第一章・一日目

夏休み前日の………

第2話 

 松尾まつお陽依奈は、電車とバスを乗り継ぎ、自宅まで続く、まるで、フライパンと化したアスファルトの上をただ黙々と歩いている。夏用の制服のシャツは汗を大量に吸い込み、目視が出来る部分は、その色が変色していて、背中の方は、シャツの全体的に重みを感じる。

————みんなとカラオケに行く話、断ったの、やっぱり、マズかったかな?

陽依菜は、右手に持っていたハンカチで額を拭った。

 一学期の終業式が行われた今日の時点で梅雨はまだ明けていないというのに、午前中でも体育館の気温は軽く三十五度を越えていて、両脇に何台が設置されていた大型の扇風機から出る風は湿気も含んでいたせいもあるのか、体感する時には生ぬるくなっていて、陽依菜は軽度の貧血を覚えた。冷房が効いている教室に戻っても、体調は戻る事はなかったが、保健室に行く気力もなく、ただただ時間が過ぎることを待った。

 松尾家の両親は共働きだ。父親は建設業、母親は郵便局の社員で、自分の体調不調が理由で送迎を頼むのは陽依奈自身、二人に対して気が引ける。特別、家事と仕事の両方ともこなしている母親には「これ以上、負担を掛けたくない」という気持ちが強く、陽依奈はダルさを感じる身体からだにムチを打ちながら、ひたすらに歩いていた。

 陽依奈は不意に立ち止まり、周囲を見渡し、やがて、道中の自動販売機に焦点を定めた。

————喉が渇いたから、ジュースでも買おう。

小走りで駆け寄り、カバンから財布を取り出した彼女が迷わず選んだ飲み物は炭酸飲料。カラカラに渇き切った喉に勢い良くジュワーと駆け抜けていく液体の冷たさが心地よく、陽依奈は半分程の量を一気に飲み干した。

————夏は、やっぱり、これに限るなぁ。

陽依奈は炭酸飲料の缶を澄み渡る青い空にかざした。

 陽依奈が缶を口に運ぼうと右腕を動かし、日光が缶に反射した瞬間、視界が急激に揺らぎ始める。

————えっ? 何が起こっているの?

陽依奈の手から缶が、すり抜けた。

 瞬く間に目の前の景色が変形していき、やがて、それらが目まぐるしく混ざり合い、最終的には巨大な渦を作った。

————怖い、誰が助けて!

そう思うのに、何故か、声は出ない。

 渦からは半透明の小さな泡が無数に発して、彼女に向かって飛んでくる。恐怖に耐えかねて、その場から動こうとするが、力を込めても地面に瞬間接着剤を塗ったかのように足はビクリとも反応をしてくれない。

————嘘でしょう?

 数秒前まで、立っているだけでも焼ける程の高温だったはずなのに、冷たさを感じ、足元に目を向けると、ゆっくりと白煙が立ち上り、陽依奈の身体を包み込んでいく。

 電話! と思いついて、カバンの方に手を動かそうとしても、やっぱり、意図通りにはならない。

————これは夢よ! そうよ、きっと夢だわ!

そう思おうとした瞬間、白煙が全身を包み込んで身体から体温を奪い、陽依奈は雪像になってしまった。

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