第3話 といとゆめみぐさ



どれほどの時間、僕と管理人の彼女は踊っていたのでしょうか。

曲も、周りの音もなく、僕らのきぬ擦れの音だけしか知らないから、正確な時間はわからないけれど、かなり長いあいだ踊っていたことでしょう。



「あし……疲れ、た」



本当にもう限界で僕は地面に体を投げるようにして座ります。

さっきまでもんもんとしていたなにかは消え去って、とても清々しい気分でそのまま空を見上げました。


そしてぼくはふと、浮かんだ疑問を管理人の彼女に投げかけます。



「あの、質問なんですけど。どうして踊ったんですか?」


「そうですね……歩いてもいけるんですけれど。

それだと果てしなく長いくてどうしようもないという感じでしょうかね」


「はぁ……じゃあ、ここが目的地っていうことですか?」


僕は先程と対して変わらない景色をぐるっと一望して、首を傾げたまま問いました。

桜の下でお花見、なんて感じではないでしょうに。

そんなぼくの本当の疑問には触れずに管理人の彼女は、聞いたことだけを答えます。

その様子は、どこか機械的でひどく冷たく感じます。



「はい、吉野さんをここにお連れするためですね」


「ここって……さっきとあんまり変わりませんけど。

まぁ、しいて言えばこの木は異常に寒々しいですけど」



ごつごつした桜の木に手を伸ばして、ちょっと驚いて肩が跳ねます。

ゆめにしてはやけに生々しい感触で、思わず絶句します。



ぼくはほんとにここに存在しているのでしょうか?



「……なんでここの桜って咲いてるんですか

……ぼくの記憶違いじゃなければ夏ですよね。そういう種類なんですか?」


「ああ、こちらは『夢見草』という生命体になります」


「桜と何が違うんですか?まったくもっておんなじなんですけど」


「そうですね……きっと科学的にいえば桜とそう変わらないでしょう。

まぁ、桜の亜種、ちょっとした突然変異のようなものだと、捉えて頂ければよろしいかと」


「……尋ねといて『へぇ』以外の感想がないのもあれですけど、それで。僕はなんでここに連れてこられたんです?」


「この、夢見草。どう感じられます?」


「どうっていうのは?」


「ああ、言葉足らずで申し訳ありません。

このゆめみぐさをみたままの感想をお願いしたいのですが……?」


「感想……?えーと。

他のもそんな満開ではないですけど、これ、その中でもなんていうか見苦しい、ですかね」


「『見苦しい』ですか」



管理人の彼女はやけにその言葉だけを強調して、尋ね返してきました。

その言葉を発する彼女はどこか儚げで。



「でしたら、このモノはどうしましょうか。

残しますか。それとも……伐採してしまいますか?」



そんな先ほどの儚げな表情は消え去り、管理人の彼女は病院の受付の方のようににこやかに選択肢を掲げます。半ば、ヤケクソのように感じてしまうのはなぜなのでしょう?

それに驚きつつ、ぼくも慎重に言葉を重ねようやく応答します。



「……まぁ、そう、ですね。ちょっと浮いちゃってるし。

……切った方がいいかな、僕はそれで」


「……そうですか。ならば、そのモノの隣に斧があるでしょう。そちらで伐採を」


「え、僕がするんですか?」


「はい。私はあくまでもぺーぺーの『管理人』でごさいます。

こららのモノを伐採したり、植樹したりする権限はもっておりません」


「だからって……」


「……自分では手を下せないのに、その選択をさっくりと選んでしまうのですね」


「いや、自分でするとは言われて……」


「そうですね、それはこちらの不手際です。猛省いたします。

……では。吉野さんにご質問をよろしいでしょうか」



よくわからないけれどぼくは、ゆっくりと戸惑いながらも顔を上から下に動かしました。



「ありがとうございます。

ゆめみぐさ、と聴いて吉野さんはどう漢字を当てはましたか?」


「え、普通に考えたんですけど、違うってこと?」


「正解か不正解かはご意見を聞かねばわかりかねます。

……吉野さんの『普通』の考えで正解であろうとは思いますけれど」


「夢を見る草、で夢見草じゃないの?」



管理人の彼女は神妙な顔のまま頷きます。

そのまま「正解でございます」とだけ返ってきました。

さきに繋がる言葉があるのか、と肩を固く強張らせて続きを待とうとします。


「夢見草、は夢を見ることを栄養として咲くモノでごさいます。

それぞれに個人差があり、この通りの夢見草が同じタイミングで満開になることはおそらくないかと。そして_____」


管理人の彼女はそこで一旦口をつぐみました。

言おうとした言葉をごくり、と喉に押し戻すのを、ぼくはどこか遠くから見つめています。



「夢見草は、誰の夢を栄養にして咲くの」



管理人の彼女が再び口を開いたのと、ぼくの口からその問いが飛び出したのは、少しだけぼくの方がはやかったのです。


だから、そこにはぼくの掠れた声だけが残響のように残りました。

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