第5話 のろい



「ああ……私もまだまだ未熟者ですね」



 そんな言葉を漏らして、管理人の彼女は見た目通り____思春期の高校生のような笑みを形造ります。氷なんてもう跡形もない。

 その一方で、そのままいい雰囲気で終わりかけてしまいそうだったので、ぼくは『待った』をかけようと管理人の彼女に近寄りました。



「では、吉野さん。手短にご説明させていただきます、いいですか?よく聞いてください」


「は?……ちょ、さっきのセリフは……舌の根も乾かないうちに……?」


「ああ、誠に申し訳ありません。ですが、時間がありませんので。

 これ以上放っておくと、吉野さんはここから帰れなくなる可能性が上がります」



 管理人の彼女に左腕を掴まれます。……けれど、彼女はなぜかほんの一瞬右腕の前で戸惑って。

 そんな彼女に余裕なんてないので、ぼくはそのまま引きずるように彼女の後をついていく他ありません。

 あまりに突然でぼくはまた、言葉を失います。

……どうやら、今度は管理人の彼女の暴走、というわけではないようですが。

 でも、ぼくになにも言わず従うような『素直さ』

いえ、この場合でしたら『従順さ』とでもいいましょうか____なんてものを投げ捨てたくて、問い正します。結局は、流されてしまうのですけれど。



「帰れなくなるって……?

ここからどうやって帰るっていうんですか?!帰る方法あるんだったらもっと早く!!」


「手短かに説明するのは少し難しいのですが、それでもよろしいのでしたら」


「あんたは前置きが長い!!いいから、ぼくの最初の質問の答えは?」



 彼女はぼくの左手を離します。

 そうしてこちらを振り返って、管理人の彼女は漫画みたいに真一文字に引っ張った口を開きます。



「吉野さんの最初の質問は、夢見草の栄養源でしたね。

……この枯れかかっているこのモノは、あなたです」


「は……?」


「先ほどまで話しました、小さな歪なモノは……私でした」


「それぞれ違う?」


「はい。ひとり一本ずつだけ夢見草を持っています」



 彼女が唇を噛み締めたのが視界のはじっこに映りました。

 ぼくは首を傾げます。

 先ほど、踊って辿りついたはずの場所。

枯れかかっている桜____夢見草のもとに、先ほどと変わりない景色。そこにぼくらはいました。


 なんで?ほんの数歩しか歩いてないから、彼女がぼくをなぜここに連れてきたのかの意味がが全くもってわかりません。



「……お願いします、吉野さん。右手の凶器を捨ててください」


「右手の凶器……?」


「落ち着いて、右手を見てください」



 彼女はぼくの右手を忌々しそうに見つめ、右手を指でしめします。

 眉間にしわを寄せて、言外に不満を表しても管理人の彼女は右手を指差したまま、自分の意見を譲りません。

 だから、ぼくは彼女の言葉に折れて右手を見て、その後に言葉を失いました。



「斧……?なんで」


「いいから、手を離して!!」



 その勢いに驚いて斧を握っていた右手がびくり、と大きく跳ねてしまいました。

 その瞬間に、手から斧が滑り落ちて、派手な音を立てました。



「なんで斧が……?」



 思わず、自由になった右手を左手で包んで存在を確認します。

 そもそも、右手にそんな斧を持っているなんて感じなかった……。それが奇妙で何度も斧と手を見比べてしまいます。

 そんなぼくの様子を見た管理人の彼女は最初のころのように、聞かれてもいない質問に回答していきます。



「吉野さんが夢見草を『必要ない』と判断したせいですよ。……私が焚き付けてしまったせいもあるのですが」


「いやでも、夢見草には意思はないって」



 その言葉に彼女は困ったように笑いました。

それはさながらクレーマーに対応する雇われ店長のようでした。



「本気であなたは必要がないって思ったでしょう?

その行動は夢見草の呪いではありません。潜在意識ですね」


「はぁ……。なんか『もう全部解決、大団円!!』みたいになってますけど大丈夫なんですか?」


「ああ、そのことでしたらもう心配はありません。

夢見草さえ伐採しなければ、元の世界に帰ることができます」


「よかった……」



 ホッと胸をなでおろしかけた、ぼくの手を止める言葉がありました。

 先ほどの管理人の彼女の、言葉。





『夢見草さえ





「あの、あんたは帰れるの……?」


「何を突然おっしゃるんです?私は、ただの管理人でございますが?」


「……」


「私は、夢見草を伐採したという罪で、ここで年中無休、24時間営業で、星々先代の監視のもと管理人をしております」


 とんだ、ブラック企業でしょう?


 そんな笑えないジョークをかます彼女を、目を見開いて見つめるほかに、ぼくにどうしろというのでしょうか。

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