4. take a shower tomorrow

 骨シンチを受けに病院へ。毎回、総合受付の機械に診察券を通してから各科の受付に行くのだけれど、今日は別棟のRI検査室という部屋の前のベンチで待つ。男の人に呼ばれて処置室に進む。そこで先生が来るまでもう少し待った。腕の血管から薬品を入れると説明されて、テーブルの上に用意された大きな注射器をそっと見る。先生が来て向かいの回転椅子に座り、雑談をしながら処置が始まる。いつ終わるのかわからない注射に気が滅入りそうだったけれど、ほとんど痛みはなく一分くらいで薬品が入った。時間がかかりそうで心配だったので少しの間だと教えてほしかった。検査にも慣れていくしかないな、と思いながら針の痕に貼られた絆創膏を親指で押さえる。薬品が体に浸透するまで三時間も待機しないといけない。前日の説明では「病院から出られない」と言われていたので、お昼を作ってきていた。どこで食べよう。さっきの男の人に聞くと売店と食堂の場所を教えてくれ、なんなら外に出てもいいと言う。

 先日休みだったカフェに歩いていくと満席のテーブルにおいしそうな皿が置かれ、静かな客たちが食事を愉しんでいた。四席ほどの小さなカフェの中には、アンティークの雑貨やリネン、焼き菓子やコーヒー豆が並んでいる。フィナンシェとガレット・ブルトンヌを二つずつ買って店を出る。病院に戻り食堂の前まで行ったけれど持ち込みは出来なさそうだったので、外に出て敷地内のベンチに座った。満開のハナミズキの下。ベンチから見上げてスマホで写真を撮った。上を向いて咲くハナミズキだけれど、下から見上げてもきれいだ。よく晴れていて葉が光に透けている。タンブラーを開けて水を飲む。ひとつだけフィナンシェを食べた。有機ラベンダーの香りが、まるで花そのものを食べているようで、ものすごくおいしい。水分をたくさんに摂るように言われていたので、売店でミネラルウォーターを買う。黄砂のせいか、とても喉が渇くしトイレが近い。腫瘍が膀胱を圧迫しているのだろうか。三時間待つ間に五回もトイレに行った。

 処置室の前で待っていると、先に座っていた高齢の女の人に話しかけられた。医療用キャップを深く被っているのは多分抗がん剤の副作用で脱毛したからだろう。検査がんばりましょう、と言う彼女に頷く。女の人は隣に座る娘さんらしき人と話しはじめる。私に聞こえていると知ってか知らないでか「若いのにかわいそうに」と言っている。まだ主治医から、がんだとはっきり言われていない。でも、ここに座っているということは、がん患者と同義なのだろうか。かわいそうに。かわいそうに? 高齢の女性は本館へ続く扉を開けて去っていく。なんだか夢の中にいるような気がした。

 処置室でボトムだけ検査着に着替え、ブラジャーを外して半袖で奥の部屋に進んだ。先ほどの男の人は検査技師だったらしい。トイレは済ませたかと聞かれたので、何回も行ってしまったと告げる。トイレにたくさん行くと骨がきれいに写るようになると言われて安心した。RIの部屋は広く、CTよりさらに大きな機械が真ん中に設置されている。機械のベッドの部分に仰向けになると体を軽く固定された。

「最初は二十分ほどかけて頭から爪先まで撮影をします」

 二十分……。リラックスしていたいのに体の力が抜けない。ばんざいしている両腕が痛い。顔の間近に機械がセットされ圧迫感でパニックになりそうだった。目を閉じても機械が動く音と閉塞感が消えず、耐えられるか不安だったけれど気づいたら眠っていた。目が覚めたときは自分がどこにいるのかわからなかった。機械はもう膝下へ移動している。爪先まで動いた機械は、その後さまざまな形に変わり合計三十分以上撮影が続いた。着替えて会計に行く頃には頭痛がひどくなっていた。外のベンチでもうひとつフィナンシェを食べ鎮静剤を飲む。帰りの電車の中では少し楽になっていた。前に造影剤で頭痛がしたときのような痛みだった。緊張性のものなのだろうと思う。






「ただいま」

 ケージの中で足踏みをしている猫さんに挨拶する。猫さんは部屋に出てくるとお腹を見せて寝転がった。

「あれ。喜ぶ思たー」

「うれしいよ。おおきに」

「いらうー?」

「うん。猫さんも一緒にシャワーしようか」

「テイカシャワー。雨なんか降らんのに」

 猫さんは走ってわざわざケージの中に入り寝たふりをする。今度彼に手伝ってもらって洗ってあげないと。

 事務所を出たという彼のライン。帰る時間を見計らってコーヒーを入れる。ガレット・ブルトンヌをひとつずつ。一緒に食べながら検査のことを話す。聞いてもらえる人がいるだけで、少しきもちが軽くなる。

「夕飯、中華の用意買ってきたよ。調味料があるのを見かけたから」

「豆板醤と甜麺醤ならある。ニンニクと生姜は冷凍してるし」

「いちおう紹興酒だけ買ってきた。豆苗とうみょう空芯菜くうしんさいどっちがいい?」

「空芯菜。家で食べるの初めて」

 豆苗はたまに使うけれど、普段は麻婆豆腐、もやしと人参と豚肉などを同じ味付けで作ることが多い。あまりレパートリーは多くなくて、カレーやスープを作り置いたり春巻きの皮でピザを作ったり。

「今日は俺が作るからゆっくり休んで。明日の夜は俺の実家で食べようと思っているけれど大丈夫かな」

 シャワーは明日みたいー、と隣のソファに乗った猫さんが言っている。



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