俺の名前は、松尾 亘

第3話 

 頭上から「そこで何をやっているんだ?」と叫び声が聞こえ、陽依奈が顔を反射的に上げると、そこには、半袖のシャツに黒く薄いズボン姿の男性が、目を丸くして立っていた。状況から察すると、自分はどうやら道路の隅に座っている

 陽依奈は、ぼんやりしたままで「えっ・・・・・・と」と言いかけて、やがて、口を閉ざした。

————あれ? 私、確か、ジュースを飲んでいて・・・・・・。

はっとなり、陽依奈は立ち上がって、自分の身体を触っていくが、見た目だけで判断する限り、目立った外傷はなさそうだ。

————さっきの出来事はなんだったんだろう?

彼女は、そっと胸を撫で下ろした。

陽依奈のそんな言動を見ながら、男性は苦笑する。「おいおい、大丈夫か?」

「あっ、うん…………」

 男性が不意に真顔になったと思った矢先、陽依奈の顔を覗き込んできて「君って、ひょっとして、今日、○✖️高校に転校して来た子?」と言いながら、首を多少、左に傾ける。

————転校? 私が?

陽依奈は訳がわからないながらも無言のまま、頷く。

 男性は「だろう? やっぱり、そうだと思った」と得意げに笑い出す。「だけど、君もおもしろいよな?」

「はぁ? どうしてですか?」

今度は陽依奈が目を丸くする。

「俺もあの高校に通っているんだけど、よりにもよって、一学期の終了式の当日に転校してくるとか、笑えるんだけど」

男性は声を出して笑い始める。

「悪かったわね。そんな日に転校して来て」

————どうして、私、こんなにムキになっているんだろう?

「そんなに怒らなくたって、いいだろう?」

「あなたが失礼な事を言うからでしょう?」

 男性が「まぁまぁ」と言いながら、陽依奈を宥める仕草を取っていたが、またしても真顔になり「ところで、君の名前は…………、確か…………」と、今度は考え込む。

「松尾陽依奈です」

「そうそう」男性は顔を輝かせた。「松尾! 俺も君と同じ名字で松尾」

「偶然だね」

 男性が「俺の名前は、松尾 わたる! あの高校に通う二年だ。よろしくな!」と言って、右手を差し出してきて、陽依奈は内心、気後れ気味だったが「こちらこそ、よろしくお願いします」と彼の手を握り返した。

———松尾亘? どこかで聞いた事がある名前だなぁ。

亘は手を離した後も、ただ、陽依奈を見ながら微笑み続けているが、不思議と不愉快にはならない。

————その笑顔、見覚えがある。

陽依奈は頭の中を咄嗟にフル回転させ、やがて、目をパッと見開いた。

————松尾亘って、お父さんと同姓同名だ! それに彼が笑った時の顔、お父さんのそれとまったく、瓜二つだ!!!

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