送り出した。




「ああ、そうだ。

もう一つ言っておこう」


俺が部屋の出口の扉に手をかけた時、先生が俺を呼び止めた。




「ライル、お前の弟子の正体だが…。


お前も、とっくに気づいているよな?」




「………」



俺はあえて、何も答えなかった。




「答えなくていい。


お前が気づかないふりをしているなら、それでいい。


ロークが何者であろうが、お前に大事なのは、何があろうと最愛の女を守り続けるという覚悟だ。


その意味は…わかるよな?」



「………はい、先生」


それだけ答えて俺は部屋を出た。




学院の廊下を歩きながら、俺は考えていた。




ロクーラ・プリマベーラとは何者なのか。




なぜロークが、あんなに魔術の才能に溢れているのか。


なぜロークが、俺にあれほど執着するのか。


なぜ、俺の呪いを解消するにあたって、先生は俺の想いを確かめたのか。




ああ。


これまでずっと、『そうじゃないか』って思っていたよ。




気付かない訳がない。


俺とロークは、ずっと一緒にいたんだから。






======


・あとがき、解説


ロークがウリの作品なのにロークが出てこない謎回。

男二人が話をするだけの地味な回です。

不穏な話が続きますが、最後はハッピーエンドになります。



以下追加のキャラ設定。


・ライル・ストレーガ

主人公。

魔王を倒した勇者の息子。


両親が魔王を倒した時、魔王が最後の呪いを遺した。

勇者そのものに対してではなく、勇者の子供に呪いをかけるという遠回しな嫌がらせで。


呪いの効果は、『なんでも溶かして死滅させる呪いの泥』

地味だが、結構えぐい。


呪いの泥はライル自身の魔力や生命力を元にして発生するようになっているので、ライル自身を溶かすことはない。

それでも、呪いが体外に溢れないように抑えたり、呪いの発生に生命力や魔力を奪われたりしているので、ゴリゴリ寿命を削られている。


幼いときに呪いの制御ができず、両親を死なせてしまった。

それがトラウマとなり、自分が存在するだけで周囲の人物を殺してしまうかもしれないと思っているので、見た目以上に自尊心が低い。


そういった事情から、ロークの存在が大きな精神的支えになっている。


・フィデス・サピエンティア

ライルの担任教師。

呪いの専門家。20代中盤。

事実上の妻がいるが、童貞。


神官を多く輩出してきた家系の出身。

生まれつき数多くの呪いを抱えている。


あまり戦いは得意ではないが、呪いや歴史、儀式に関しての知識は世界トップクラス。

ヘラヘラとした態度をとっていて、服装も適当な装いだが、世界的に見てもすごい人。


中央魔術学院においては、呪いに関する講座を担当している。

しかし、体系的に分かりやすく、使いやすくて人気がある魔術とは違って、呪いは分かりにくく、再現性が低いため、講座には空席が多い。


ライルはその中でも熱心にフィデスの講座を受けている。

それ以外にも、フィデス自身がライルの両親に恩があるので、ライルのことをかなり気にかけている。


・魔王

かつて世界を相手に、たった一人で殺戮を繰り返してきた女。

数多くの犠牲の末、ライルの両親たちが倒した。


激しい憎悪と悪意の塊。


かつてはどこにでもあるような田舎村の、どこにでもいるような善良な獣族の娘だった。

しかし、ある日突然正気を失い、それとともに絶対的な殺傷能力を手に入れて、人々を殺すようになった。

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