3.弟子は脱ぐとすごい

シャワーを浴びた俺は、服を着て脱衣室を出たあと、ベッドのある部屋に向かった。

そこには、すでに下着姿になっているロークがベッドに寝転んでいた。


「あれ、早かったね。

もう少しゆっくりしてても良かったのに」


「うるせぇよ。

あんなことされてゆっくりシャワーなんかできるわけねえだろ」

俺は半ばキレ気味に言葉を返した。


「あはは。

ごめんごめん。

ちょっと調子に乗りすぎたよ。


キミがボクを置いてシャワーなんて浴びるから、つい寂しくなってさ。

キミの温もりを肌で感じたくなったんだ。


だからさっきのはキミの責任でもあるんだよ」


ロークはこれが通常運転だ。


俺が少しでも離れようとするとすぐに距離を詰めようとする。

流石にシャワー室にまで押し掛けて、裸で抱きついてくるのは今回が初めてだが…


もう、そんなことすら日常に溶け込んでしまっているのがある意味恐ろしい。


「依存にも程があるだろ…ったく。


ほら、そんな格好じゃ風邪を引くだろ。

早く服着ろよ」

俺はロークの部屋着を持って、ベッドのロークに投げる。


「えー、せっかく二人きりなんだからいいじゃん!」

ロークは部屋着を俺に投げ返して、不満そうな反応だ。


「よくねえ。

お前、自分が女だってこと分かってんのか?

男と同じ部屋で暮らしていて、そのナリはマズいだろうが」


ロークの姿は、目に毒だ。

こんな下着姿で間近をうろつかれたら、男の俺は心がざわついて仕方がない。


「へえ。

なんでマズいんだい?」

ロークがニヤニヤと笑いながら訊ねてきた。


「なにがって……」


理由は一つしかないのだが、それを本人に伝えるのは恥ずかしすぎる。


「教えてくれないのかい?

なんでかな?」

ロークはいたずらっぽい笑みで、俺を見つめ返してくる。


最近のこいつは、表情に妙な色気が出てきた。

かつて一緒に世界を旅していた時の子供のような顔とは違う、女としての顔が見え隠れするようになってきたのだ。


学園に入学してからその兆候はあったが、同棲してからより一層、女らしさを俺にアピールするようになった。


その度に俺は、こいつに心を奪われそうになる。


「……お前には関係ねえよ。

とにかく、ちゃんと服は着てくれ。

本当に頼むよ……」


「ふうん。


…分かったよ。

ライルがそこまで言うなら、着替えることにするよ」


ロークは渋々といった様子で、俺の渡した部屋着を受け取った。


「ああ、助かるよ。

いつもそんなふうに大人しくしてくれたらいいんだけどな」


俺は安堵の息をついた。


しかし、ロークはロークだった。

俺への依存は留まるどころか、さらに加速する。


「ほら、なにぼーっと立っているのさ。

早くボクのブラジャー、外してよ」


「はあ?」

またこいつは面倒なことを要求してきたな…。


俺は今までのやり取りで疲れて、少しイライラしてきた。

驚きを通り越して、呆れの気持ちが湧いてきたのだ。


「… 自分で出来るだろ。

そもそも、なんで部屋着を着るのにブラを外さないといけないんだよ?」


「このブラ、通気が悪いんだよ。


この上に部屋着を着ると蒸れちゃうから、他のやつを着けたいの!

一人じゃフックを外すのが難しいブラだし!」


そう言ってロークはこれ見よがしに胸を寄せて見せてくる。



…いや、流石にデカすぎんだろ…

普段どうやってサラシの下にこんな爆弾を隠し持っているんだ?


…いや、流されるな…!

でないとこの女の身体に溺れるぞ。


「だったら、そんな不便な下着を着るなって」


「えーヤダ!

可愛いんだもん、このブラ。

しかもこれ、ライルに見せるために着けてるんだよ?」


「俺は頼んでねえよ。


それに、一人じゃ外せないのも、通気が悪いとかいうのもウソだろ。

それくらいは自分でやれって」


とはいいつつ、実際よく似合っている。

似合いすぎているからこそ、一緒に暮らして我慢するのが大変なのだ。


「あーもう、うるさいなぁ。

ほら、早くしてよね」


ロークは痺れを切らしたのか、俺の手を取って自分の胸に近づけようとした。


「ちょっ、おい待てって……!」

俺は慌てて、手を引っ込めた。


「…なんだよ、そんなにボクと一緒にいるのがいやなの?」

ロークが拗ねたように口を尖らせた。


「違う。

俺がお前を嫌いになるわけがねえだろ。


ただ、お前は俺に依存しすぎだ。

自分の下着くらい、自分で管理できなくてどうするんだよ」



「……依存?

ははは、何を言い出すかと思ったら。


依存の何が悪いって言うんだ?

ボクとキミはずっと一緒なんだから、お互いに依存して生きていくのは当たり前じゃないか」

ロークは不貞腐れた目で俺を見つめながら、口元を歪めた。


「お前なあ……」


俺は思わず言葉を失った。

ロークは一生涯、俺から離れるつもりはないらしい。


その気持ち自体は、正直嬉しいところもある。

だが、このままでは遠くないうちにロークはダメになってしまうだろう。


それに、俺とロークはずっと一緒にいることは出来ない。

必ず、ロークとの別れがやってくる。


俺がいなくなった時に、ロークは生きていけるのか?



「なあ。あんまり困らせるなよ。

最近のお前、流石にひどいぞ?


少しは自重しろ」


「嫌だよ。

ボクはキミがいないと生きていけない。


それはキミと出会った頃から全く変わっていないし、これからも変わる気はないね」


ロークが真剣な目で俺を見る。


この真剣な顔が、俺への依存表明じゃなかったらどれだけ誇らしいことか…。


「そんな情けないことを堂々と言うな。

お前、そんなんだと俺がいなくなった時どうするんだよ?」


「いなくならないよ?

ボクとキミはずっと一緒なんだから」



即答である。

微塵も俺と離れることを考慮していない。


むしろそんなことを言う俺のほうがおかしいとでも言わんばかりの態度だ。



このままだとまずいよなあ。

俺は、間違いなくロークよりも先に死ぬのに。


「…なあ、お前さ。

10年後20年後って、何してると思う?」

俺はロークに問い掛ける。


「えっ?

いきなり何を言っているの?」


「だから、10年先とか20年後の話だよ。

お前、今はまだ学院の学生だけど、あと数年で卒業して魔術師として独り立ちするだろ。

そのあと、どんな人生を送ってるのかなってさ」


「…そんなの分からないよ。

未来のことなんて考えるより、キミのことを想うほうが大事だし。


あ、でもキミと一緒にいるのは確実だろうね。

二人きりの時間をずっと過ごして、お互いのことを深く想い合っているんだ。

うん、絶対にボクとキミは幸せだよ!」


ロークは自信満々に答えた。

その自信満々さが、ひどく儚く見えた。


「…そうはならねえんだよな…」

俺は頭をボリボリと掻きながら、小さくつぶやく。


「……?

何か言った?」

ロークは怪訝な表情で俺に訊く。


「いや…。



…なあ、もしもの話なんだけどさ。


もしも…俺があと数年で死ぬかもってなったら、お前はどうする?」


俺はおそるおそる聞いてみた。


正直に言えば、聞きたくはない。

ロークの精神が不安定になりかねないからだ。


だが、聞かないわけにはいかない。

俺が聞こうと聞かまいと、俺がロークを残して死ぬのは避けられないからだ。



「…ねえ、ライル。

冗談でもそんなこと言って欲しくないな」


ロークの顔がひどく強張っている。

やっぱり本当の事を話すのは厳しいな。


「だから、もしもの話だよ。


絶対にないとは言い切れないから、その時お前はどうするんだろうってのが聞きたいんだよ」


「そんなことは考えたくもないし、そんなことには絶対にさせないよ。


それに、言わなくても分かるだろ?

ボクはキミの後を追って死ぬよ。

当然じゃないか。

キミのいない世界なんて、生きる意味ないからね」

ロークは静かに怒って、俺を睨む。


やはりこうなるか。

まあ、予想通りではある。


「……だよなあ……」


「分かっているなら聞かないでほしいな。

キミが死ぬってことは、ボクが死ぬことと同義なんだから」


ロークは俺を睨みつける。

これ以上この話題を続けるのは危険だ。

ロークが俺の余命のことに勘づきかねない。


「すまん。

ちょっとお前の気持ちを確認したかっただけだ。

わるかった」


「ほんとだよ。

ボクは絶対に、何があっても、何度生まれ変わっても、キミを愛しているんだから。

ボクのこの気持ちだけは疑わないでね。

分かった? 返事は?」


「ああ、分かってるよ。

お前の気持ちは十分すぎるほど伝わってる」


俺は素直に謝る。

ロークの好意は明白だ。

それ自体は正直、嬉しい思いさえあるくらいだ。


「それならいいけどね。

まったくもう……ボクの心を傷つけないでよね。

傷ついた心を癒やすために、これからキミはボクの下着係だからね」


ロークはぷりぷりと怒りながらも、俺の首に手を回し、顔を近づけてくる。


「げっ…!

それ、マジでやるのかよ…」


「もちろん。


さっきほんの少しだけ、キミが死ぬところを想像しちゃったんだ。

ほんの少しでも、すごく辛かった。


ボクが受けた心の傷は深いんだ。



じっくりキミの奉仕で癒やしてもらうよ。

ボクのブラジャー、ちゃんと脱がせて。

言い訳は聞かないからね♪」


「ひえええ…」



その後しばらく反論をして、ロークへの抵抗を試みたが、結局押し切られてしまった。

俺がロークを拒絶できないのをロークも分かっているから、どんどん要求を通されてしまう。


そうして俺は、やたらでかいロークのブラジャーの着脱もその場でさせられ、それからの俺はローク専属の下着係となった。


こうして、俺は日々ロークとの依存が深まっていく生活を送っていくのだった。


ある意味で刺激の強すぎるその生活が、俺にとっては理性と欲望との葛藤の日々であり、地獄のような毎日だったことは想像に難くないだろう。



だが、その程度ならまだましだ。

いくら気狂いの弟子とはいえ、愛している女との生活ではあるのだから。



より避けがたく、より深刻な問題───俺があと数年で死ぬ運命にあり、ロークが確実に俺の後を追うという問題に比べれば。




==========

*補足・後書き

距離感バグり天才王子様弟子系女子の三話目です。



なんか無駄に不穏な設定出しましたが、私はハッピーエンド大好き人間なので、最終的に二人は結ばれるし、末永く幸せに生きていきます。



ロークはかなり胸がデカイです。

同棲生活中は、その胸を押し当てたり、これ見よがしに見せつけたりして、ライルを誘惑しています。

単純でアホみたいな発想ですが、流石に10代の男であるライルには、抜群に効いているようです。


二人とも同じベッドで寝ています。

当然、ロークがむりやり強要したからです。

最初は同じベッドに寝るだけだったのが、どんどんロークの要求がエスカレートしてきて、寝るときに抱き着いてくるようになりました。

ちなみに抱き着くときに、尻尾で相手をぐるっと取り囲んで拘束する癖があります。


ライルからすれば、目の前に最愛の女が抱き着いてきているのを毎晩我慢しなければなりません。

ライルは人並みに性欲があるので、寝るときはある意味地獄ですね。



ロークはライルが呪いで長く生きられないことを、薄っすらと気づいています。

が、あんまりライルと別れることを考えたくないので、気づいていないふりをしています。


ライルが長生きしても、短命に終わっても、ロークはためらいなく後を追って命を捨てるつもりなので、「どの道ボクがやることは変わらないや」の精神で考えないようにしている感じです。

本人はライルと一緒にいられればそれでいいので、あまり長生き自体には興味がないです。



なのでライルの葛藤は、ロークの視点から見れば全くの杞憂です。

しかしライルとしては自分のために、弟子でもあり最愛の女が後を追って死ぬのがどうしても受け入れられない。

かと言ってロークが自分から自立する気が皆無なので、さあどうしようか、とがんじがらめになっていた感じです。


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