第4話 氷の嗤い顔
「……1本の、夢見草の話をさせていただきますね」
「質問に答えてください。それがどう関わるっていうの?」
そのあと。管理人の彼女はすこし躊躇って、ようやく苦しそうに音を漏らしました。
「この話は、あくまでも一例になります。吉野さんが知りたいと、思われている情報について、詳しく説明できるかと思うのです……よろしいでしょうか」
「ぼくの知りたいことはさっき尋ねたものだけだとしても?」
管理人の彼女の曖昧な、誰からも否定されないような言葉選びに苛立って、ぼくは冷たく言い放ちました。
先ほどまでおんなじステップを踏んで、おんなじ場所へ向かって一体感を得ていたはずなのに、もうずっと遠くの世界の人のよう。
そして彼女は、やはりぼくの苛立ちさえも冷たい声で吹き飛ばすのです。
「吉野さんからでてくるであろう問いも含んでのこと、となるかと」
なんて具合に。
呆れてぼくも口を閉ざします。
もう会話にならないような、気軽に、彼女なんて呼べないようなそんな気だけがしました。
「夢見草も生命体ですので、もちろん『寿命』がございます。
夢見草の平均寿命はおよそ80年ほどと考えられます。
その夢見草のなかにも、天寿を全うできるもの、免疫が弱く病気にかかり枯れてしまうもの。……伐採されてしまうものなんて具合にございます」
管理人はくすり、と突然にも笑みをこぼします。
この話題のどこに笑う点があったのかがぼくには見当もつかなくて、パチパチと瞬きをして管理人の様子を眺めます。
「失敬。老衰、病死、不慮の死。
どの生命体も対して人間と変わらないものですね。
……まぁ、生命体ではないのなら関わり合いのないワードですがね」
「はぁ」
「……無理して相槌を打たなくとも結構ですよ。
さて、ようやく本題に入りますが。
これから話す夢見草は私がここで初めてみた枯れたモノとなります」
動揺が顔に出ていたのか管理人ははい、と声を出して頷きます。
この木には花どころか、葉っぱすらないので管理人と始めにいたあそこのように、あのあおが僕らの頭の上に広がっています。
「それは、とても小さな木でした。
そして、たくさんの花をつけていました。……異常なほどに」
「あの、異常ってどういう?
ここで花が咲くって、いい傾向ではないんですか?」
「……そうですね。
先ほど説明しましたとおり、夢見草は『夢』を栄養に花を咲かせます。
そして、例の木は花を咲かせていました。幹や枝の付け根や根っこに……」
小さな木の至るところに花が咲いている。
その情景を考えると、確かに異常に感じます。
本来なら咲くべきではないところに咲く。
僕らの世界じゃ真っ先に叩かれるモノです。いえ、排除されるというべきでしょうか。
ならば、管理人のいうように人間によく似た環境であるこの生命体たちは______。
「吉野さんがなにを考えられているのかは、だいたい見当がつきますので一言失礼致します夢見草には言語がありません。
夢見草、個々の感情や意識への干渉は不可能ですので」
「それは良かった」
ぼくは、それを聞いてすこしだけホッとしました。
知らず知らずのうちに力を込めていたらしい肩が軽くなるのを感じました。
「……良かった、のかどうかは私にはわかりかねます」
管理人のその言葉はぼくの耳を右から左へと流れて行ってしまって、その真意を尋ねませんでした。
「あなたがこのモノを切ろうというのと同様の理由……。
『見苦しい』ということだけで例の木は伐採されてしまいました。
……今はもう、その木のあった場所は更地になっております」
管理人はどこか遠くを見つめたまま、はは、とかわいた声を出しました。
そのとき顔は月明かりに照らされ青白く光っていました。
一見すると、人形のようにも見えるだろうその姿は遠い過去を嘲笑っている。
それがぼくには、なぜだかわかってしまいました。
みているこちらがいたたまれなくなるぐらい痛くて、「あの」なんて声を小さくかけようとしました。けれども、彼女は空気を読まず勝手に話を進めます。
「そのあと、夢見草の老衰を見届けました。
それをみた直後は『ああ、またか』なんて具合で全く記憶に残りませんでした。
けれど、星から新しい夢見草の芽ができたといわれて、驚きました。
なぜだと思います?」
ばっ、とぼくの方を振り返った管理人の気迫に押されて、一歩後ずさります。
彼女の表情は、自分を卑下する人が浮かべているあの薄っぺらい笑みのまま、凍っていました。
「あの」
「……ええ、そうです」
それだけ彼女は呟いて、身体を先ほどの向きに戻します。
「あの!」
「そこは______」
「あの!!」
「……ああ、申し訳ありません。吉野さん、質問をどうぞ」
「ああ、じゃあお言葉に甘えて!
あんた、最初ぼくに耳を塞いでも意味はないって説教垂れましたけど、あんたのやってることもぼくと一緒じゃありませんか?」
そうやってやや強めに言葉を投げつければ、彼女の背中はびくっと跳ねてゆっくりとこちらを振り返りました。
「返す言葉はない、この決まり文句のほか言うべきことはございませんね」
その時の管理人の彼女の表情。
それは、ひび割れた氷の仮面とでも形容するべきだと、そのときのぼくは思ったものです。
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