3. i think a little
今度はMRIをしましょう、と先生は言った。
「MRIですか? CTじゃなくて」
「MRIです」
「あの……小さいんですけどタトゥーが入ってて」
「あー入っちゃってるかー」
マスクで顔は隠れているけれど白髪が印象的な先生は意外とフランクだった。
「じゃあCTにしましょう」
「造影CTですか? 前に造影剤でアレルギーが出て」
「普通のCTでいいですよ」
最初はMRIと言っていたけれど。そう簡単に変えられるものなのか。
総合受付でも診察でも、前の病院で造影CT検査をしたときのCD-ROMはないか、と聞かれたけれど、持っていない。来週の診察までに用意できそうですか、と言われ仕方なく頷く。先生が手にしている紹介状だと思われる紙は、私が持っているレポートと同じ数枚の画像がプリントされているだけで、これだけでは何も判断できないので、と言われたけれど、それはそうだろう。ただ「多分手術になると思います」と言う。手術……。診察室を出て彼の隣に座る。しばらくすると看護師さんに名前を呼ばれる。
「これから検査めぐりをしてもらいます」
笑顔の看護師さんは私より年下だと思う。心電図、胸部と腹部のエコー。レントゲン撮影、採血。四部屋回って。最後に検尿して会計へ。看護師さんが持っているフロアマップを見ながら説明を聞く。レントゲンを撮る部屋だけ二階だ。フロアマップを渡すと彼は受け取ってくれた。まず診察室と同じ一階の心電図から。検査があるとは聞いていたけれど、こんなにも。逆に無心で臨めるかも。胸部のエコーをやけに念入りに診てもらったのが少し不安だった。彼が二階への階段を教えてくれる。レントゲンはすぐに終わった。採血……。前の検査のときに採血したばかりだった。これからは注射針というものに慣れていかないといけないのだろう。
トイレの近くのベンチで待っていてくれた彼が「病院に着いてから、ちょうど1時間半」と笑顔を見せた。
「意外と早かったね」
彼の言葉で緊張が解れる。待たせてごめん。居てくれて、ありがとう。
会計でしばらく待ち、やっと病院の外へ。検査が終わったら行きたいと思っていたカフェは休みだった。
「少し走るけれど山手のイタリアンに行かない?」
彼の提案で初めての店に連れていってもらった。窓際のテーブルからは遠くに港が見えていた。彼が頼んだマルゲリータを二切れ分けてもらい、ボロネーゼも頼む彼にいつものことながら驚き、アイスラテを飲んでレモンのジェラートを食べた。海は真昼の陽を受けてずっと光っていた。
「食欲だけは無くならないなあ」
「いいことだよ」
彼はカッサータをフォークで切っている。背が高いだけあって、とてもよく食べる彼だけれど、シャツの上からでも細く引き締まっているのがわかる。トレーニングでもしていそう。
「苺のショートケーキがあればな」
「有機レモンおいしいよ」
食べる? とスプーンを差し出すと何も言わずに咥えて微笑む彼。
「ここのカッサータ、ベリーがたくさん詰まっている」
彼が差し出したフォークを受け取る。冷たくておいしい。
保険適応外で千百円かかったCD-ROMを持って泌尿器科へ。受付をしてから1時間くらい待っていた。診察室に入ると先生がCD-ROMを見ていて、やはり腎臓の腫瘍で、がんである疑いは九十パーセントです、と言った。腎がんの場合、肺と骨に転移する可能性が高いらしく診察のあとに胸部のCTを撮った。8ホールのマーチンを履いていたので脱着に手間取る。いつ検査になっても困らないような服装で来ないといけないと思った。一度アレルギー反応が出たので造影剤は使えないのか、今日は普通のCTだった。造影CTを受けたときのように一万円以上はかからなかったけれど、検査費用は馬鹿にならない。明日は骨シンチという検査を受けるので説明が書かれた紙をもらってきた。気がかりばかりで頭が痛い。放射性同位元素という薬品を注射する検査だと聞き、怖くて検索する。まだ彼が戻らない部屋でPCを開く。副作用はないらしい。前日に薬品を取り寄せるため当日キャンセルはできないと言われているし、転移なんて考えたくないけれど検査してもらうしかない。
眠っていた猫さんが、ずっと起きてましたーというような顔つきで近寄ってくる。
「検査代、えらい高い」
思わず猫さんに話しかけてしまった。
「インスペクションフィーねー、上手いこと言う」
検査、もしかしたら手術、そして入院。これから一体どれくらい治療費がかかるのだろう。結婚しても猫さんと自分のことは自分で働いたお金でしたいのだけれど、そんなことできるのだろうか。
「少し、ひさしぶりとちゃう?」
「さっきからここにおったよ」
「ほんに少しなんやけど、ひさしぶりいう気がするー」
お腹が空いたのかな。猫さんは「ひさしぶり」というとウェットフードを食べられると思い込んでいるのかも。
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