第41話 八王子ダンジョン(9)

【前書き】


名探偵が動くと殺人事件が起こる。

ヒーローが動くとイレギュラーが起こる。

まあ、そういうことです。


   ◇◆◇◆◇◆◇


「虎夫、指揮してくれ」

 俺に出来るのはモンスターを倒し、誰かを助けることだけだ。

 他人を動かすのは不得意だ。

 神保町ダンジョンでの狩りの季節ハンティング・シーズンを思い出す。


 ――たとえ苦しくなろうとも、弱者を逃がす。

 ――パーティーメンバーに的確な指示を出し、見事な連携を実行する。

 ――味方を救うためであれば、自分の命を簡単に捨てられる。

 ――究極の場面で正しい判断を行える。


 どれも俺には出来ないこと。

 俺が知る限り、虎夫は最高のリーダーだ。


「ヒーロー、お前ひとりでボスザルを倒せるか?」


 山頂にいるボスザルは大勢のメスザルに囲まれ、この戦いを楽しそうに見下ろしている。

 完全に舐めきった態度だ。


 ボスザルのスペックは事前に調べておいた。

 ひとつ気になるのは、ここに来るまでに見かけた大量のワイルドベリー。

 この木の実はサルどもにとって餌であるだけでなく、能力強化する効果もある。

 あれだけの量があるということは、相当強化されているはずだ。

 だから、他の探索者が苦戦しているし、ボスザルの予想スペックも上方修正する必要がある。


 だが、それでも――。


「ああ、問題ない」


 深々層に生息するモンスターほどではない。

 怪我を負わずに完勝できる相手だ。

 ただ――。


「俺が倒しちゃって構わないのか?」

「そこなんだよな」


 俺の疑問を虎夫もちゃんと理解している。

 怖いのはボスが死んだことで、サルどもの秩序が崩壊すること。

 そうなれば、サルは凶暴化し、攻撃は今以上に熾烈になる。


「時間稼ぎを頼めるか?」

「なにか、策があるのか?」

「ああ」

「だから、それまで防御に徹して、被害を最小限にとどめてくれ」

「分かった。お前を信じる」


 虎夫を頷くと、大声で叫ぶ。


「おい、ダンジョンヒーローが来てくれたぞ。ボスザルはヒーローがなんとかしてくれる。それまで粘るんだ。倒す必要はない。防御に徹しろ。分かったか?」

「おおおおお」


「悪しきモンスターから探索者を救うダンジョンヒーロー、ここに見参ッ!」


 歓声が上がる。

 今まで押され気味だった士気が一気に高まる。

 よし、後の指揮は虎夫に任せた。


 事前に八王子ダンジョンのことは調べ尽くした。

 正確に言えば、佑が作ってくれた資料を読んだだけだが。


 ――だから、問題ない。


 ヒーロースーツはある機能を備えている。

 この局面にうってつけの機能だ。

 本当はまだ人前で晒したくなかった機能だ。

 佑にも、「面白いからまだ出すな」と言われている。

 だけど、状況で被害を最小限に抑えるためには使わざるをえない。


「ダンジョンにヒーローがいる限り、悪のモンスターが栄えることはない。正義の味方ダンジョンヒーローここにありッ!」


 俺はファイティングモンキーには目もくれず、戦闘の間を切り抜け、サル山にたどり着き。


「ヒーロージャァァァンプッッッ!!!」


 一気に頂上まで跳び上がる。


 ――ウキキィ。


 完全に油断していたボスザルだったが、すぐに立ち上がり戦闘態勢を取る。

 それと同時にメスザルどもが散っていく。

 ボスザルは隙だらけ。

 倒すだけだったら、もう終わっていた。


 が。


 目的は別にある――。


 俺はダッシュでボスザルに迫る。

 まったく目で追えていないボスザルの頭を掴む。

 掴むだけ。頭を潰したりはしない。


 5秒経過。


 ようやくボスザルが反応し、腕を振り回す。

 俺は反射的に反撃しそうになり――。


「おっと」


 バックステップでボスザルから離れる。

 危ない危ない。殺してしまうところだった。


 相手を殺さずに目的を果たす。

 クアッドスケルトン戦でアイテムをゲットしたときと同じ――縛りプレイだ。

 アイツくらい強ければ、逆に簡単なのだが……。

 弱すぎるボスザルは気を抜いたら倒してしまう。

 慎重に行かないとな。


 それからも俺は同じことを繰り返す。

 ボスザルに近づき。

 頭を掴み。

 反撃を躱してバックステップ。


 舐めてるわけではない。

 今回の一件を無難に終わらせるために、最適な方法なのだ。


 10秒。

 20秒。

 30秒。


 必要なタメ時間が蓄積されていく。

 下を見ると虎夫の指示で探索者が上手に立ち回っている。

 まだ、死者は出ていないようだ。


 40秒

 50秒。

 60秒。


 よし、目標達成!

 俺は切り札を発動させる。


「ヒーローチェェェンジィィィィ!!!」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『八王子ダンジョン(10)』

ヒーローの切り札とは?

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