第6話 星の通り道



「そんな驚かなくても……お気づかい無用です」


「なんで、そんな風に笑えるんですか?帰りたくはないんですか」


「帰るといっても、私にはもう帰る場所なんてないんですよ」


「どういう……」



 彼女の言葉は淡々としていて、帰れないことにも、こんな偽物の世界でずぅっと、罪を償うことも全て受け入れているようでした。


 その態度がなんだか虚しくて、見てるこっちが辛くてぼくは無駄に声を張り上げてしまいます。

 

でも、だって、そんな、きっと、もし。

そんな、言葉たち。



「私がもし、帰れたとしても幽霊のまま彷徨うだけになりますしね。

 身体はもう随分と前に灰にされていますから」


「夢見草を切ると死ぬの……?!それで罪人扱いって散々すぎる!!」


「そう受け取りますか……。

 いいえ、罪人になるのは仕方ない、そう私は思っております。

 実際、私は自分で自分の首を絞めてしまったので。……まぁ、実際は肉体がぐちゃぐちゃにする方でしたが言葉の綾ということで」


「まぁた、あんた意味わかんないこといってるんですけど」



 ぼくは彼女をじっとりと見つめて、あ。という間抜け顔をかまします。

 そんな彼女にぼくはほとほと呆れて、頭を掻きました。すぐにお話が脱線してしまうのはどうにかならないものでしょうか。


 こほん、と彼女が話題を呼び戻す呪文のように、小さく咳払いをしました。


「夢見草の花や蕾は、私たちの夢の結晶でございます。

 ……ただの夢だけならば、幹に触れることはできないでしょう?

 つまりは、夢見草は夢と現実をもとにした生命体、になります」



 ぼくは、ぼくのモノだという夢見草を見上げます。

 花どころか蕾すら見えない、そんな寒い印象を受ける木。けれども、幹は立派な上、根っこもがっしりしています。

 ぼくの様子を見た彼女はこくり、と頷きます。


「あなたのモノは、幹がとてもしっかりしていて、立派です。

 ……あなたは現実主義者リアリストなんてよく言われるでしょう。夢のことなんて、夢の力なんてないと思っている」


「悪いですか?」


「私の口からはなんとも言えません。

 ただ、あなたは夢見通りで、夢への通り道で足を止めてしまった。

 そこで、あなたは罪人になる一歩手前まで来てしまった」



 彼女はにこり、と愛想のよい笑顔を作ります。

 ああ、でも。氷の仮面で浮かべた嘲笑なんかよりも、ずっとぼくに近い気がしてくるですから不思議ったらありゃしない。



「それが何にせよ善悪を決める最大要因になるかと」


「それもそうだけど」


「人間は現実だけで生きていけるほど、惰性だけでで動ける生命体ではありません。

 それだけでよかったなら言葉なんて生まれなかったでしょう」



 彼女は今にも涙が溢れてきそうな双眼をそっと抑えて、上を、月と星を見上げました。



「ああ、でも哀しいことに……私たちは。

 ____人間は夢を見ていないと生きてはいけない。でも、夢だけでは生きることは許されないから」



 だから。

 その三文字だけ小さくて、掠れてそのまま泡のように、夢のようにきえてしまいそうな声をしていました。



「花ばかり咲かせて幹をしっかりと成長させられなかった私は、ここでひとりになってしまいました」


「……毒か安全かは量が目安だっていう感じなのかな」


「はい、その通りです。

 夢の大量摂取も、現実の大量摂取も心には毒なのでしょう」



 せっかくですから駅までお送りいたしましょう。

 彼女がそういうので、思わず電車で帰れる。ということに腰が抜けてしまいました。

 だって、そんなシンプルに。


 そんなぼくに彼女は「厳密には違うんですよ」なんて白けてしまうような返答をしました。



「厳密には……って曖昧な情報はいりません。

 一歩間違えたらぼくも一生あなたとこのままなんてごめんです」


「吉野さんが管理人になるのなら私は天にのぼりますね」


「え、成仏?」


「いえいえ、とんでもない。

 この空には大きな月と小さな星々があるでしょう?」



 彼女が指をあおい偽物じみた空を指指します。

 釣られてあおを見上げてしまった後にあ。と心の中で人知れずこぼします。

 あっち向いてホイでだったら負けだ、やっていないから負けにはならないけれど、なんだか悔しい、なんて。くだらない。



 ああでも。見上げた時の月光の眩しいことと言ったら! さながら舞台のスポットライトです。



「おわかりでしょうが、あの空は偽物です。

 天井や壁……外界との関わりがを立つような役割をしていることでしょう」


「じゃあ、関わりはほんとにないってことですか」


「ええ。そしてさながら月は電灯とでもいうべきでしょうか。

 ……いえ、むしろスポットライト?私たちの動きに合わせて動く、監視にはうってつけの」


「なんであんたの話には、無駄がおおいんですか?」


「申し訳ありません。

 こういう性質たちですので、ご了承ください。

 そして、月はスポットライト。では、星はというと、先代やずっと前の管理人の方々です」


「……役目を終えたらば星。随分とロマンチックな終わりじゃないですか、人間よりも」



 失言。


 そうだと気づくのに数十秒。

 理由も彼女の足音が消えてしまってからだ、というぼくはほんとにしょうもないのです。



「星になったら、言葉も感情も、記録するだけという機械になります。

 私は……そうなるのは嫌です」

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