昼メシ、一緒に食べないか?

第4話

 亘が「君って帰っても、どうせ、一人なんだろう?」と聞いていきて、陽依奈は「うん。そうだね」と頷いた。

「しかし、さっきの終了式で君が言っていたけど、いくら仕事と言ったって、君の両親、二人して、日本に娘一人残して、海外に行くなんて…………」

————両親が海外? って、どういう事?

「私が、残りたいって言い出した事だから」

————あれ? どうして? 言葉が口から勝手に出てくるのだろう?

 亘が「ふーん」と気のない返事をした。「松尾さんは、それで、平気なのかい?」

陽依奈は一瞬だけ真剣な顔付きになり「平気って言ったら嘘になるけど…………、大丈夫って言うわ」と答えると、すぐに微笑んだ。

「君って強いんだね」

「強くなんかないわ」

「でも、なら、どうして、この町に引越して来たんだい?」

「それはね。おじいさんとおばあさんが、この町に住んでいるからよ」

「それじゃ、二人と暮らせばいいんじゃないか?」

亘が首を左に傾ける。

陽依奈は「もちろん、それも考えたわ」と言った。「でも、それじゃダメなの」

「どうして、それじゃダメなのさ?」

「だって、私が小さい頃から、両親からは自分でなんでも出来なきゃいけないって言われてきたから」

————どうして、こんなに嘘八百な事をすらすら言えるのだろう?

「でも、君はまだ高校生だよ」

「もう、私は高校生よ」

亘は目を見開く。

「それに、一人暮らしって言っても、おじいさんたちの家とは目と鼻の先だから、何か困った事があれば、すぐ二人の元に飛んでいけるし、自分の中の不安は不思議なことに、そんなにはないんだよ」

「松尾さんって、やっぱり、強いんだね」

 陽依奈は「ねぇ。ずっと思っていたんだけど、その松尾さんって呼ぶの、やめてほしいんだけど」と言うと、亘は「えっ?」と、発した。

「だって、同じ、松尾なんだし。陽依奈でいいよ」

亘は「そうか、わかった」だけ言うと、何故か黙ってしまった。

 重い沈黙がその場を包み込み、それに耐えかねた陽依奈が顔を右に向けると、眼前に広がる景色に違和感を覚える。確か、ビルがひしめき合うように建ち並んでいて、そのわずかに出来た隙間にコンビニやカフェも建っているはずなのに…………、いや、コンビニは建っているが、数が少ないし、知らない店名だらけだ。それに対して、スーパーマケットが何軒もある。

————ん?

亘に視線を向け直し「あの、ここって、どこですか?」と訊ねると、彼は眉間に皺を寄せて「はぁ? 何を言っているんだ? ここは————」と町名を答えた。

陽依奈は言葉を無くす。

———私が住んでいる町だ。

陽依奈は再度、周辺を見渡すが、知っているそれとは、やはり、明らかに違っていて、ハンバーガーの店も有名店の一社しかない。一番、驚いたのは携帯電話などを扱うキャリアショップが見渡す限り、どこにもない事だ。

————ここは、本当に私が知っている町なんだろうか?

陽依奈は底しれぬ不安を覚えた。

彼女の言動をまたしても不審に思ったのか、亘が「そっか。陽依奈ちゃんは引越してきたばっかりだから、まだ、この町の事はよく知らないのか?」と、まるで、独り言のように呟く。

————いや、そういう事じゃなく。

「それじゃ、明日、俺がこの町を案内してやるよ」

亘は何故か、一気にやる気に満ちてしまい、陽依奈は彼の迫力に負け、何も言えないまま、頷いた。

 亘がその勢いのまま「それじゃ、とりあえず、今から、俺ん家に来ないか?」と言ってきて、陽依奈は思わず、身体を硬直させた。

「いや、勘違いするなよ。君が一人なら、昼メシでも、一緒に食べないかって思って誘っただけだ!」

亘は彼女の反応に狼狽えたのか、一歩下がり、両手を胸の前に出す。

その彼の態度に嘘はないと直感した陽依奈は「そういう事なら、行こうかな?」と了承した。

 亘が「じゃ、行くか」と言ってきたので、陽依奈は「ちょっと待って」と言いながら周辺を見渡す。しかし、地面には、あるはずの自分のカバンがなかった。彼女は、気が動転し、その場の隅から隅まで見てまわっていく。

「どうかしたのか?」

亘が上から自分を見ている視線を感じる。

「カバンがないの」

「カバンがない?」

亘も膝を折り、陽依奈と同じ目線になった。

「学校に置き忘れたんじゃないのか?」

「そんなはずはないわ」陽依奈は正面を向きながら言う。「ちゃんと、学校から持ってきたはずだもの」

————そう言えば、巨大な渦に飲まれた時、カバンは、ひょっとして、手からすり落ちたかもしれないけど、見つからないって、おかしいでしょう。

「カバンがなくったって、別にいいじゃん」

「よくないと思うけど…………」

「何、クソ真面目な事を言っているんだ」亘の顔が一段と輝いた。「俺たち、明日から夏休みだぜ!」

————そういう考えで、良いのだろうか?

 亘は立ち上がると身体を翻し、歩いて行き、陽依奈も黙って、彼の後を付いてゆく事にした。

————亘君には言わなかったけど、スマホも消えているんだよなぁ。それに亘君って、スマホに一回も触っていないんだよなぁ。

 亘の「…………って、聞いている?」と、声が不意に聞こえてきて、陽依奈は我に変える。

「ごめん。考え事をしていて」

彼は、ため息を付いた。「だから、昼メシ、何がいいんだよ?」

「あっ、なんでも大丈夫だよ」

「メシは俺が作るから、リクエストがあれば言いなよ」

「うん。ありがとう」

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