第57話 上野毛ダンジョン(5)


「じゃあ、鎖を外すよ」


 ――キシャアアアア。


 僕が鎖を外すと、レインボースパイダーが唸り声を上げた。

 カコさんは小瓶に入った毒々しい色のポーションを自分の身体に振りかける。


 通称、魔寄液フェロモン――モンスターのヘイトを集める効果がある。

 これでレインボースパイダーは俺ではなくて、カコさんを標的に定める。


 レインボースパイダーは体長3メートルの蜘蛛型モンスターだ。

 カコさんは右手に短槍、左腕を覆う籠手という装備。

 コイツ向けの定番装備だ。


 初手はレインボースパイダー。

 コイツへの基本戦術はカウンター攻撃。

 カコさんはあえて譲ったのだ。


 カラフルな糸が吐き出される。

 カコさんは左腕の篭手を飛んできた糸に上手く合わせる。

 ドンピシャだ。


 カコさんは左腕をクルリと動かし、篭手に糸を巻き付ける。

 レインボースパイダーは想定通り、糸を引っ張る。

 カコさんも踏ん張り、綱引きが始まる。

 綱引きはレインボースパイダーに分があり、一歩、二歩とカコさんは引き寄せられる。

 このまま引っ張られるというところで――。


 カコさんは、踏ん張っていた体勢から、前に向かって跳躍。

 相手が引っ張る力を利用して、レインボースパイダーに向かって跳ぶ。

 そのまま、レインボースパイダーに衝突する直前で右腕を引き絞り――突ッ!


 短槍がレインボースパイダーの目に突き刺さる。


 ――ギャアアア。


 レインボースパイダーの眼は8つ。

 前列4眼、後列4眼の2列に並び、中央の2個が特に大きい。

 短槍は大きな眼のひとつに大穴を開け、体液が飛び散る。


 ――やはり、届かなかったか。


 もう少し力があれば、短槍は脳を貫き、レインボースパイダーを倒せた。

 だが、そこまでのダメージは与えられなかった。

 とはいえ、それは想定内だ。


 この先の作戦もカコさんに伝えてある。

 戦闘前の怯えが嘘のように、カコさんは迷いなく次のステップに移る。


 カコさんの強みは力ではなく、素早さだ。

 短槍から右手を離し、レインボースパイダーの後ろに回り込む。

 レインボースパイダーも追いかけるように反転するが――遅い。

 二発目の糸を発したときに、すでにその場所にはカコさんはいない。


 カコさんは左腕とレインボースパイダーを繋ぐ糸を利用し、レインボースパイダーの周りを走りながら、糸をレインボースパイダーに巻き付けていく。

 レインボースパイダーは続けて糸を吐くが、どれも追いつかない。

 カコさんがレインボースパイダーの周りを3周すると、自らの糸に絡め取られ、身動きの取れないレインボースパイダーの一丁上がりだ。


 カコさんは左腕の篭手を外し、収納袋から直剣を取り出す。

 次の狙いは――脚の関節だ。


 関節を潰すには鎚などで叩き潰すのが簡単だ。

 しかし、剣に自信があれば――斬ッ。

 レインボースパイダーの脚が一本、斬り落とされる。


 見事な剣技だ。

 一分の狂いもなく、弱点を斬り落とした。

 これなら非力なカコさんでも十分だ。


 カコさんは続けて、二本、三本と脚を斬り落としていく――。

 レインボースパイダーはまともに動けなくなった。


「今だッ!」


 俺のかけ声に合わせ、カコさんが跳び上がる――。


 カコさんはレインボースパイダーの背中に飛び乗る。

 そのまま、直剣でレインボースパイダーの眼を突き刺していく。


 8つの眼が潰れ、それでも突き続け、やがて、剣はレインボースパイダーの脳を破壊した。


 ――ドォン。


 レインボースパイダーの巨体が倒れる。

 カコさんはレインボースパイダーの背中から飛び降りると、僕の方へ駆け寄ってくる。


「ひでお君」


 感極まったカコさんが僕に抱きつく。


「やった。やったよぉ」

「よくやったね」


 しばらく興奮していたカコさんだったが、落ち着いて自分がなにをしているか気がついた。

 慌てて僕から離れる。


「ごっ、ごめんね。つい、嬉しくって」

「僕も嬉しかったよ」


 カコさんの顔が紅くなる。


「えっ……」

「これでもう大丈夫だね」

「うっ、うん。そうだね」

「カコさんは強いよ」


 僕が想像していた以上に、カコさんの動きは良かった。

 作戦は教えてあげたけど、レインボースパイダーを葬ったのは間違いなく彼女の実力だ。


「でも、ひでお君ほどじゃ……」

「カコさんはもっと強くなれる」

「うん。ひでお君にそう言ってもらえると、自信が沸いてくる」

「うん」

「また、助けられちゃったね」

「僕はヒーローだからね。カコさんが困っているときは絶対に助けるよ。何度でもね」

「ありがとう。戦う前は怖かったけど、もう大丈夫」

「なら、よかった」


 カコさんは満面の笑みを浮かべる。

 彼女の言う通り、もう大丈夫だろう。


「ひでお君はもっと先に進むんでしょ?」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『上野毛ダンジョン(6)』


楽しんでいただけましたら、フォロー、★評価お願いしますm(_ _)m

本作品を一人でも多くの方に読んで頂きたいですので、ご協力いただければ幸いですm(_ _)m


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る