6. it's soft stuff, right?

 早く寝付くことはできても、朝までに何度も目が覚めてしまう。中途覚醒が二週間くらい続いていた。昨夜も約二時間ずつしか眠れず、最終的に午前五時半に起き上がった。今日は日曜日。六時のアラームで起きた彼はシャワーを浴びているけれど、私は出かける前にしようと思う。朝はサラダとコーヒーだけにして、もう一度横になった。彼の実家に行ったのが木曜日。次の日に婚姻届を書留で送り、仕事から帰ってきた彼と一緒に母に連絡した。彼は電話を代わって母と妹と話してくれた。嫌がらず卒なく手続きや連絡をこなす彼のことを尊敬している。慢性疲労と不眠が続き、私はいつの間にか苦手なことが増えていた。

 昨日は彼が大きなテレビを持ってきたので、少し模様替えをした。元々私の部屋にテレビはなく、たまにPCで古いフランスやロシアの映画、ビクトル・エリセや王家衛の映画を観ていた。彼はテレビに繋いだPS4のリモコンを操作して、私のアカウントにログインしてくれた。二人で『ストーカー』を観た。猫さんは大きなテレビに興味津々で液晶の手前を彷徨き、たまに「なに言うてはるー?」と聞いていた。インターミッションで休憩したままだけれど、初めてタルコフスキーを観たという彼は意外と気に入ってくれた。他にも『鏡』と『ノスタルジア』を薦めたかった。ユーリー・ノルシュテインの『話の話』も気に入ると思うし、エリセの『ミツバチのささやき』と王家衛の『花様年華』も一緒に観たい。

 午後から参院選の投票に行った。入籍のタイミングで住民票を移す彼は、地元で期日前投票を済ませていた。彼と話し終わった妹に後でラインをしたのだけれど、選挙は行くけれど選挙では電気代も安くならんし何も変わらん、と言っていた。本当にそうだろうか。投票を終えてダークアーツコーヒーへ向かう。地元といっても歩くと五十分はかかるので、いつもはバスで通っていた。今日は彼の運転で、一緒に行くのは初めてだった。

 彼はコールドブリューとウィークエンドスペシャルとベルギーワッフルアイスクリーム。私はアイスラテとヴィーガンブラウニーを頼んだ。彼がシェアしてくれたのだけれど私もウィークエンドスペシャルにすればよかった! と思うほどおいしかった。トーストの上に薄切りのトマトと挽き肉にしたケイジャンチキンと目玉焼きが載っていて、ブラックペッパーが塗された見た目はフォトジェニックだった。ブラウニーもアーモンドスライスとココナッツと相まって、ものすごくおいしかった。もちろんフルーティなラテもいつも通り、とてもおいしい。

 エミリーがコーヒー豆を気に入ったと連絡してくれたので、また持っていこうと思っていた。先日買った豆と同じものをと考えていたけれど YOU'RE NOT ALONE! という名前の豆が気になる。店員さんがライチ、パッションフルーツ、ホワイトグレープフルーツ、イエローピーチのテイストだと教えてくれた。家にも、と二つ手渡すと彼が財布を出す。

「私からお母さんたちに、と思ってたんだけどな」

 車に載ってから彼に伝える。

さとちゃんには体のことだけ専念していてほしい。俺のわがままだけれど、お願いしてもいいかな。何度も頼んだりしてごめんね」

 そう言って微笑む彼。

おさむくん。ありがとう」

 おでこにキスされながら、以前のように照れていない自分に少し驚く。今は本当に甘えさせてもらうことしかできない。このまま検査や治療が続けば貯金は無くなるし、仕事もほとんどできなくなるだろう。安っぽいかもしれないけれど、末永く一緒に過ごすことが二人の喜びになりますように、と暖かい車内の中で密やかに祈る。道の脇には緑の葉が生え揃った桜が立ち並んでいる。






 夜は作り置いておいた人参のラペと紫キャベツのザワークラウト、ビーツ、カリカリに焼いた玉葱でサラダを作り、彼がメインのケイジャン風ハンバーグを作ってくれた。挽き肉にしたケイジャンがあまりにもおいしかったので、帰りに寄ったスーパーマーケットでリクエストした。味付けは彼に任せ、一緒に捏ねた肉を繰り抜いたトマトに詰めていく。トマトの中身とたくさん焼くハンバーグを冷凍しておく保存容器を用意している間に、彼が次々と肉を焼いていく。

「それ、やらこいのちゃうー?」

「ちゃうよ。猫さんには後でもっとおいしいのあげるでね」

 椅子に上がった猫さんを抱き下ろす。

「うちも、やらこいのでえーよ」

 私の足下をすりすりしている猫さんは油断していると甘噛みしてくるので、蹴らないようにうまくかわしたり、躱せなかったり。

「噛んだら痛いよ」

 彼に猫さんの言葉が聞こえているのかいないのか、横顔が笑っている。

 夜は YOU'RE NOT ALONE でアイスオレを作って、二人と一匹で『ストーカー』の続きを観た。三人で大きな画面で観る『ストーカー』は、私が知っているそれとは違うものに思えた。

「おもしろかったね」

 彼が私のこめかみにキスする。私は彼の頬にキスを返す。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る